表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

1月1日のこと。

作者: 七衣

年末の忙しさに泡を食っていた私を呼び出した、我が零細広告会社のしゃちょー様は、12月31日、つまり明日から3日間の海外出張を命じてきやがった。しかも行き先はヨーロッパ。

最高?そんな訳ない!私は彼と楽しい年末年始を楽しみたかったのに!いくらなんでも急すぎだろあのメガネ!弾丸ツアーにも程があるわ!このブラック企業!

私はゴネにゴネたが、あの冷血漢は表情ひとつ変えることなく、私のささやかな胸に書類一束を押しつけるだけ押しつけて、後は知らぬ存ぜぬだ。こっちを見ようとすらしない。ほんっと、昔っからそーゆー身勝手なとこ、全然変わってないよね、あのメガネ。会社立ち上げたって聞いた時、少しは責任感ってのを理解したのかと思った私がバカだったわ。せいぜい私の頭までお堅くしないでよね。


・・・・・・・・・とまあそんなわけで、私の年末年始の、あるいは今年最後来年最初のフィーバータイムは、始まりのゴングすら鳴ることなく終了してしまった。



わたしのかぞく


おとーさん、おかーさん、いもーと


ちかくにはおばーちゃんとおじーちゃん


ふゆはさむいからって


おばーちゃんいつもあったかいのまふらーとかてぶくろをあんでくれて


いもーとのとどっちがかわいいってけんかして


ゆきがっせんでいもーとをこらしめたらおかーさんにおこられて


おとーさんはおじーちゃんとわらってて


がっこーにいくとたのしくて


かれしのあのひとはいつもやさしくて


めがねのいやみなせーとかいちょーとか


ともだちのきれーなおんなのことか


ほかにもたくさんともだちがいて


いやなこととかくるしーこともあったけど


みんなとすごすのがたのしくて


それが


それなのに


どうして


みんな


わたし


わたしは


わたしは


わたしは



31日早朝。朝の日差しが凍てつきそうな空気を溶かし、私の沈んだ心を現実へと浮上させる。

朝食はトーストと昨日の残りのサラダ。煩雑に積まれた資料やら本やらをガサガサと掻き分けスペースを造り、少し焦げ目のついたトーストをかじる。テレビをつけると、年末セールだの、特番だののコマーシャルばかりだ。とは言っても、最近の芸能情報とかに疎い私は、出演者すら全然知らなかったりして、見ててもつまんない。なにさ、らっすんごれらいって。意味不明すぎ。てかあのピンクのベストの奴いないじゃん。あーあ。

そんなわけで、このお祭りムードに乗れない私はもう、こんなものを見てるだけで虚しくなり、無意識の内に彼氏に電話をかけるのだ。

コール3回で電話に出たあの人の声は、少しぼやけて聞こえた。それでもやっぱり最っ高にカッコイイ。やっぱ男は渋い方がいいって、絶対!

疲れているのだろうか、寝起きの彼は何時になく朧気で、鼻詰まりがひどそーだった。風邪ひいちゃったのかな?不安な私は今すぐ駆けつけたくなる。幸い、フライトの時間は19時なので、時間には余裕がある。

でも、彼は少し寝不足なだけだから問題ない、とやんわりと言い、私の気遣いが嬉しいって言ってくれた。

・・・嬉しいのは寧ろ私!私だよ!でも、彼は調子が悪いようなので、叫びだして喜びたい気持ちを我慢。我慢。その代わりと、私はこんちくしょーな海外出張について彼に話す。普通有り得ないでしょ?あのメガネ。年末年始を出張で潰すとか、どんな嫌がらせだよ。いつか部下に対するあれだよ、えーと、そう、パワハラで訴えられればいいんだよ!マジで!

でも、彼はとても優しいから、そんなことをプンスカ言う私に、寒いから体に気をつけて、仕事頑張ってね、とエールを送ってくれて、私はそれだけで生きていける気がして、ありがとーってお礼を言ったら、彼も悲しそうに、今度は一緒に過ごそうね、って。


私ってホント幸せだなって。今まで生きてきて良かったなって思っちゃう。軽い女でいいもん。彼がいれば、私は幸せ。


結局彼とは昼過ぎまで話し込んでしまっていて、食べ損なった朝のサラダを早々に始末しつつ、お気に入りのピンクの小さなキャリーケースを引っ張り出し、持っていくものを集めていく。パスポート、スマホ、着替えの服やら下着やらに化粧品一式。ついでにおやつのチョコレートもいれちゃえ!よしっ、これでいいや!

時計を見ると、もう3時。空港までの時間を考えると、そろそろかなー、なんて思って、軽く化粧をした後、厚手のコートを着て家を出た。31日。明日からはもう次の年なんだ。それにしても、時間って早く過ぎるものなんだなー。ホントビックリ。


電車を幾つか乗り継いで、空港に着いたのは6時半。まだ時間に余裕はあるけど、飛行機の中で仮眠でもしとこうかな。

チケットに指定されたゲートへ向かうと、人がまばらなゲートに辿り着いた。そーいえば、テレビで今年は年末を海外で過ごす人が少ないって言ってたけ、なんて思いつつ、飛行機の中に乗り込む。当然のように、エコノミーのせまっくるしい通路を通り抜け、自分の席に辿り着く。窓際の席じゃん!やったね!

ケースを上の荷物置きに放り込んで、ようやく一息ついてると、次第に睡魔が襲ってきた。まあ、特にやることもないし、少し寝ようかな。ヨーロッパなんて長旅だろうし、暫く寝てても大丈夫でしょ。

一応シートベルトだけしておいて、スマホの電源が落ちてることを確認して、私はすぐに眠りに落ちていった。



ゆらゆらゆれる


おおきなおと


だれかのこえ


つめたいかんしょく


くもりぞら


ゆらゆらゆれる


とりはいつもとかわらずに


わたしはちにおちる



どれくらいの時間が経っただろうか。私はふと目を覚まし、そういえば今海外出張してるんだっけ、とぼんやりと考えながら、周りを見回した。静かな機内。人は本当に少ない。私以外の乗客は4人くらいだろうか。おっさんとかおばさんとか、小さい子もいる。みんなうつらうつらと舟を漕いでいて、CAの人が薄い毛布をかけているのが見えた。

何かすることないかなー、と席に取り付けられたパネルを見ていると、映画が幾つかある。でも、国内のヤツは全部見たことあるじゃん。相棒とか、パーフェクト・ブルーとか、面白いけど、何回も見ようとは思わないんだよね。海外のはなんかサッパリよく分かんないけど、とりあえずミュージカルっぽいのをチョイス。俳優がやたらと豪華で、見応えあるじゃん。たまにはこーゆーのもイイネ。


そんなこんなで海外の有名な映画をいくつか見つつ、家から持ち寄ったチョコレートを摘んでると、CAさんがカートを押して横についた。うわっ、ヤバい。めっさ美人。女の私ですらキュンキュンする。もし私に彼氏がいなかったら、ちょっとヤバかったかも。禁断の扉がなんとなく見えた気がした。

その美人なCAさんに眠れませんか、って聞かれて、映画やってるから観てるんです、って答えるたら、その人は少し困ったような、けどなんか嬉しそうな顔になって、まだ時間はありますから、ゆっくりしていてくださいね、って言って毛布を渡してくれた。美人な上に気が利くとか、パーフェクトすなあ。

まあ、美人さんにそー言われては仕方ない。ちょうど映画の方も区切りがついたとこだし、少し寝ますか。貰った毛布を広げて、膝にかけ、私は深い眠りにつくのだった。



さくらがまっている


わたしはみんなのてまえ、なくのがはずかしいので、こうしてわらっている


かれはくちびるをきつくかみしめて、そのひとみになみだをたたえていて


めがねはいつもどうりだけど、すこししずんだかおで


びじんなかのじょは、うずくまって、かおをてでおおって


わたしはかえる


ひはのぼり、またしずむ


とけいのはりはもどらない


おわらないものはなく、ゆえにいきることははうつくしく


おりかさなったきおくはかたちをかえ


そのせいはかぎりないかがやきをはなつ


でも


だからこそ


わすれないで


みんなですごしたあのときを


みんながいたあのばしょを


みんなとともにいたわたしのことを


わすれないで


どうか


わすれないで


短編小説を書いてみたいと以前から思っていたのですが、想像以上に難しかったです。

本当はこれの倍くらいの長さだったんですが、収まりがつかないために大幅にカットしました。いつも以上に拙い、というかハチャメチャな文章になってるかと思いますが、読んでくださった皆様の心に響くものが少しでもあれば幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
[良い点]  一読しただけではもったいない、噛み締めて何度も読み返したい不思議な魅力を持った作品ですね。「オカルト」というキーワードがじわじわと背筋を寒くさせます。  上司に反発しながらも出張へ赴く「…
[良い点] 都会的でオシャレな語り口がうまいです。デキル女の仕事への情熱と孤独、みたいなものが短い中にも上手く切り取られていると思います。 [一言] ファンタジーも緻密な文で楽しめましたが、いつか森瑶…
2016/01/21 09:19 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ