1月1日のこと。
年末の忙しさに泡を食っていた私を呼び出した、我が零細広告会社のしゃちょー様は、12月31日、つまり明日から3日間の海外出張を命じてきやがった。しかも行き先はヨーロッパ。
最高?そんな訳ない!私は彼と楽しい年末年始を楽しみたかったのに!いくらなんでも急すぎだろあのメガネ!弾丸ツアーにも程があるわ!このブラック企業!
私はゴネにゴネたが、あの冷血漢は表情ひとつ変えることなく、私のささやかな胸に書類一束を押しつけるだけ押しつけて、後は知らぬ存ぜぬだ。こっちを見ようとすらしない。ほんっと、昔っからそーゆー身勝手なとこ、全然変わってないよね、あのメガネ。会社立ち上げたって聞いた時、少しは責任感ってのを理解したのかと思った私がバカだったわ。せいぜい私の頭までお堅くしないでよね。
・・・・・・・・・とまあそんなわけで、私の年末年始の、あるいは今年最後来年最初のフィーバータイムは、始まりのゴングすら鳴ることなく終了してしまった。
◇
わたしのかぞく
おとーさん、おかーさん、いもーと
ちかくにはおばーちゃんとおじーちゃん
ふゆはさむいからって
おばーちゃんいつもあったかいのまふらーとかてぶくろをあんでくれて
いもーとのとどっちがかわいいってけんかして
ゆきがっせんでいもーとをこらしめたらおかーさんにおこられて
おとーさんはおじーちゃんとわらってて
がっこーにいくとたのしくて
かれしのあのひとはいつもやさしくて
めがねのいやみなせーとかいちょーとか
ともだちのきれーなおんなのことか
ほかにもたくさんともだちがいて
いやなこととかくるしーこともあったけど
みんなとすごすのがたのしくて
それが
それなのに
どうして
みんな
わたし
わたしは
わたしは
わたしは
◇
31日早朝。朝の日差しが凍てつきそうな空気を溶かし、私の沈んだ心を現実へと浮上させる。
朝食はトーストと昨日の残りのサラダ。煩雑に積まれた資料やら本やらをガサガサと掻き分けスペースを造り、少し焦げ目のついたトーストをかじる。テレビをつけると、年末セールだの、特番だののコマーシャルばかりだ。とは言っても、最近の芸能情報とかに疎い私は、出演者すら全然知らなかったりして、見ててもつまんない。なにさ、らっすんごれらいって。意味不明すぎ。てかあのピンクのベストの奴いないじゃん。あーあ。
そんなわけで、このお祭りムードに乗れない私はもう、こんなものを見てるだけで虚しくなり、無意識の内に彼氏に電話をかけるのだ。
コール3回で電話に出たあの人の声は、少しぼやけて聞こえた。それでもやっぱり最っ高にカッコイイ。やっぱ男は渋い方がいいって、絶対!
疲れているのだろうか、寝起きの彼は何時になく朧気で、鼻詰まりがひどそーだった。風邪ひいちゃったのかな?不安な私は今すぐ駆けつけたくなる。幸い、フライトの時間は19時なので、時間には余裕がある。
でも、彼は少し寝不足なだけだから問題ない、とやんわりと言い、私の気遣いが嬉しいって言ってくれた。
・・・嬉しいのは寧ろ私!私だよ!でも、彼は調子が悪いようなので、叫びだして喜びたい気持ちを我慢。我慢。その代わりと、私はこんちくしょーな海外出張について彼に話す。普通有り得ないでしょ?あのメガネ。年末年始を出張で潰すとか、どんな嫌がらせだよ。いつか部下に対するあれだよ、えーと、そう、パワハラで訴えられればいいんだよ!マジで!
でも、彼はとても優しいから、そんなことをプンスカ言う私に、寒いから体に気をつけて、仕事頑張ってね、とエールを送ってくれて、私はそれだけで生きていける気がして、ありがとーってお礼を言ったら、彼も悲しそうに、今度は一緒に過ごそうね、って。
私ってホント幸せだなって。今まで生きてきて良かったなって思っちゃう。軽い女でいいもん。彼がいれば、私は幸せ。
結局彼とは昼過ぎまで話し込んでしまっていて、食べ損なった朝のサラダを早々に始末しつつ、お気に入りのピンクの小さなキャリーケースを引っ張り出し、持っていくものを集めていく。パスポート、スマホ、着替えの服やら下着やらに化粧品一式。ついでにおやつのチョコレートもいれちゃえ!よしっ、これでいいや!
時計を見ると、もう3時。空港までの時間を考えると、そろそろかなー、なんて思って、軽く化粧をした後、厚手のコートを着て家を出た。31日。明日からはもう次の年なんだ。それにしても、時間って早く過ぎるものなんだなー。ホントビックリ。
電車を幾つか乗り継いで、空港に着いたのは6時半。まだ時間に余裕はあるけど、飛行機の中で仮眠でもしとこうかな。
チケットに指定されたゲートへ向かうと、人がまばらなゲートに辿り着いた。そーいえば、テレビで今年は年末を海外で過ごす人が少ないって言ってたけ、なんて思いつつ、飛行機の中に乗り込む。当然のように、エコノミーのせまっくるしい通路を通り抜け、自分の席に辿り着く。窓際の席じゃん!やったね!
ケースを上の荷物置きに放り込んで、ようやく一息ついてると、次第に睡魔が襲ってきた。まあ、特にやることもないし、少し寝ようかな。ヨーロッパなんて長旅だろうし、暫く寝てても大丈夫でしょ。
一応シートベルトだけしておいて、スマホの電源が落ちてることを確認して、私はすぐに眠りに落ちていった。
◇
ゆらゆらゆれる
おおきなおと
だれかのこえ
つめたいかんしょく
くもりぞら
ゆらゆらゆれる
とりはいつもとかわらずに
わたしはちにおちる
◇
どれくらいの時間が経っただろうか。私はふと目を覚まし、そういえば今海外出張してるんだっけ、とぼんやりと考えながら、周りを見回した。静かな機内。人は本当に少ない。私以外の乗客は4人くらいだろうか。おっさんとかおばさんとか、小さい子もいる。みんなうつらうつらと舟を漕いでいて、CAの人が薄い毛布をかけているのが見えた。
何かすることないかなー、と席に取り付けられたパネルを見ていると、映画が幾つかある。でも、国内のヤツは全部見たことあるじゃん。相棒とか、パーフェクト・ブルーとか、面白いけど、何回も見ようとは思わないんだよね。海外のはなんかサッパリよく分かんないけど、とりあえずミュージカルっぽいのをチョイス。俳優がやたらと豪華で、見応えあるじゃん。たまにはこーゆーのもイイネ。
そんなこんなで海外の有名な映画をいくつか見つつ、家から持ち寄ったチョコレートを摘んでると、CAさんがカートを押して横についた。うわっ、ヤバい。めっさ美人。女の私ですらキュンキュンする。もし私に彼氏がいなかったら、ちょっとヤバかったかも。禁断の扉がなんとなく見えた気がした。
その美人なCAさんに眠れませんか、って聞かれて、映画やってるから観てるんです、って答えるたら、その人は少し困ったような、けどなんか嬉しそうな顔になって、まだ時間はありますから、ゆっくりしていてくださいね、って言って毛布を渡してくれた。美人な上に気が利くとか、パーフェクトすなあ。
まあ、美人さんにそー言われては仕方ない。ちょうど映画の方も区切りがついたとこだし、少し寝ますか。貰った毛布を広げて、膝にかけ、私は深い眠りにつくのだった。
◇
さくらがまっている
わたしはみんなのてまえ、なくのがはずかしいので、こうしてわらっている
かれはくちびるをきつくかみしめて、そのひとみになみだをたたえていて
めがねはいつもどうりだけど、すこししずんだかおで
びじんなかのじょは、うずくまって、かおをてでおおって
わたしはかえる
ひはのぼり、またしずむ
とけいのはりはもどらない
おわらないものはなく、ゆえにいきることははうつくしく
おりかさなったきおくはかたちをかえ
そのせいはかぎりないかがやきをはなつ
でも
だからこそ
わすれないで
みんなですごしたあのときを
みんながいたあのばしょを
みんなとともにいたわたしのことを
わすれないで
どうか
わすれないで
◇
短編小説を書いてみたいと以前から思っていたのですが、想像以上に難しかったです。
本当はこれの倍くらいの長さだったんですが、収まりがつかないために大幅にカットしました。いつも以上に拙い、というかハチャメチャな文章になってるかと思いますが、読んでくださった皆様の心に響くものが少しでもあれば幸いです。