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少しだけ気持ちの悪い表現があるので気をつけてください(>_<)
執着
作:HEERO


 登山の帰り道、私は足を滑らせ崖から落ちた。グチャグチャになった手足、後頭部に刻まれた大きな傷。尋常ではない痛みだ。いっそ気が狂ってしまった方がいい。
 こんな時だというのに酷くお腹が空いた。非常食が入っていたリュックは、見当たらない。ここに落ちてくる途中で無くしてしまったのだろう。仕方が無いので食べ物を想像した。想像力には自信がある。
 しばらく食べ物を想像していると目の前に本物の白い御飯が見えてきた。しかしよく見るとそれは御飯ではなく、『蛆』だった。
 ちぎれかかった左手の指先に蛆がたかっていたのだ。この際何でもいいという気持ちで、私は辛うじて動く右手で蛆を手に取り口に運んだ。痛みで思考に狂いが生じているのだろうか。
 プチプチとした食感が口の中に広がる。もう美味いとか不味いとか、そんなことは頭に浮かばなかった。ただ『何か食べなくては』という意思だけが身体を支配していた。
 蛆を食べ終えると、あることに気付いた。右腕から少し金属が突き出ている。以前腕を怪我した時に、治療のために入れた金属だ。崖から落ちた際に飛び出してしまったのだろう。こんな状態なのに、この右腕はよく動いたものだ。
 喉が渇いた。蛆の水分だけでは喉は潤わない。雨でも降らないだろうか。いや、この際飲めるものなら何でもいい。血でも、尿でも。
 右腕から突き出ている金属。その金属を伝って血が流れていることに私は気付いた。
 金属を口にあて、血を啜る。少しずつ、少しずつ、私の口に赤い液体が流れ込む。
 じれったい。一気に血を飲みたくなった私は、歯で金属を噛み締め、激しく動かした。強烈な痛み。しかし予想以上の量の血液が私の口を満たしていった。口に溜まった血液を一気に飲み込む。
 吐いた。やはり血を一気に飲むのはまずかったのだろう。
 私が咳込んでいると、何かが頬に当たった。雨だ。雨が降り始めてきた。どうせ降るならもう少し早く降ってほしかった。
 私は雛鳥のように口を開けて雨を待ち受けた。
 雷が鳴った。かなり大きな音だ。すぐ近くに落ちたのだろう。今山火事なんかになったら、と、考えたら恐くなった。
 そんなことを考えている私の視界に、ある意味雷よりも恐ろしいものが映った。黒く、大きな体をした怪物。熊だ。
 熊は真っ直ぐ私の方へ歩いてくる。唸り声から察するに、私を餌と認識したのだろう。恐い。あまりにも恐すぎる。
 私は痛みを堪え、右腕を熊の方へ向けた。もしかしたら右腕一本で満足してくれるかもしれない。悲しい賭けだ。
 熊が見事右腕に食らいつく。私は歯を食いしばった。間もなく、右腕が死ぬほどの痛みとともに無くなる、そう考えると恐怖で頭が真っ白になった。
 その時、突然辺りを激しい音と光が包んだ。私は気を失った。


 目を覚ますと、何故かあの熊が倒れていた。
 右腕は大きな傷と火傷を負ったものの、ちぎれてはいない。助かったのだ。
 ふと右腕から突き出していたあの金属に目をやった。
 焦げている。
 私は全てを理解した。この金属が雷を呼び寄せてくれたのだ。生き延びるために捨てようとしたこの右腕が、奇跡を引き起こしてくれたのだ。
 感動のあまり、ぼおっとしている私を、ある音が正気に戻してくれた。ヘリコプターだ。
 私は服に染み込んだ雨を吸い、喉の渇きを軽減させ、ゆっくり息をお腹に溜めこんだ。
 「おーーーーーーい!」
 声が全然でない。私は最後の力を振り絞ってボロ雑巾のような右腕を掲げ、金属で太陽光を反射させた。
 「おーーーーーーい!」
 たいして出ない声と、たいして動かない腕を必死に使い、私は最後のあがきに出る。
 ヘリコプターは一度大きく旋回すると、私の方へ向かってきた。
 助かった。これで帰れる。
 安心すると同時に、体中に忘れかけていた痛みが走る。急に蛆を食べたことを思い出し、嘔吐を繰り返す。
 辛い。苦しい。でも……私は生きている。














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