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きまぐれ書評 作者:かやまりょうた
8/8

「夜と霧」を読んで

最初に

 前から読みたかった「夜と霧」を読んだので、書評に載せる事にした。今回は書評と言うよりも、この本の紹介である。久しぶりに良い本だと思ったので、色々と述べてみたいと思ったのだ。名著を紹介するには拙い文であるが、御笑覧いただきたい。

どんな本か

「夜と霧」はすでに古典の位置を占めていて、高い評価を受けている本である。「夜と霧」は精神科医であり脳外科医であったヴィクトール・E・フランクルによって、一九五六年に書かれた。ユダヤ人であったフランクルのアウシュビッツ強制収容所における過酷な体験からこの本は生まれた。この本の特色はなんと言っても精神科医であったフランクルによって自身を含む、この劣悪で残酷な収容所に収監された人々の心理の移り変わりを丁寧に追っている点にある。そのため収容者の心理の時間的な変化を軸に、この本は以下のような構成になっている。

「心理学者、強制収容所を体験する」
「第一段階 収容」
「第二段階 収容所生活」
「第三段階 収容所から解放されて」

「心理学者、強制収容所を体験する」では心理学的な考察、収容所における心理の特殊性について語られ、この本の方向性、フランクルが読者に対して主に伝えたい事柄が述べられる。
「第一段階 収容」では施設に収容される収容者たちの心の有様が中心に語られる。ここから、実際の収容所の体験が語られている。
「第二段階 収容所生活」では収容所生活そのものの、生活の中での心の有様が語られ、それがどんな意味を持つのか、また人間はその異様で残酷な生活の中で、いかなる人間性を表すのかが様々な点から丁寧に記述されていく。この章は本書の中核をなす章であり、分量も多い。
「第三段階 収容所から解放されて」は収容所生活を脱し、出所した収容者が示す心の動きについて書かれている。
 この本の大きな特徴は単なる体験記ではなく、収容者たちの心の変化を丁寧に捉えていることだろう。もちろんそれはフランクルの視点からである。
 しかし、この本を実際に読むと分かることだが、よくある心理学の分析を通しての記述は少ないと思う。むしろこのような過酷で恐ろしく残酷な場に囚われた人間がいかなる人間性を見せ、また、人間であり続けるのかがフランクルの体験を通して、克明に語られていく。その叙述は深く豊かで、人間性に満ちとてもすぐれた文章であり、文学的であるとさえ言える。私はこうした部分に「夜と霧」の本としての大きな魅力と価値を感じるのである。

引用と紹介

 この本のすぐれた内容について理解を深めるには、本書の引用と少しの解説が適切だと思う。では思いついて見つけたところであるが、引用してみよう。

苦痛

『殴られる肉体的な苦痛は、私たちおとなの囚人だけでなく、懲罰をうけた子どもにとってすら深刻ではない。心の痛みつまり不正や不条理への憤怒に、殴られた瞬間、人はとことん苦しむのだ。だから、空振りに終わった殴打が、場合によってはいっそう苦痛立ったりすることもある。たとえばあるとき、私は所外の線路にいた。吹雪が襲った。にもかかわらず、作業が中断する事は許されなかった。体が芯まで凍えてしまわないように、わたしはせっせと線路との間を砕石で埋めた。ほんの一瞬、息をつくために手を休め、つるはしにもたれた。運の悪いことに、同じ瞬間に監視兵がこちらを振り向き、当然、わたしが「さぼっている」と思い込んだ。そして、とっくに感情が消滅していたはずのわたしが、それでもなお苦痛だったのは、叱責や、覚悟していた棍棒ではなかった。監視兵は、このなんとか人間の姿をとどめているだけの、尾羽打ち枯らし、ぼろをまとったやつ、彼の目に映ったわたしというやつを、わざわざ罵倒する値打ちもないとふんだ。そして、たわむれのように地面から石ころを拾いあげ、私に投げた。わたしは感じずにはいられなかった。こうやって動物のきをひくことがあるな、と。こうやって、家畜に「働く義務」を思い起こさせるのだ、罰をあたえるほどの気持ちのつながりなど「これっぽっち」もたない家畜に、と。』

 フランクルが鉄道工事に従事している時の話である。ここでフランクルは肉体的な苦痛よりも精神的な苦痛の方が勝るということを、明確に指摘する。つまり、人間が家畜扱いされることにである。

非情ということ

『わたしたち、およそ二千人の被収容者を運ぶ列車はウィーンを経由した。列車は真夜中に、ウィーン市内のとある駅に停まった。もう少し走ると、線路はある通りと交差するのだが、その家並みの一軒で私は生まれ、追放された日まで何十年もそこで暮らしていた。
 わたしたちは、狭苦しい護送車に五十人ずつつめこまれていた。護送車には、鉄格子のはまった小さなのぞき窓がふたつあいている。床に坐れるのは一部の者たちで、あとは何時間も立っていなければならなかったのだが、彼らはたいていのぞき窓に押しあいへしあいしていた。わたしもそのなかにいた。爪先立ち、人々の頭越しに、そして、鉄格子の向こうに見たふるさとの町は、やけに幽霊じみていた。わたしたちはみな、生きているというより死んでいるような気持ちがした。列車はマウントハウゼンに向かっているらしく、だったら長くて一、二週間の命だな、とわたしたちは見積もっていた。わたしが子供時代を過ごしたふるさとの通りや広場や町並み見えても、まるで自分がすでに死んでいて、死者としてあの世から、この幽霊じみた町を幽霊になって見下ろしているような気がした。これはなまなましい感覚だった。
 数時間停車して、今、列車は駅を出る。あの通りに、わが家のある通りにさしかかる!わたしは頼みはじめた。のぞき窓の眺めに見入っていたのは、収容所暮らしが長く、このような旅がことのほか物珍しい若者たちだった。わたしは頼んだ。ほんのすこしのあいだ、前に行かせてくれないか、と。そして、わたしにとって外をひと目みるとはどういうことか、わかってもらおうとした。懇願はしかし、半ば邪険に、半ば嘲笑ぎみに却下され、こんな言葉で片付けられた。
「そんなに長いこと住んでいたのか。だったらもうさんざん見ただろう」』

 ここでは私は二つのことに注目する。一つは死者として幽霊じみた町を幽霊になって見下ろしていると言う感覚だ。これはどんな感覚だろうか。こうした感覚があるということなのだ。もう一つは仲間からうけた非情さである。

壕の中の瞑想

『被収容者の内面が深まると、たまに芸術や自然に接することが強烈な経験となった。この経験は、世界やしんそこ恐怖すべき状況を忘れさせてあまりあるほど圧倒的だった。
 とうていしんじられない光景だろうが、わたしたちは、アウシュビッツからバイエルン地方にある収容所に向かう護送車の鉄格子の隙間から、頂が今まさに夕焼けの茜色に照り映えているザルツブルグの山並みを見上げて、顔を輝かせ、うっとりとしていた。わたしたちは、現実には生に終止符を打たれた人間だったのに―あるいはだからこそ―何年ものあいだ目にできなかった美しい自然に魅了されたのだ。
 また収容所で、作業中にだれかが、そばで苦役にあえいでいる仲間に、たまたま目にしたすばらしい情景に注意をうながすこともあった。たとえば、秘密の巨大地下軍需工場を建設していたバイエルンの森で、今まさに沈んでいく夕日の光が、そびえる木立のあいだから射しこむさまが、まるでデューラーの有名な水彩画のようだったりしたときなどだ。
 あるいはまた、ある夕べ、わたしたちが労働で死ぬほど疲れて、スープの椀を手に、居住棟のむき出し土の床にへたりこんでいたときに、突然、仲間がとびこんで、疲れていようが寒かろうが、とにかく点呼場に出てこい、と急きたてた。太陽が沈んでいくさまを見過ごさせまいという。ただそれだけのために。
 そして、わたしたちは、暗く燃えあがる雲におおわれた西の空をながめ、地平線いっぱいに、鉄色から血のように輝く赤まで、この世のものとも思えない色合いでたえずさまざまに幻想的な形を変えていく雲をながめた。その下には、それとは対照的に、収容所の殺伐とした灰色の棟の群れとぬかるんだ点呼場が広がり、水たまりは燃えるような天空を映していた。
 わたしたちは数分間、言葉もなく心を奪われていたが、だれかが言った。
「世界はどうしてこんなに美しいんだ!」』

 人間はどんな状況においても、自然や美に感動する。フランクルは『現実には生に終止符を打たれた人間だったのに―あるいはだからこそ―何年ものあいだ目にできなかった美しい自然に魅了されたのだ』と言う。
 私が見ている世界も、あなたが見ている世界も、フランクルたちがみた世界にも等しく、美が溢れている。

精神の自由

『収容所の日々、いや時々刻々は、内心の決断を迫る状況また状況の連続だった。人間の独自性、つまり精神の自由などいつでも奪えるのだと威嚇し、自由も尊厳も放棄して外的な条件に弄ばれたんなるモノとなりはて、「典型的な」被収容者へと焼き直された方が身のためだと誘惑する環境の力の前にひざまずいて堕落に甘んじるか、あるいは拒否するか、という決断だ。
 この究極の観点に立てば、たとえカロリーの乏しい食事や睡眠不足、さらにはさまざまな精神的「コンプレックス」をひきあいにして、あの堕落は典型的な収容所心理だったと正当化できるにしても、それでもなお、いくら強制収容所の被収容者の精神的な反応といっても、やはり一定の身体的、精神的、社会的条件をあたえればおのずとあらわれるもの以上のなにかだったとしないわけにはいかないのだ。そこからは、人間の内面にいったいなにが起こったのか、収容所はその人間のどんな本性をあらわにしたかが、内心の決断の結果としてさまざまと見えてくる。つまり人間はひとりひとり、このような状況にあってもなお収容所に入れられた自分がどのような精神的存在になるかについて、なんらかの決断を下せるのだ。典型的な「被収容者」になるか、あるいは収容所にいてもなお人間として踏みとどまり、おのれの尊厳を守る人間になるか、自分自身が決めることなのだ。
 かつてドフトエフスキーはこう言った。
「わたしが恐れるのはただひとつ、わたしがわたしの苦悩に値しない人間になることだ」』

 収容所のようなあらゆる権利や自由を剥奪されても、自分がどんな精神的存在になるか人は決断できる。おのれの尊厳を守る人間になるか、そうでなくなるか、決断できる事である。

教育者スピノザ

『ひるがえって、生きる目的を見出せず、生きる内実を失い、生きていてもなにもならないと考え、自分が存在することの意味をなくすとともに、がんばり抜く意味も見失った人は痛ましいかぎりだった。そのような人びとはよりどころを一切失って、あっというまに崩れていった。あらゆる励ましを拒み、慰めを拒絶するとき、彼らが口にするのはきまってこんな言葉だ。
「生きていることにもうなんにも期待がもてない」
 こんな言葉にたいして、いったいどう応えたらいいのだろう。』

生きる意味を問う

『ここで必要なのは、生きる意味についての問いを百八十度方向転換することだ。わたしたちが生きることからなにを期待するかではなく、むしろひたすら、生きることがわたしたちからなにを期待しているかが問題なのだ、ということを学び、絶望している人間に伝えねばならない。哲学用語を使えば、コペルニクス的転換が必要なのであり、もういいかげん、生きることの意味を問うことをやめ、わたしたち自身が問いの前に立っていること思い知るべきなのだ。生きることは日々、そして時々刻々、問いかけてくる。わたしたちはその問いに答えを迫られている。考え込んだり言辞を弄することによってではなく、ひとにえに行動によって、適切な態度によって、正しい答えは出される。生きるとはつまり、生きることの問いに正しく応える義務、生きることが各人に課す課題を果たす義務、時々刻々の要請を充たす義務を引き受けることにほかならない』

 どんな時代にあっても、過酷であっても、反対にどんな満たされていても『「生きていることにもうなんにも期待がもてない」』という人間はいる。フランクルはこうした人々に言う『哲学用語を使えば、コペルニクス的転換が必要なのであり、もういいかげん、生きることの意味を問うことをやめ、わたしたち自身が問いの前に立っていること思い知るべきなのだ』と。

最後に

 この本との出会いは大学に入った時に何回目かで行った生協の本棚だった。題名が頭に残り、すばらしい本である事は聞き知っていた。あれから、だいぶ時間はたったがいつも頭の片隅に読みたい本としてどこかにあった。今回、それを果たす事ができてとても嬉しく思う。強制収容所について書いてあるので、手に取りづらいかもしれないが、この本に興味を持った人は、ぜひ読んでみて欲しい。内容から様々な事を感じ、また、こうした恐ろしい悲劇が実際にあったことを知ってほしいと思う。

引用箇所

ヴィクトール・E・フランクル『夜と霧』新版 みすず書房 池田香代子訳 

苦痛 pp38~39 非情ということ pp52~54 壕の中の瞑想 pp64~66 精神の自由 pp111~112 教育者スピノザ・生きる意味を問う pp129~130
いったん、「きまぐれ書評」は終わりにします。でも、書評自体はやりたくなくなったわけではないので、論じたい本が出てきたら再開します。たぶん次は夏目漱石についてまとめたものを考えていますが、だいぶ先です。すみません。

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