◆真冬の雪野原 バカみたいに雪合戦をしてみた
朝から降り続いていた雪は止み、放課後の今は一面の雪景色だ。
鉛色にくすんでいた空は青空に変わり、純白と青空のコントラストが眩しい。田んぼの雪原は白い鏡のように平らで、宝石を散らしたように透明な光が瞬いている。
雪に閉ざされてしまう時間が多くなる僕たちにとっては、雪の晴れ上がりの明るさと輝きは、嬉しい瞬間だ。
誰も踏みしめていない雪の上を跳ね、そして、胸の奥いっぱいに、濾過された透明で新鮮な冷たい空気を吸い込む。
真冬になれば胸の高さまで積雪があるこの辺りにしてみれば、今日の雪はまだまだ序の口だ。けれど僕らは、やっぱり新鮮な雪を見るとテンションが上がってしまう。
雪玉を作って道路標識を狙って投げつけたり、遠投をしてみたり……。やっている事は小学校の頃とさほど変わっていないのが悲しいけれど、これは北国人のサガなのだからしょうがない。
行きつけの田中商店で「あんまん」をユウナと買い食いし、雪だるまを作ったりしているうちに、どちらともなく雪玉の投げ合いが始まった。
『きゃっ!』
『やったなこいつー』
……という、きゃっきゃうふふ、な感じではなく、
「避けるなアキラ!」
「当たらなければどうという事はない!」
まぁ、こんないつものかんじだったりするけれど。
ブォンと、雪玉が僕の顔をかすめて飛んでゆく。
「アキラ、空中で雪玉を迎撃してみて!」
「種割れ……ニュータイプか!?」
互いの距離は10メートルちょい程の距離。店の前で雪玉を構える。
空中で相手のビームとか弾丸を迎撃しちゃうという図が、僕とユウナの頭の中には浮かんでいる。
西部劇の決闘のように、一瞬構え、1、2、3ッと投げつける。
――ぱっかーん!
「きゃッ!?」
それは心地よいほどの快音だった。
店から鼻歌交じりに出てきたミカリさんの頭に「雪の弾丸」が直撃したのだ。
しかも見事に両側から。
「げッ! みかりさんっ!?」
「みかりん!?」
「…………」
何が起こったかわからないミカリさんは、そのままの状態で固まっていた。
「メ、衛生兵――ッ!」
狙撃の張本人の一人、ユウナがすぐに駆け寄って衛生兵を呼ぶ。だけど僕は、あまりの事の重大さに、正直、足がすくんでしまっていた。
ミカリさんは僕たちのクラスの代表で、美人さんで人気者で皆の信頼も厚い。
特に男子には熱烈なファン……というか親衛隊までいる。こんな仕打ちが知られたら、明日からクラスに居場所は無いかもしれない。
最近ちょっとユウナのお陰でミカリさんと自然に話が出来るようになった僕は、クラスの非モテ男子地下組織「エターナル・チェリー」から除名を宣言されていた。
っていうか、最初からそんな嫌な名前の地下組織に入った覚えは無いけどね。
って……! そんなどうでもいい事を逡巡している場合じゃなかった。目の前で起こってしまった現実に対処しなければならないのだ。
「ミ、ミカリさん! ごめ……ごめん! 大丈夫!?」
僕はあたふたとしながらなんとか駆け寄る。
雪玉を空中でぶつけ合おうとかいってきたのはユウナで!
……などと苦しい言い訳をぐるぐる頭の中で考えていると、ユウナが心配そうに覗き込み、ミカリさんの綺麗な黒髪についた雪をぱさぱさと払う。
「みかりん、大丈夫? 怪我してない!?」
「いったぁ……い。もう、アキラ君にユウちゃんてば……」
ミカリさんは、涙目で、半笑いで、そして少し怒っているような、複雑な表情を浮かべている。左右から同時に雪玉をぶつけられたら、そりゃ、そうなるだろうな。
ミカリさんはその場に屈みこんだ。
「わ、どこか痛い!?」
ユウナの心配をよそに足元の雪を手にとると、ぎゅっと雪を固めるのが見て取れた。
ゆらり、と再び立ち上がると、僕のほうに顔を向ける。
その口元には黒い笑みが浮かんでいて、目は笑っていなかった。
「2人とも……子供みたいなんだか……らッ!」
ビュゴッ! と、何かが頬をかすめて飛んで行き、背後で鈍い音がした。
――え? ボゴッて?
僕は一瞬何が起こったかわからなかったけれど、恐る恐る後ろを振り、我が目を疑った。
道路ばたにあったはずの雪だるま、頭右半分が吹き飛んでいたからだ。ミカリさんがほぼノーモーションで放ったそれは、殺人的な威力だった。
足元の雪を再び手にとって、おむすびでも握るみたいな手つきで『次弾』握る。
「私も、まぜてくださいね、雪、合、戦♪」
「ちょ……ッ!」
ユウナが脱兎のごとく駆け出した。ぐんぐんと距離を開け、逃げる、逃げる。
――逃げやがった!
「え……いっ!」
ぐおっ! と、今度は大きく振りかぶると、ミカリさんが華麗な投球モーションで白球を投げつけた。メジャーか!? とツッコミたくなるほどのレーザービーム送球が唸る。
「ぎゃんっ!」
ユウナの後頭部に雪球が直撃し、その場で前のめりに雪の中に倒れこんだ。田んぼ脇の新雪に、マンガのような人型の穴が出来る。
「ユウナぁあ!?」
「……アキラ君は、逃げなくていいのですか?」
くるりとこちらを振り向いて、氷のような笑みを口元に浮かべる黒髪の美少女。
「あわわ!?」
ミカリさんが三発目の雪だまを握り始めた。背筋に冷たいものが走る。
美人で優しくて人気者のミカリさん。だけど、僕たちはとんでもない思い違いをしていたのかもしれない。
危険を察した僕は、瞬間的にバックジャンプし、ミカリさんから数歩の間合いを取る。着地と同時に地面の雪を掬い取り、硬く握しめた。
――やらなきゃ……やられる!
「一対一、ですね?」
「やってやる……あ、当たらなければ!」
互いの視線が交差して、一瞬の静寂が辺りを包む。
けれど、
「ぷっ……あはは! なーんて。冗談ですっ! こんなふうに……私も遊んでみたかったな、って」
ミカリさんは表情を崩すと、ぽーんと、雪玉を真上に放り投げた。
緊迫した空気が弛緩して、黒髪をふわりと振り払う。
「あ、あ……、あはは、そう? そうすよねー?」
「――いや! 私死んだよね!? 冗談抜きで!」
と、ユウナが雪の穴の中からズボッと復活して顔を出した。
顔面から前のめりになったので顔中雪まみれだ。そういえばミカリさんの初撃は結構本気だったような……。
もー! と仲良しの女子に戻った2人はぽかぽかと叩き合った。
僕は、正直ほっとした。
ミカリさんとは小学校から一緒のはずなのに、村を取り仕切る大きな神社の神主さんの家系なので、あまり他の子供たちと混ざって遊んでいるのを見たことがなかった。
神社の境内で遊んでいる時に、何度か巫女さんの姿を見かけた気もするけれど、今となっては遠く、霞のかかった思い出の向こう側だ。
「またね、また今度!」
ミカリさんが明るく笑い、いつものように遠ざかって行く。その先には豊糧神社の社のある小高い山が見える。
手にさげたビニール袋には、田中商店で買ったあんまんと肉まんが入っているらしかった。お兄さんの為に買って帰るというミカリさんは、とってもいい妹なのだろう。
「ユウナ、頭だいじょうぶ?」
ミカリさんの弾丸が直撃したユウナの後頭部をワシ掴みにしてから、襟首に残っていた雪を払ってやる。
ツインテールに分けた髪が冷たかった。
「えへへ、実は結構痛かった。みかりん、怒ったかなぁ」
「本気で怒って無いと思うけど……」
「でも、あんな風に遊んで笑うの、始めてみたかも」
「……だよな」
「ね」
傾きはじめた日差しの下、まだ空は青く澄んでいる。けれど山の向こうからはまた新しい雪雲が静かに近づきつつあった。
日が暮れる頃にはまた、ちらほらと雪が舞い始めるだろう。
「うー、寒! 帰ってお餅食べよ」
「はは……」
北国の冬はこれからが本番だ。
白く深い雪に閉ざされてゆく終わりの季節。
けれど、快適なコタツと、ゲームと。そして一緒にいてくれる友達とアホな会話さえあれば、冬だって温かく過ごせるのを知っている。
長い冬が、はじまろうとしていた。
【◆真冬の雪野原 バカみたいに雪合戦をしてみた 了】
【さくしゃより】
今回はすこし雰囲気の違うお話でした。
あす、最終回となります。
一年を巡る旅の締めくくりは、やっぱりあの季節です!