12、小さな希望への賭け
「あら、シェーラ。昨日はお疲れ様」
「ええ。色々とびっくりしましたよ。それでレイラさん、少々聞きたいことがあるのですが」
「そういえば、傷の方は開いてない?」
「全然大丈夫ですよ。これなら魔法も使えそうです。それよりレイラさん――」
「期限過ぎて返した本の方、後で私から理由を詳しく言っとくから」
「レイラさん!」
シェーラは大声を出しながら、机を両手で叩き、怖い顔をしてレイラを睨みつける。
さすがのレイラもあまりに恐ろしいシェーラに、多少びっくりしているようだ。平静を装うように、いつもの口調で話す。ただし視線は合わせずに。
「人の話くらい聞いて下さい!」
シェーラの甲高い声から避けるように片手を耳に押さえ、いつもの椅子に座っているレイラ。深く溜息をつき、シェーラと後ろにいるクロウスとイリスに目をやった。
三人は昼前に急いで魔法管理局に戻ってきて、少し調べてからレイラの部屋に飛び込んだ。いつもと同様に様々な書類に目を通していたレイラは三人が現れたことに、微かに眉を顰める程度しかしなかった。
そして、シェーラはレイラに直球で質問をぶつける。
「レイラさん、クロウスを監視させていたって本当ですか!?」
「……何かと思えば、どうして突然そんな質問がでてくるの?」
「昨晩、同僚のマラードに会いました。そこでおかしな行動をしていたので、『何をしているの?』って聞いて。そしたら、『ルクランシェ部長に頼まれて、クロウス・チェスターを監視していた』って、返答したんですよ」
レイラはただ無表情に聞き続ける。
「帰ってきてから、ルクランシェ部長にしつこく問いただし、なかなか相手にしてもらえなかったですけど、やっと口を開いてもらいました。『それはレイラに聞いてみろ』って。ですから、今こうして聞いているんです。これは本当なのですか!?」
「――そうよ」
悪びれた風でもなく、シェーラをしっかりと見据えながら答えた。シェーラは嫌悪を露わにする。
「一体どうして……。いえ、レイラさんがこういう行動をするって予想してなくはなかったですけど」
「なら、なぜわざわざ聞くの?」
「予想と本当のことは違うじゃないですか」
「じゃあ、予想は?」
「クロウスがノクターナルの兵士だったことが、気になってたから。確かに気になるかもしれないけど、私を助けてくれた人ですよ? その人を監視するなんて、酷いじゃないですか!」
少し沈黙が続いた。外の喧騒が直に伝わってくる程の静けさ。
レイラは若干俯きながら、今度はゆっくり、はっきりと言った。
「酷いか……。確かに、酷いことかもしれないけど、私はしなきゃいけないのよ。もしとある1人が入ったために輪を乱してしまったら、その修復は面倒なことになるでしょう。時間も食われるし。事態を最小に止める為には、事前に防ぐ努力が必要なの」
レイラは引出しから一冊のぼろぼろのノートを取り出す。そこには、『局長日記』と書かれている。それをぱらぱらめくりながら、続ける。
「誰でも信用した場合、そう言う人が入ってきて、もしも何か取り返しのできないことが起こってしまったら、困るでしょう? だから、まずは疑うのよ。私が信用に足る人物だと思うまで。それが、トップに立つ者がやらなければならないこと。つまり私がしなければならないことなのよ」
レイラはノートを机の上に置き、固い表情をを少し崩すと、後ろで緊張して立っているクロウスを見た。
「ごめんなさいね。でも、私の立場も分かってほしい」
「大丈夫です。むしろ疑われない方が怖いですから。俺の経歴を聞いて、ひかない人なんてほとんどいませんよ」
「そう。どうやら、シェーラだけが一人でピリピリしていたみたいね」
「そうですね」
そう言うと、二人はくすくすっと笑い始める。さっきまで緊迫した空気だったのに、この空気の緩みは一体なんだろうか。
シェーラにとってはかなり面白くない。自分が意気揚揚と攻めてきたのに、結局は自分が不利になる状況になってしまって。
「全く、何か釈然としないわ!」
「まあいいじゃないですか、シェーラさん」
慣れた感じで、宥めるイリス。シェーラは口を尖らせる。
「それでレイラさん、監視の報告は来ているんですよね?」
「ええ。シェーラ達がルクランシェに問い詰めている間に一通り報告書は読んだわ」
「なっ……! 始めから時間稼ぎのために、部長は曖昧なことを言っていたのですね!? こんなときだけルクランシェ部長と仲が良いんですから」
「失礼ね、いつもそれなりに仲はいいわよ。同期として」
「そうしときます。それでレイラさんはクロウスのこと、どうなんですか?」
レイラから笑みが消える。クロウスも鼓動が速くなるのを聞きながら、再び緊張な面持ちになる。シェーラより前に出て、レイラの近くに行く。
レイラは事務的口調で返答した。
「報告書には総合して真面目な青年って、書いてあったわ。本を返し、女性が襲われるのを助け、そして襲おうとした相手と対峙した。どこも何か妙な行動をしていたとか書いてない。疑って悪かった程ね」
クロウスはほっと胸を撫で下ろした。むしろ褒められ過ぎて、恥ずかしいくらいに感じる。
「一つ、聞いてもいいかしら?」
「何ですか?」
「この魔法管理局に所属するって言うことは、一人旅をしている時よりもノクターナルに対して悪い印象しかない人と接触する回数が増える。その人がクロウス君はノクターナル出身と言うことを知ったら、おそらく邪険な行動をする。そんなことがたくさんあると思う。そういうことを踏まえた上で、ここに入りたい? 別に情報屋とかと掛け合えば、ノクターナルと接触できなくはないし、ここに無理して入っても……」
クロウスはすぐに首を横に振った。そして、遠い昔を思い出すように、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。
「昔、ある人からこう言われました。『クロウスはノクターナル兵のような環境には向かない。このままだと、個人がなくなってしまう。それならいっそ、外の世界に出た方がいい。一人旅とか一人でするのもいいけど、それよりも他の大きな団体、クロウスの個人を尊重してくれるような所に所属したほうが絶対にいい』っと」
瞼を閉じ、その当時をゆっくりと振り返る。
「当時はその意味がよくわかりませんでした。しかし兵を脱退して、何となく各地を回っているうちに、薄々と意味がわかってきました。つまり考えが幼いから、他で勉強しろっていうことです」
ちらっと瞼を開けながら、シェーラに微笑む。
「俺の出身地によって、何かを言われるのは覚悟しているつもりです。だけど、すべての人がそう思っているはずがありませんから、その希望に少しかけてみたいんです。シェーラのように、出身以外で人を判断してくれる人がいるということを」
シェーラは少し頬を赤らめる。
クロウスは視線をレイラに戻すと、すっと強い意志を持った瞳を向けた。
「自分の故郷をひどく言われたくない、ノクターナルの人すべてが悪い人ではない。その誤解を解くためにも、ノクターナル兵を仕切るトップと相手する確率が一番高い、魔法管理局に強く入りたいと思いました。あの島は、魔法を意のままに使おうとしているトップに、すべての根源があるのですから」
クロウスにとって、それはずっと燻っていた気持ちだった。その気持ちが決断へと変わったのは、本当に些細な出来事。
シェーラが肩に傷を負い、今にも切りつけられるとき、心の奥底で何かが弾けた。いつまでも奥底に置いとこうと思ったものが。
そして気づく。このままでは、いけないと。
レイラはクロウスの瞳がずっと揺らがないのを見ると、凛とした声を出した。
「あなたの意思、確かに受け取ったわ。クロウス・チェスター、あなたを魔法管理局に正式に入局すること認めます」
クロウス、シェーラ、イリスは一瞬目を丸くし、思考が止まる。突然の言葉に、何を言ったのか把握できなかったからだ。
「あら、まだ入局するなんて言ってなかったわよね?」
「はっはい!」
クロウスは硬直を溶かし、慌てて返事をする。それはまるで、新人さんの固い言い方。そして、そのままの勢いで頭を下げながら、お礼も言った。
「どうもありがとうございます!」
「えっええ……。いい決意の表れだけど、そんなに固くなって頭下げないで」
レイラはクロウスの奇怪な行動に対して、思わずひいてしまった。
そこでやっと我に戻ったのか、顔を赤くしながら、体が小さくなる。
「すみません。つい……」
「いえ、別にいいわよ」
「そうそう。クロウスが変な行動をしたなんて、入局した以上にある意味貴重な日になるだけだから」
後ろからぼそりと呟く言葉。それと同時にレイラとイリス、そしてシェーラは声を立てて笑い始めた。ますます小さくなるクロウス。ようやく空気は緊張から安堵へと変わったのだ。
やっと笑いが収まると、レイラは一枚の高級紙を引出しから取り出して、小さくなってしまったクロウスへと渡す。
「どの部に所属するかは後で決めるけど、クロウス君ほどの力量を持っていれば、事件部でしょうね。あとでその紙の詳細を埋めて、提出して下さい」
「わかりました」
ようやくクロウスは居場所を得れた気がした。思わず顔がほころびる。
それを見て、イリスはにこにこしながらシェーラに言った。
「よかったですね、丸く収まって」
「そうね。今回はそういうことにしときましょう」
はぐらかされた気がしなくもないが、妥協することにしたシェーラ。
なぜなら、クロウスの帯びている空気がほっとしたという、穏やかなものであり、それを崩したくなかったからだ。そして、何故かとても嬉しかったから。それは一緒にいれるということから来る気持ちであった。
これでクロウスは自分の決断したことを達成するために、一つ前進したのだった――。
だが幸せなひと時はずっとは続かない。
そしてその幸せを壊す、一つの事件が飛び込んできた。
激しくドアをノックする音がする。レイラは立ち上がり、目の色を変えて、大きな声を出す。
「入りなさい」
すると以前クロウスに話しかけた、小柄な女性が肩にかかるくらいの薄めの茶髪を振り乱しながら入ってきた。
「サブ、大変です!」
「ちょっと、メーレどうしたのよ」
あまりの変わりようにレイラはメーレに対して、慌てて駆け寄る。クロウス達は脇により、その成り行きを見ていた。
メーレは真っ青な顔で乱れた呼吸を整えながら、レイラに恐怖でいっぱいの瞳で見つめる。
「メーレ……?」
「大変です。ネオジム島のノベレと言うところで――」
ごくりと息を飲み、一気に言い放った。
「ノベレで謎の爆発事故が起きたという、電話を受けました」
「ノベレで? それは本当なの!?」
「はい。ネオジム島にいる局の人たちから何本も電話がきています。規模がそれなりに大きく、重軽傷者も多数出て、死者もいるということです。その事故に魔法管理局の者も被害を受けたらしく、安否については未だ不明なそうです」
レイラの目は見開き、口を手覆った。ショックのあまり、呆然とする。シェーラについても同様の反応を示している。
「その事故の原因はわからないの?」
「そうです。ですから、謎の爆発事故って、みんな言っています」
メーレも気配が今にも消えそうなほどに、ショックを受けている。レイラは顔色こそすぐれないが、必死に思考を回転させる。そして回転した先で、苦虫を潰した様な顔をした。
「――おそらく、魔法よ。とびきり火力の強い人間によって生みだされた」
肌寒い風が外では吹き始めていた。
それはシェーラ達の心にも吹きつけられ始める。そして誰にも気づかれないくらい、影から少しずつと何かが近寄ってきていた。
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