第四十四話
『第七章・望んだもの、零れたもの』
雲聖大高校は、県内でも指折りの進学校である。しかも文武両道で、スポーツに盛んに取り組み、去年の野球部は甲子園出場を果たした。学校の規則もそこまで厳しいわけではなく、髪を染めたりピアスを付けたりするのは……まあ、ある程度ならば許されている。
試験が始まれば髪を黒に染めなければならないし、ピアスも外さなければならない。つまり、何事もメリハリが大事だと言うことだ。
一年三百六十五日ずっと気を張って学校生活を送れば、いずれそれはストレスへと変わって後に一気に爆発する可能性がある。だから雲聖大高校ではやる時はやる、やらない時は好きにしろ、という校風を取っている珍しい学校なのだ。
そんな学校に通っている、高校一年生の神夜澪奈。
容姿もスタイルも知能もスポーツも、あらゆるジャンルで他の追随を許さない完璧の美少女である。
長く真っ直ぐな黒髪に、切れ長の目。感情の起伏に乏しい表情に、モデルのように高い身長。冷静沈着で、クールな彼女を当然周りの男たちは放っておかなかった。
澪奈が高校に入学してすぐに、目をつけた先輩たちが雲霞の如く押し寄せ告白してきた。良くある恋愛漫画のように、澪奈の机や下駄箱にはラブレターやメールアドレス、携帯番号が書かれた手紙がギュウギュウに入っていた。そしてその全てを断るのに費やした時間、凡そ二ヶ月。だがそれで終わりではなく、先輩方が終わった直後、今度は同級生から告白された。一年の男子の三分の二以上から付き合ってくれと言われた澪奈は、当たり前のように断った。
梅雨の時季に入る頃には全て終えた澪奈だったのだが、男はともかくとして、雲聖大高校の女生徒たちは当然面白くない。澪奈が断った男子の中には、とある女生徒が想っていた人だった、なんてことは腐るほどあったらしい。
その結果、澪奈は陰湿な、所謂イジメに遭っていたりする。
「…………」
目を細め、登校してきた澪奈は下駄箱に入っている上履きを見つめていた。上履きは刃物のようなものでズタズタに切り刻まれており、履くには無理がある。そしてこんなことをした犯人と思われる者から、置手紙が残されていた。
書かれていた内容は、
『ちょっとモテるからって、調子に乗ってんじゃねーよブス!』
という、あからさまに嫉妬していることが分かる一文だけだった。
「…………」
澪奈はその置手紙を丸め、廊下に設置されているゴミ箱へ捨てる。そして職員室へ向かい、上履きを家に忘れてしまったのでスリッパを貸して欲しいと交渉した。頼んだ相手は担任で、まだ二学期の途中なのに何で上履きを持って帰るんだ、と訊ねてきたのだが、洗うためですと澪奈が言えばあっさりと納得し、スリッパを貸してくれた。
これが男ならばもう少し言及されていたのだろうが、校内一の美少女の言うことに、一々教師も突っ込んだことは言わない。何故なら担任も男だから。
スリッパを履いて教室に着くと、一斉にクラスの男女が振り向く。男子は羨望の眼差しで、女子は妬みの眼差しで。
それらを一心に受けた澪奈は、特に何も感じることなく自分の席へと腰を下ろそうとして――止める。
「…………」
澪奈は自分が座ろうとした椅子に視線を移す。すると、そこには三つほどのガビョウが鋭い針を向けて置かれていた。もし澪奈が気づかずに座っていれば、結構シャレにならない痛みに襲われていただろう。
まあ、日頃から気を張って生きている彼女がこの程度の幼稚なイタズラに引っかかるわけもないのだが。
澪奈は何でもないような仕草で適当にガビョウを退かして座る。犯人を探そうとか、誰かに相談するとか、そんな素振りすら見せない。ただ退屈そうに、眠そうに窓から映る街を眺めている。クラスの女生徒たちは、そんな澪奈を見ながら固まってひそひそと話している。もはや隠すつもりも無いらしい。
と、担任が入って来る。
担任は一度だけ教室を見渡し、若干面倒そうに朝の挨拶を済ませてホームルームを始めた。
「えぇ――――……、学園祭は来週に迫ってきてるから、準備はそれまでに終わらせておくように」
学園祭。
手短に、適当にそう言って、担任はホームルームを終わりにする。
澪奈は窓の外を見ながら、学園祭か、とぼんやりした頭で思った。澪奈のクラスは料理屋のマネ事をすることになっている。食器洗いやその他雑用は男子が、実際に料理を作ったり客に持っていったりするのは女子の役目。
澪奈はどこか眠そうで、他人事のように学園祭のことを考えながら、ふと思う。
あの少年は、来るのだろうか、と。
シルフの街の、人通りが極端に少ない中心部から離れた場所に在る廃墟のようなボロアパート。そこには白い髪の赫い瞳をした少年が住んでいる。普段は一人で過ごしているのだが、今は客人が居る。
情報屋、唐沢継光。
紫苑は傷が癒えたのと同時に唐沢を呼び付け、ロンドンで悪魔と契約を交わした黒慟の行方を訊ねていた。
「黒慟に関する情報は、今のところ少ないんだよ。だから、もう少し時間をくれ、朱月クン。――――っていうか、君黒慟どころかその手下にノックアウトされたんだろ? そんなんじゃ、悪魔と契約した黒慟には勝てないんじゃないかな。この際、君も悪魔と契約したらどうだい?」
「寝言は寝て言え」
言って、紫苑はロンドンの戦いのことを思い出したのか顔を怒りに歪め、唐沢から視線を逸らした。唐沢は立ち上がり、これから数日掛けて黒慟の居場所を探すと言って、部屋から出て行こうとする。だが、玄関付近で唐沢は思い出したように、
「そう言えば、リゼットちゃんはやっぱり死んだみたいだよ。先日、死体が見つかったってさ」
やはりそうか、と紫苑は思った。
リゼットはあの日、戻って来なかった。生きているとは思っていなかったし、生きていて欲しいとも思っていなかった。ただ、詳しい事情は知らないが、あの女も自分と同様に復讐に身を捧げた人間だった。他者を巻き込み好き勝手に生きた外道の辿る末路は、やはり死しかない。
紫苑は、自分の行き着く先をむざむざと見せつけられたような気がして、複雑な心境だった。
「お前は何とも思わねェのか?」
確かリゼットと唐沢は、仲が良いとまではいかないが、しかし自分よりは砕けた関係だった……と思う。いずれリゼットが死ぬことは分かっていたとしても、やはり少しは気落ちしているのではないだろうか。
そう思う紫苑だったが、
「何か勘違いしているみたいだね、朱月クン」
唐沢は若干疲れたように――というよりは、呆れたように大袈裟に溜息を吐きながら、
「僕はね、退屈なんだよ。あらゆることを知っているが故に、スリルが無い。結末が分かり切っている物語なんて、大して面白くないだろう? あれと同じさ。僕はヒマ潰しがしたい。リゼットちゃんは固有魔術を、君は化物としての異能をそれぞれ持っている。だから、僕は君たちに力を貸したんだ」
唐沢は薄気味悪い笑みを浮かべて、
「今僕が興味あるのはね、朱月クン。君だよ。リゼットちゃんは復讐も果たせずに死んだ、ただの負け犬だったけどさ、君は違うだろう? どんな手段を使ってでも、勝ちに行くよね? そのために君はこの街に居るんだよね? 勝つために――神夜の巫女様と関係を持っているんだよね?」
矢継ぎ早に紫苑に問い質す唐沢。
「――――」
唐沢は全て知っていたのだ。自分があの少女と会っていたことを。それも、会ったその瞬間から、知っていた。だから、唐沢はこの街に居るよう紫苑に指示した。理由は一つ。そちらの方が、面白いから。唐沢継光という人間は、娯楽を求め続ける探究者。
紫苑は今ようやくそれを理解した。
彼の中の、朱月紫苑という“闇喰らい”は、神夜澪奈を利用して黒慟忌閻を殺す極悪人。別に今更善人を気取るつもりは無いのだが、自然と、紫苑は自分の復讐にあの少女を巻き込もうとは思っていなかった。
ただそう長くない自分の人生で、時折会って話すだけの茶飲み友達程度の関係。それだけで良かった。それ以上の関係は持とうとも思っていない。
確かに、五大名家の力を使えば黒慟の周りに居るクソ共を潰せるかもしれないが……、
「お前に一々指図される謂われはねェ」
紫苑は唐沢にさっさと帰れ、と言って追い払う。唐沢は出て行く間際に、
「精々、楽しませてくれよ、朱月クン」
と言って去って行った。
自分も、あの男を楽しませる駒でしかない。しかし、それでも成さなければならないことがある。
「…………チッ」
紫苑は舌打ちし、街に出ることにした。特にやることはないのだが、唐沢と話したせいで胸糞悪い。少し外の空気を吸って、気分転換したい。
既に外は夕暮れ時。
十月を過ぎ、この時季はそろそろ肌寒くなってくる。紫苑はコートを着ている自分にはちょうどいいな、と思いながら、外へと出て行った。
Wandering network
第一部人気投票
HONなび
カテゴリ別オンライン小説