愚か者
ある日、オオカミは恋をした。
オオカミの狩りを遙か上空から上品に見下ろしている、真っ白な顔をのぞかせる一輪の花に。
花は地を這うオオカミをあざ笑うかのようにいつも見下ろしている。
オオカミは気高い花に憧れ、そして恋をした。
花はオオカミが何度手を伸ばしても届くことはない。
やがてオオカミは手を伸ばすことをやめた。
だが、オオカミは見上げることはやめなかった。
いつでもそこにいる気高き一輪の花を。
花は恋をした。
いくら日が経とうとも決して自分の手が届くことはない太陽に。
せめて一時であろうともその姿を、光を手に入れたくて。
花はいつも太陽のいる場所を向き続けた。
太陽は雲の隙間からこちらを除く日もあれば、ずっと顔を見せない日もある。
それでも花は空を見続けた。
いつ出てくるかもわからない太陽を探して。
ある日、オオカミがいつものように見上げるとその場にはもう花の姿はなかった。
オオカミは悲しくて下を向いた。
するとそこにはすっかり変わり果てた花が首をかしげていた。
花はなぜ自分がこの場所にいるのか理解できなかった。
ただいつもよりも太陽が遠くに感じた。
あれよりも遠ざかることなどないと信じていたのに。
太陽はあっさりと遠ざかっていった。
まるで初めから花など眼中にないというように。
オオカミは嬉しくなった。
花が自分の元に降りてきてくれたのだ、と。
花は悲しんだ。
自分を見捨てて雲の隙間に隠れてしまう太陽に何もつげることさえできないのだ、と。
手を伸ばしたオオカミは花を手に入れることは出来なかった。
オオカミの手によってバラバラになった花は風に乗ってオオカミのもとを去った。
しかし、一枚の花びらだけはオオカミの手にとどまり続けた。
オオカミは喜んだ。
やっと手に入れられたのだ、と。
自分の意思とは関係なく、ただ何者かによって引き裂かれた花の身体。
花は散り散りになった。
そして今までは体を揺らすことしかしなかった風は気まぐれに花を太陽の元へ少しだけ近づけた。
花は喜んだ。
やっと自由になれたのだ、と。