正式な名称は分からないが、私は点滴がぶら下がっている物を音を立てないように細心の注意を払いながら暗い廊下を歩いている。
時間は日付が変わった頃だろうか、窓から差し込む月明かりと頭の中にある記憶を頼りに私はそこを目指していた。
第三者が見たら不審人物以外の何者でもないがしかたない、私には時間が無いうえ誰かに見つかるわけにもいかないからだ。
だからと言って私は泥棒などの犯罪者ではない。だいたい点滴を受けながら泥棒をする奴などいない。もしいるのなら見てみたい気もするが、今はそんなことはどうでもいい。
とにかく私はこの建物、病院の屋上に行かないといけないんだ。
途中、私は壁に寄りかかり休憩をする。
自分の体がこんなに重いとは思わなかった。奴隷が付けている足枷の重りが付いているみたいで歩くこと自体が辛いし、呼吸は荒くなり疲労感がもの凄い。
正直もう動きたくない。
けど行かないと。
別に誰かに言われたから行くわけじゃなく、自分で行かないと、いや、そうじゃないか、自分で決めて選んだから。だから行かないといけないんだ。
深呼吸をして息を整えると私は再び歩き出した。
重い扉が開き涼しい風が肌を通り過ぎる。
このルートなら誰にも見つかることは無い。
私は非常口からでると踊り場から夜空を見る。
そう、あそこ、本当はあそこに行きたい。けど時間も力も無い、今の私にはどうする事も出来ない。
だから、だからこそ私は歩き続けなければ、この階段を上らないと。
点滴がぶら下がっている物を静かに一段ずつ上に上げながら、私は階段を上っていく。外にある非常階段だからか鉄製で音が鳴るものの、風がその音を消しえくれる。おかげで私はあまり周りを警戒することなく、気軽にとは行かないが安堵しながら階段を登り続けることができた。
そして辿り着く最後の難関、屋上への扉だ。
鎖を巻くほど厳重ではないが南京錠が掛けられている。まあ当然だろう、好き好んでこんなところに来る奴ほど警戒が必要だ。それと先に言っておくが私はそういう類の人間ではない。少なくとも飛び降りようとは思ってないから、というかそんなことをする人間の気が知れない。
さて、それはさておき、まずは南京錠を何とかしないといけない。そこで私が取り出した物、ジャジャーン、ハリガネ……ではない。残念なことに私はそこまで器用じゃない。一度やってみたい気もするけど、私が取り出したのは鉄を切ることができるハサミのような物、もちろん名前は知らない。
まあ普段使わないから名前なんてどうでもいい、点滴を吊るす棒とか鉄を切るハサミとかは。要は南京錠を壊して屋上へと行ければいいのだから。
屋上にはシーツ等を干す物干し竿や看護士の休憩用だろうかベンチまだ置かれていた。
私はベンチ腰を下ろし再び夜空を見上げる。
この病院は山奥にある為、星達が良く見える。
そいつはそうだろう、私はこの夜空の為に、わざわざこんな山奥の病院へと来たのだから。この夜空が見えない都会の病院だと意味は無い。
たった一つ、私は命の冒涜とも言えるわがままを貫くために、こんな山奥の病院へと入院したのだから。
私は点滴の針を外した。
外れた針の先から液体が流れ落ちる。たぶん抗がん剤だろう、なにしろ私の髪は抜け落ち、体にはシミのような物ができている。抗がん剤の副作用、つまり私は末期がんに侵されている。病名は白血病らしい。
そしてもう打つ手は無い、どうやっても助からないんだ。だったらと……私は夜中に病室を抜け出してここにきた。
万が一、いや、数億分の一の確立で助かるかもしれない。けど、私はそんな低すぎる確率にすがり、あまり意味の無い日常を送ることはできなかった。
死にたいわけじゃない、生きられるなら生きたい。でも、これ以上生きても自分が望んでいる物を手に入れられないなら、自分の命を賭けてでも手に入れたい。
命の冒涜、生きることへの諦め、なんと言われようと構わない。自分のわがままだということも分かってる。けど、たとえ誰が何と言おうとも、私にはその答えしか出せなかった。
どうしようもない、そういう生き方しか……私は出来ないのだろう。
そして出した答えがここ。
本当ならその遥か先が良かったのだけど、今の技術では無理のようだ。だから一番近い場所で……私は死にたかった。
つまり私の死に場所を選びたかった。
それは夜空が見える。都会とは星の数が違いすぎるほどの星が見える夜空、その向こうへはいけないけど今はここでいい。
余計な光が無いから星が良く見える。
星ってこんなに多かったんだな。今まで都会の夜空しか見たことが無いからまったく気付かなかった。
最初ははっきりと見えていた星の光も少しずつボヤけて行き、……消えてしまった。
そして私は夜空の向こうへと旅立つ。
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