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吾輩は『犬』である!?

作者: 藤野

作品内には若干の流血描写がございます。

苦手な方はご注意ください。


 吾輩(わがはい)は犬である。猫じゃないよ、犬だよ。いーぬ。ついでに言えば、名前もある。


 私の名前は秋口(あきぐち)緋乃(ひの)。といっても、これは前世の名前なんだけど。

 一ヶ月前、高校二年生だった私はうっかり階段で足を滑らせて落っこちて、そのままポックリ逝ってしまった。我ながら情けなく恥ずかしい死に方だと思う。


 でも、私は今こうして生きている。

 つまり、転生したってわけ。犬に。


 頭からどくどく血が流れてさ。あ、これ死ぬわ、って思ったのに、目が覚めたら何でか森の中にいた。しかも目線もかなり低くなってた。立ってるのに。

 これはさすがにおかしいと思って、遠くから聞こえる水の音の方に行って、水面を覗き込んで見た。

 そしたらさ、映ってたわけよ。犬が。いやー、あれは驚いたよね。なんで犬!?って。


 え?なになに、軽すぎる?嘘だろって?

 いやいや、残念ながら本当です。本当に私は犬になっちゃったんだよ。


 パシャパシャ水面叩いてみても、手は人間の手じゃなくて犬の前足だし。しかも改めて水面に映る自分を見てみたら、白い綺麗な麻呂眉(まろまゆ)が特徴的な黒柴 (しかもちっちゃい) だし。


 でもさ、ほら。なっちゃったんだから、もうどうしようもないかなーって、思ったんだよ。


 いーじゃん犬。可愛いじゃん。


 思ったらもう、戸惑いとか吹っ飛んだよ。



 そんなわけで、私 秋口緋乃は享年(きょうねん)十六歳という短い人生に別れを告げて、今度は犬生(けんせい)を歩んでいます。


 あ、ちなみに異世界で。


 さあ、今日もご飯を求めて行くぜ街へ!




□■□■□




 ぽってぽってと緩やかな坂道を下っていく。アスファルトで舗装(ほそう)されていない砂利道(じゃりみち)はちょっと歩きにくいけど、私が住まいにしてる森からは案外近いところに人間の集落があるから大して疲れることはない。

 感覚的に五分くらいかな?

 ほら、もう着いた。


 「あー!クロちゃん!ママー、クロちゃん来たよー!」


 私を見つけた小さな女の子が走って来て、私を抱っこしながら母親を呼ぶ。耳元で大声は犬の聴覚的に辛いものがあるけれど、子供のすることだし許容範囲だ。

 カタンと音がして、民家の玄関が開く。そこから若い女の人がひょっこりと現れた。


 「あら、久しぶりねぇおチビさん」


 そう言って女の人は娘ちゃんの隣にしゃがんで、抱えられた私の頭を撫でた。

うん、気持ちいい。わふっと声が出た。


 そうそう、クロちゃんとかおチビさんっていうのは総じて私のことだ。

 どうやらこの世界には“犬”という生き物は存在しないらしい。初めて人里に下りてきた時、何ていう動物かしら?と老若男女問わずに悩まれて本気でびっくりしたのは中々忘れられない思い出だ。

 まぁ、私も普通の犬ではないから人様のこと (というか世界のこと?) をどうこうなんて言えないし、そんな世界もあるだろう。

 珍しいことも相俟(あいま)って普通以上に可愛がってもらえるし、美味しいご飯にもありつけるし、万々歳だ。


 「はい、おチビさん。これ食べられる?」


 差し出されたのは、ほかほかと焼きたてらしいパン。ところどころに木の実っぽいものが混ぜ込まれてて美味しそう。

 一口サイズに千切って口元に寄せられたそれにぱっくりと口を開けて食べさせてもらう。


 もぐもぐもぐ…………うん、やっぱり美味しい。


 もっとちょうだい、とまた口を開ければ、気に入ったみたいと今度は娘ちゃんが食べさせてくれた。

 言い忘れてたけど、犬に生まれ変わった私だけど、なんでも食べられるみたい。

 玉ねぎとか、犬に食べさせちゃダメっていうじゃん?でも私、前にも言ったけど普通の犬じゃないじゃん?

 むくむく好奇心が膨れ上がっちゃってさ、食べてみたんだよね。ちょっとだけ。で、結果は異常無し。

 チョコレートとかも試してみたけどやっぱりそうだったから、私は世間一般の犬の定義からまた一つ外れたことがわかったわけだ。


 パクパクとパンを食べ進めていると、また別の子供たちが集まってきた。モコだとか毛玉だとか、思い思いの名前で私を呼んで、毛玉を堪能する。


 あ、こら。尻尾掴むな、引っ張るな。めっちゃ痛いんだからねっ。


 諌めるべくペシンと前足を尻尾引っ張った子の額に叩きつける。力は入れてないから痛くないはずだ。

 そのとおり子供は痛がるようすもなく、私が嫌がるのを察してしょんぼりしながらも、ごめんねと頭を撫でた。小さな手がぎこちなく動く。それにぐいぐいと頭を押し付けるようにしてあげると、その子はぱぁっと顔を笑顔にした。


 うん、子供は笑顔が一番だ。大人?それはまあ、臨機応変に。




□■□■□




 夕方。

 しっかりご飯を食べて、その細やかなお返しにと子供たちの遊び相手になった後。やることはやったと、家に帰る子供達を送り届けてから、私は森に帰る坂道を歩いている。

 街灯なんてないから辺りは真っ暗だけど、余分なものもなくて月明かりでも十分足元が見えるから怖くない。人の身だったならいざ知らず、今は犬だもん。暴漢に出会す心配なんてしなくていいんだよ。


 わっふふ~ん、なんて鼻歌気分でいたら、ちょっと道から外れた茂みから呻き声がした。

 なんだろう?気になったから覗いてみる。

 背の低い木に顔を突っ込む。途端に、鉄臭い匂いが鼻をついた。

 そのまま枝の間をくぐって木を抜ける。広がった光景には顔を(ひそ)めざるを得なかった。


 人が倒れている。空腹とかの行き倒れじゃない。その男の人は、体中に傷を負っていた。

 野盗か、それとも別の理由で襲われたのか……。どちらにしろ、可哀想なことだ。

 周りに人がいないことを確認して、ゆっくりとイメージする。


黒い髪と目。手足。白より少し黄色っぽい肌。

前世の、人間だった頃の、私。


「………毎回不思議だなぁ」


 二足直立しても違和感無いし、ちゃんと服着てるし。いったいどういう仕組みなんだろうね。

 これが、私が一番普通の犬からかけ離れている特異点。気づいたのは、犬になってから結構すぐだった。


 犬の姿じゃできないことはたくさんあって、人間の時なら楽勝だったのに!ってやきもきしてたら、あらびっくり。本当に人間の姿になってた。あれがこの世界に転生してから一番驚いたことだと思う。

 とにかく、気づいてからはちょくちょく人間の姿に戻るようになった。


 男の人の腰にぶら下がっていた革袋を拝借して水を運ぶ。それから慎重に服を脱がせて、運んできた水で傷口を洗い流した。

 沁みるのか、男の人がまた呻く。


 「大丈夫、大丈夫。ゆっくり息をして……そう、上手。そうやって痛みを逃してね。息止めちゃダメ、もっと辛くなるからね」


 頬に手を添えて宥めてあげれば男の人は朦朧(もうろう)とした意識の中でも必死に応えてくれようとする。それを見て私は応急手当を急いだ。

 服の袖や裾を破いて包帯代わりにする。左の足首は、骨折とまではいかないけど酷い捻挫をしていたから添え木を当ててしっかり固定した。布が足りなくなったらまた犬になって、人になって服をリセットして補給。

 それを何度も繰り返して一通りが終わった時には、私もぐったりと体が重くなっていた。


 もうこのまま寝ちゃいたい、なんて思うけど、まだ出来ることがあるからと立ち上がり、もう一度革袋に水を汲む。

 どうして襲われたかわからない以上、下手に人を呼ぶのは避けた方がいい。でもそうなると、私には家が無いからあの人は野宿しなければならない。食料も飲み水も、全部探すところから始めて。

 あんなボロボロの体じゃ、そんなの無理だ。だからせめて、水と少しだけど果物や木の実をそばに置いといてあげなきゃ。



 戻った時、お兄さんは離れた時と変わらず木の根を枕にして仰向けになっていた。傷のせいで熱が出ているのか、息が荒い。

 私はもう一度袖を引き千切り、汲んできたばかりの水で濡らしてその人の額に当てた。


 「………ぃ、みは……」


 僅かに意識を取り戻したお兄さんが掠れた声を漏らす。縋るように伸ばされた手をできるだけ優しく包んで、柔らかい声であるようにと努めて話しかけた。


 「もう大丈夫。手当はしてあるし、朝にはきっと熱も下がって、動けるよ」


 きゅう、とお兄さんが弱く私の手を握り返す。それに応えるように、私も少しだけ力を強めた。


 「な、まえ……」

 「なまえ……私の名前?」


 尋ねれば、お兄さんが小さく頷いた。


 「私は……緋乃。緋乃っていうの」

 「ひの……いい、名だ……」


 お兄さんが口元を緩めた。おお、ボロボロでよくわかんなかったけど、なんかイケメンっぽい気配が……。


 名前を教えたのは気まぐれ半分と、もう半分はお兄さんを安心させるため、名前を知ってる人と知らない人、どちらの傍が安心できるか、なんて聞くまでもないだろう。


 ひの。お兄さんが私を呼んだ。


 「……お前は、家に帰れ…私の傍にいては、巻き込まれてしまう………」

 「でも……」

 「私は大丈夫だから……あぁ、指輪を……これを持って、いくといい、……売れば、幾らかにはなる、から………」


 お兄さんが右手をかすかに浮かせる。その子指にはたしかに、繊細な銀細工に赤い石の埋め込まれた指輪が輝いている。


 「だめ、そんなのもらえないよ」

 「いい……これは礼だ……」

 「怪我人はそんなこと気にしなくていいの!……ほら、もう休んで」


 私の言葉とは反対に、お兄さんは閉じていた目をこじ開けた。薄っすらと瞼の隙間から覗く、熱で水気を帯びた目が真っ直ぐに私を射抜く。


 「ひ、の……」


 もう一度私の名前を口にして、お兄さんはとうとう気を失った。

 握られたままの手。外すこともできるけれど、そうしない方がいい気がする。


 「…………」


 仕方が無い。私はわざと溜息を吐いてその場に寝転がった。いつもは犬の姿とはいえ、野宿なんて慣れっこだ。今更躊躇う必要なんてない。

 森の何処かで、梟が鳴いている。唄うようなその声を聞きながら、私もゆっくり目を閉じた。




□■□■□




 朝。ぴちゅぴちゅ囀る小鳥の声で目が覚めた。いつの間にか犬の姿になっていたようで視線の位置が低かった。

 ぐっと背伸びして隣を見る。


 お兄さんは、いない。かわりに、いらないと断ったのに指輪が残されていた。

 律儀な人だ。

 せっかくの好意なのだからと、返す手段も無いし受け取ることにして、その指輪を填める。

 それからまた犬の姿になって、ぽてぽてと住まいへの道をのんびり歩いた。


 まだまだ犬生は長い。その中では、たまにはこんなこともあるだろう。 たったひとつの物事にとらわれてはダメなのだよ、ワトソンくん。


 なんて、ね。



〜Fin〜

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