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幼馴染みに失恋しました。

作者:みわかず
連載物が進まず、寄り道です。
私には保育所の頃からの幼馴染みがいる。
家も近所で、母親同士が仲良しで、お互いの家にしょっちゅう行き来していた。

小学生には、子供だけで遊ぶようになった。近くに公園がなかったので、遊び場と言えば学校の遊具を使い込んだ。
きっと私たちが、六年間で一番遊んだと思う。サッカーボールは二個破裂させた。空気をいっぱいに入れた古いボールは、思いきり蹴ると爆発する、という自由研究を提出した。

私の家は母子家庭だったので、私もそこそこ家事はする。母さんの手伝い程度だけど。
幼馴染みの家は両親が共働きで、私と似た境遇ではあったのだけど、奴は炊事だけはしなかった。
なので、夏休みや冬休みなんかは、うちで昼ごはんを食べたり、奴の家で作ったりとかした。

中学にあがると、そんな関係をはっきりさせたくなるらしい。
思春期とは面倒だ。
私たちには日常だったけど、背も伸びて声も少々低くなり、そこそこなルックスに育った奴に好意を持つ女子に、何度か聞かれる事になる。

「付き合ってるの?」

それに対する私たちの答えはいつも一緒。

「付き合ってない。」

いつも一緒だったけど、私は辛かった。
奴を、好きになっていたから。

二年生の終了式に告白した。
たまたま帰りに会って、通学路だったけど、二人きりだったから。
奴の周りには誰かがいつも居た。
友達も増え、行動範囲が変わってきて、夏休みや冬休みに昼ごはんを食べることもほとんど無くなっていた。
だから、奴と二人きりになるのは本当に久しぶりのことで、この時しかチャンスが無いと思い込んだ。

なけなしの勇気をふりしぼって好きと伝えたら、

「きもっ。」

と言われて終了。
そんでさ~、と、何事もなく世間話が始まってしまった。

私の告白は、無かった事にされた。

家に着き、またな~、と手を降り別れた。玄関に入った途端に涙が溢れ、母さんが帰って来るまでそこでうずくまっていた。

何事か!?と焦る母さんに、黙っていることも苦しくて、懺悔をするように話した。

「・・・あの野郎、ブッ飛ばしてやる・・・」

物凄い低い声でぼそりと言った一言に、私の方が焦った。
よく見れば、母さんもボロボロと泣いていた。
なんだか嬉しくなって、子供の時の様に母さんに抱きついた。

明日から春休みで良かった。

四月に入ると、奴の母親が遊びに来た。最近遊びに来ないから寂しいわ~、と言って、私の大好きなアイスをお土産にくれた。
いつも可愛がってくれてるので、フラれたから行きづらいと素直に答えた。
その時の奴の母親の般若の様な顔が忘れられない。

ひとしきり自分の息子を罵倒した彼女は、母と同じ様に物凄い低い声でブッ飛ばしてやると、呟いた。
イエイエいえいえ、と母さんと一緒に丁重にお断りした。
奴には関わらない様にするつもりだったから。
さすがに、今まで通りには出来ない。私はフラれたし、近くにいれば辛い。友達に戻れなくても構わない。
奴とは離れるけど、おばさんとおじさんにはまた会いに行きます。そう言えば、絶対だからね!と抱きしめられた。

新学期、ラッキーな事に奴は一組、私は六組とこれ以上なく離れた。これでよっぽどでないとすれ違う事も無い。諦めやすい。切ないけど、良かった。

担任に進路の変更を相談した。母さんにもOKをもらったので、志望校を地元の公立ではなく、二駅先の公立校にした。そちらの方が偏差値がより高いが、今からでも私の成績なら大丈夫と太鼓判をもらった。

よし。二駅なら、自転車でも行ける。受かるように頑張ろう。
奴の成績は大して良くない。だから高校は別になる。
・・・頑張ろう。


奴に彼女ができた。

奴の所属する男子バスケ部のマネージャーだそうだ。
一学年下の可愛い子だった。

それを知った日は荒れ狂ったけど、次の日には落ち着いた。
何だ、わりと平気だな。
こうやって好きだった気持ちを忘れていくのか。
受験勉強がはかどった。

担任には、もっと上を狙えると言われたが、家からもっと遠くなるし、バス代や電車代をケチりたかったので断った。
進路指導室から出るときに、奴とばったり出くわした。

「よお。」

何も変わらずに声をかけて来たので、「よっ。」と言って去った。
あんなに一緒にいたのに、もう用事もなければ話もしない仲になったんだと実感した。

と、手首を掴まれた。
驚いて振り返ると、奴も驚いていた。

「・・・何でそんなビックリしてんの?」

「・・・後ろから急に掴まれたからよ・・・何?」

何の用なのか聞くと、ちょっといい辛そうに目線を泳がせた。

「・・・何で、今年の誕生日、ケーキくんなかったんだよ?」

私の目は丸くなっただろう。コイツ、私が思うより馬鹿なの?

「・・・彼女の立場で考えなさいよ。誕生日に、幼馴染みといえ、よその女の手作りを食べるなんて嫌でしょう?」

「え?・・・でも俺、毎年楽しみにしてるんだけど。」

だから!私、今言ったよね!

「来年からは彼女にもらうのね。・・・それだけ?」

「・・・あ、お前、第一志望地元だよな?」

「・・・違う。じゃあね。」

奴の手を振り払った。

小五の時から毎年、奴の誕生日にはケーキをプレゼントしていた。その時の私はケーキ作りにハマり、一番上手に出来たチーズケーキを奴にプレゼントしたのだった。
美味しいと言って食べるのが嬉しくて、それで好きになった気がする。

違う。その前だ。
うちで子供だけの昼ごはんの時に、夕べのカレーを温めて、カレー皿にわけて奴に出した時に、すげえ!!お母さんみたい!と言われ、このカレーうまい!!とガツガツ食べる姿にやられたんだった。母さんのカレーだったけど。

私のカレーを食べてもらいたい。それが、私のご飯作りのきっかけ。ケーキはその延長。

だから、彼女のいるアンタには何も作らない!

作れない。

馬鹿。


夏休みの受験用の補講に、奴も参加するようになった。
え。地元の公立なのに、補講に出なきゃいけない程に成績悪かったの?とちょっと心配した。

人の心配より自分の事なので、特に声をかけたりもしなかった。

のに。

「よお。お前も帰りか? 一緒に帰ろうぜ。」

まさかの遭遇。まさかの誘い。
夏休みなのに通常授業程の時間を学校に拘束されるけど、男バスの部活の終了と被る時間だ。

「・・・彼女と帰りなよ。」

いいよと、素直には言えなかった。

「ああ、別れた。」

何を言われたかわからなかった。

「受験勉強で、会う時間が取れないから、別れようって言った。」

あの可愛らしい彼女と別れてまで勉強しなきゃいけないくらいに成績悪いのかと戦慄。
焦った私は、鞄から体験講習の雰囲気が良かった塾のパンフレットを取り出して奴に渡し、学校の補講じゃなくて塾に行けと言った。

「えぇ・・・」

私の方がえええぇだよ!地元の公立は最後の受け皿と言われるくらいの偏差値なのに!
とりあえず、親と先生に相談してその塾に見学に行けと言ってさっさと一人で帰った。

色々びっくりした・・・

それからは特に奴との接触は無かった。
受験ではあったけど、穏やかに日々は過ぎた。
最後の中学行事を楽しみつつ、友達と受験対策をしたり、健康管理を徹底したり。私より母さんの方が緊張してきたり。

二駅先の高校への同中の受験生はたくさんいた。
その中に奴も居た。
目を疑った。
私に気がついた奴がよってきて、

「よお。お互い頑張ろうな。」

なに食わぬ笑顔でそんな事を言う。
あまりの動揺にトイレに駆け込んだ。友達が心配して声をかけてくれたけど、どう答えればいいかわからなかった。

奴とは違うクラスでの試験だったので、物凄くホッとした。
友達が心配したままだったので、帰りに話すから聞いてくれる?と言えば、頑張ろうねと笑ってくれた。彼女の笑顔を見て、更にホッとした。

そうして受験は無事に終わった。採点をしなければ安心は出来ないが、今までに受けた模試よりも出来が良かった気がする。

帰り道、友達に動揺した訳を話した。

「私がその立場なら、同じに狼狽える!」

同意を得られた。良かった。

「・・・まだ好きなの?」

その質問には、そうかもしれないと答えた。今日、あれだけ動揺したけど、嫌だとは思わなかったから。同じ学校に通うようになったら困るなとは思ったけど、不思議と嫌とは思わなかった。

でも、もう好きとは言わない。
キモいと言われて、それでも好きですなんて、もう言えない。

「まあ、皆で受かればの話よね~。」

そうそう。それに、奴はきっと高校でも彼女が出来るだろうし、どっちにしろ忘れなきゃならない。
そう考えると、少し楽になった。

「そっか~。ほら、私も小学校からの付き合いじゃん?あんたたちのやり取りいつも面白かったから、ちょっと残念。そっか~。クラスが離れたから疎遠になっただけだと思ってた。」

へへ。と笑ってしまった。
それを見て、友達も笑い、春休みは私とデートだからね!と言われて、もっと笑ってしまった。

家に帰れば、母さんがソワソワしながら玄関まで出迎えてくれた。自己採点中もずっとソワソワしてたのが可笑しくて、計算がなかなか終わらなかった。一番心配していた英語が80点だったので、イケると思った。母さんは飛び上がって喜んでくれた。

春休み中に7段変速の自転車を買ってあげると言われたけど、小学生の男の子じゃないんだから、かごの大きい荷物がいっぱい付けられる自転車がいいと言えば、主婦かとつっこまれた。


合格の通知が届いた。点数的には安心していたけれど、やっぱり通知を見るまで不安だったので、本当に良かった。
友達も受かった。良かった!
奴も受かったらしい。補欠合格だったって、おばさんがやっぱりアイスを持ってやって来た。

・・・受かったのか・・・
素直には喜べなかったけど、おばさんがまた三年よろしくねと言うのには、こちらこそと頭を下げた。それをガシガシと撫でられた。おばさんはたまにワイルドだ。この感じ、久しぶりだと懐かしく思った。

制服の採寸やら、学校説明やら、友達との女子デートやら、クラス会やら、春休みは目まぐるしく過ぎた。
要望通りの自転車を買ってもらえたので、通学路の確認もした。片道30分だけど、平坦な道ばかりなので、運動部に入らなければ、冬でも暗くなる前に家に着きそうだ。


入学式も無事に済み、奴とのクラスも離れたが、友達とも離れてしまった。まあ、10クラスもあるので仕方ないけれど、どうにか新しい友達も出来た。
部活は、体一つで済む合唱部にした。もちろん、全国を狙うような強豪ではなく、皆で歌うの楽しいよねというお気楽部なのを確認しての入部だ。
家の事情もわかってくれて、部長、先輩方、部員、顧問には感謝である。
同中の友達は活発な子ばかりなので、皆運動部だ。

奴と会う事も無い。
うん。
平気。

通学路の途中にあるスーパーは、私の帰る時間にタイムセールがあって、そこに寄るのが日課になった。
お一人様二個までの商品は、おばさんに届けたりした。たまにおじさんのが早く帰ったりするので、おじさんに渡したりもした。

このちょっとの距離なのに、全然会わない。
なんだ。
うん、平気だ。


女子がたくさん集まると、どうしても誰ソレが格好いいという話になる。まあ男子も同じらしいけど。

やっぱり奴の名前が出た。
この間行われた体育祭で、見つけたらしい。一番二番と順に先輩方の名前が出尽くした後の奴の登場だったので、一年生の中ではイケメンになるようだ。

女子の情報網の何が凄いって、格好いい人の学年クラス、所属部活に家族構成、親友は誰で、誕生日、靴のサイズまで、あっと言う間に情報が揃う。彼女がいるなら名前クラス、他校でも名前にクラスに家の大体の場所までわかるという、冷静になると戦慄するほどの精度である。
この時に、井戸端会議の基礎を作るのかもしれないと思った。

まあ、奴も予想通りのモテ具合だったので、そろそろ彼女も出来るだろう。おばさん情報によれば、五教科のうち二教科がどうしようもない赤点らしいので、彼女になったら、勉強も見てあげてと祈ってみた。
・・・どうしようもない赤点て、何点なんだろう・・・?

お気楽合唱部とはいえ、夏休みも一応活動はある。が、先輩方はほとんどが進学を目指して夏期講習に通うので、ほぼ一年生だけが集まる。数少ない二年の先輩方が、基礎を丁寧に教えてくれる。この先輩方はカラオケが上手になるように部に入ったらしい。

顧問の先生は音大卒で、歌を専攻していたので、発声方法は本格的らしい。初心者の私たち一年生に、何だコレ?という方法で解りやすく教えてくれた。
私もどうせなら綺麗に歌いたい。部活も真面目に取り組んだ。

カラオケ上達がメインの部なので、伴奏者がいない。ピアノ担当の先輩は三年生なので、もう卒業してしまう。伴奏無しのアカペラでやっていくかと議題になり、それだったら、ボイスパーカッションをやってみたいとなった。とりあえず、来年に向けて練習してみようとなった。ボイパは誰も経験したことが無く、さすがの先生も出来ない。でも先生の友達が出来るらしく、教えに来てくれるように頼んでくれるそうだ。
音大凄い。

駄目なら駄目で、皆でピアノの練習もすることになった。一曲くらい弾けたら格好いいよね!なんて盛り上がった。

まあ、結果として、ボイパもピアノも猛練習をすることになるんだけど・・・皆でくちびるが腫れて、指の感覚がおかしくなったのには笑った。私らへたくそだね~!と。


午前の部活が終わり、帰る前に飲み物を買おうと売店に寄ったら、奴が居た。制服で、部活用のバッグを背負って、おにぎりを四個持っていた。

「よお。」

「よ。今から部活? 頑張ってね。」

そのまますれ違うはずが、また、腕を掴まれた。

「・・・今年のケーキは?」

はあ?
思わず奴を凝視してしまった。

「俺、今年は彼女がいなかったんだけど、何でくれないんだよ。」

はぁあ? 何で不機嫌?
え~、これ、私が謝らないといけないの?

「親父とお袋には作って、何で俺には無いんだよ。」

あ~。
おじさんとおばさんにも誕生日にはケーキをプレゼントしていた。娘がいるようで嬉しいと言ってくれるので、毎年欠かさず作っている。実の親より喜んでくれるから、こっちも嬉しいんだよね。

・・・それを言われちゃあね。

「あぁ、ごめん。受験も済んだし、元カノとよりを戻したと思ってたんだわ。」

奴が目を反らした。

「戻さねぇよ。別れてすぐに向こうは彼氏出来てたし。付き合っててもそんなに楽しくなかったし。」

はあ?
・・・そうですか。

「じゃあ、次は料理上手な一緒にいて楽しい娘と付き合うのね。あんた、モテるらしいからすぐ彼女が出来るよ。」

振り払おうとすると、

「勉強ついてくのに精一杯で付き合う暇もないわ。」

と、ぼやいた。
あ。今制服ってことは、補習を受けてたのか!
元から勉強苦手だったのに、投げ出さずに補習を受けるようになったんだ。
へ~、頑張ってるんだ。
・・・じゃあ、作るか。

「補習頑張ってんだ? じゃあ、今日作って持っていくわ。チーズケーキでいい?」

油断した。
まさか、こんなに喜ぶなんて思ってなかった。
満面の笑みなんて。

それを見て、心が浮き立つなんて。

油断した。

忘れたと思っていた気持ちを再確認してしまった。

私の馬鹿。


奴が家に帰り着く前にと、速攻で作った。おばさんが早番だったので、奴に会わずに済んだけど、おばさんが涙ぐんで私の方が驚いた。

「また、チーズケーキを食べれるなんて・・・嬉しい。」

奴はチーズケーキ。おばさんが苺ショート、おじさんはチョコケーキ。
プレゼントケーキは毎年固定だった。

奴が頑張ってるから、作っちゃった。
そう言って、そそくさと帰ってきた。

もう好きなんて言えないのに、どうしよう、この気持ち。

どうしよう。

苦しい。

その夜は、久しぶりに泣いた。




考えに考えて、奴を避けることにした。
まあ、今までもわりとそうしていたのだけど、うっかり近づかないという項目を増やす。
離れていればそんなに気にならないのなら、近づかなければいい。
単純だけど、真理だと思った。

幸い、夏休みは思った以上に部活が忙しく、バイトをする予定もポシャった。秋に定期公演や大会が多いらしいので、本番に向けてかなり熱が入る。
たまにしか来ない受験組の先輩方は、たまにしか来ないのに、毎日汗をかきながら練習する私たちよりも綺麗に歌い合わせて帰って行く。

これが経験か!と皆で慄いた。
帰り際に先輩方は、自分達も一年生の時はそうだったよ。君らを見てると懐かしい。と、本当に懐かしげに言っていく。
あまり、来られないけど、頑張ろうね。なんて言われてしまえば、元気にハイ!と応えてしまう。
そして、私らはほのかに燃えるのだった。

まるで体育会系の部活のように、ついにはジャージで活動するようになった。我が校は、運動部はほぼ朝練があったりするので、ジャージ登校を禁止していない。
合唱部もとうとう走り込みをするようになってしまったので(と言っても、音楽室前の誰もいない廊下を端から端まで五往復。そして念入りな柔軟体操。)、もうジャージでいいんじゃね?とジャージに。

一日ジャージだと、女らしさが消える!と顧問が力説するので、登下校は制服のまま。私が中学校のジャージに着替えるのを見た部員が、次の日からそれぞれの中学ジャージを持ってきた。
まだ着られるのがもったいないだけで、恥を忍んで持って来たのだけど、皆バラバラで面白いよね!なんて言ってくれた。

いいなぁ、この部。
とにかく今年の一年部員は元気だけはあった。
ので、体力に任せて練習をこなし、先輩方に凄いねと言わせた。


9月末の文化祭で、後に控える大会の課題曲と、猛練習を経てどうにかOKをもらったボイパで、一年だけのアカペラを発表することになった。
校歌をゴスペル風にアレンジしたアカペラは、先輩方への初披露で爆笑を得たので、先生から文化祭への発表を許可された。内輪受けになるから、文化祭が一番似合うだろうとのこと。確かに楽しい。
私の担当はボイパだけれど、二人体制なので、心強かった。

当日は朝から物凄い緊張で、先輩方には笑われ、同じ一年には「あんたの緊張を見てほぐれたわ」と言われる始末。
ステージ発表の順番は一番なので、さっさと歌って終わりにしたかった。

一人でガタガタと緊張していたが、先生が指揮棒を構え、ピアノの音が鳴った瞬間、いつもの心持ちになった。
放課後や、夏休みに練習していた時の様に。

大会に向けた二曲を歌い終えた時には、ボイパの為のマイクを受け取ってもリラックスしていた。

ゴスペル校歌はウケた。あんまりお客は居なかったけど、先生たちも楽しんでくれたようだ。友達にはアンコールを叫ばれた。
やっぱり、途中参加にした先輩方の伸びやかでパワフルな歌がより良かったのだと思う。
先輩格好いいな~。

クラスの店番は午後からなので、その前にさっそく食べ物を購入。焼きそば~、お好み焼き~! うんうん、この安い(やっすい)味! 祭っぽくていいね!
もちろんどちらも先輩のクラスの物。美味しくいただきました!

我がクラスは紅茶緑茶ウーロン茶とクッキー数種の、中学ジャージ喫茶。元になったのは私ら合唱部である。
まあ、文化祭を見に来る中学生がいるから、少しでも和んでもらおうというコンセプト。質問があれば答えるよ~、みたいな。

こうして見ると、色んなジャージがある。
被らないもんだな~と、妙な感心をしていた。

「よお。」

奴が来た。同中と、新しく出来たらしい見慣れないのと、野郎三人で。

「懐かしいの見えたから来てみた。」

私のジャージを指しながら席につく。噂のイケメンが来たのでクラスの女子がざわめいた。
何とか動揺を隠して注文をとる。後は誰かが運んでくれるから、さっさと離れよう。

「ねえ、君、合唱でボイパやったコだよね? さっきのすげぇ格好良かったよ! 今彼氏がいないなら俺と付き合わない?」

見慣れぬ野郎にそんな事を言われた。
色々理解するのに10秒は固まっていたと思う。

「自分で言うのも何だけど、お得よ?俺。」

我に返った私は、よく見ればまぁまぁ可愛い系イケメンのナンパ野郎にどうにか一言だけ返した。

「つ、付き合わない。」

「え、何で?」

何でも何も名前も存在も知らねぇからだよ!
そんな事を言って自己紹介をされたら終わりだ、考えろ私!ぐぅの音も出ない断り言葉をぉ!

「好きな人がいるから、誰とも付き合わない。」

「そうなの? 残念、俺!」

軽いなコイツ・・・まあ、冗談みたいな感じだったし、何か真面目に返して損した気分だ。

ガタン

椅子の倒れた音がしてそちらを見たら、奴が立ち上がっていた。

「好きな人って、誰・・・」

あんたがそれを聞くのか。

てか、何でお前が聞いて来る! お前に彼女が出来た時、私何も言わなかったよね!?

「何で教えなきゃいけないの。関係無いでしょ。」

イラッとした態度を止められず、ぶっきらぼうに返した。
接客中なのに! これがバイトなら、怒られるよ!

「誰?」

「教えない。こいつら、委員長のお薦めセットだって!」

調理スタッフ(紙コップにお茶を注ぎ、紙皿にクッキーを並べる)が仕切りの奥から持って来る。
変な空気にしてごめん!私、裏にまわるわ。
すれ違いざまにクラスメイトに小声でそう声をかけたのに、

「待てよ、誰なんだよ!」

奴がまた手首を掴んだ。
今度は、すぐ振り払った。

「関係無い!」

ああ!怒鳴ってしまった! 他のお客さん、スミマセン!

「関係なくない! 俺はお前を追っかけてこの学校に入ったんだ!」

思考が止まるという経験を初めてした。
意味が理解出来ない。

焦点があい、奴の真っ赤な顔が見えた。
その両脇では、同中の奴の親友はニヤニヤとし、ナンパ男は口笛を吹いた。

真っ赤な奴が私を見つめる。

ナニコレナニコレナニコレナニコレ何これーーっ!?

パニックになった私は、「皆ごめん!」と叫んで、教室から逃げた。

生徒やお客さんを避けながら、どこに向かったらいいのか、友達の顔が浮かび、彼女に向かってとにかく走った。

空気砲的当てのクラスに飛び込んだ。
全てを知った彼女に、冷静に私の状況を説明して欲しい!

「待てって!」

奴が追いかけて来ていた!
私は友達を探すのを諦め、また廊下を走る。
走って走って走って走って、三階の一年教室から階段を駆け降りて外に出た。

「待てっ!!」

今日はどこに行っても人がいる。
校庭を走り抜ける。どうしよう、次はどこに行けば・・・?

「いい加減、止まれ!!」

後ろから衝撃が、と思った瞬間空が見えた。
また衝撃。ズザザザーッという音。


気がつけば、奴に後ろから抱き付かれ、転んだらしい。
でも、私に痛みは無い。
奴は、私を抱えて背中でスライディングしたようだ。

怪我!!

と、起きようとしたけど、奴の腕が離れない。
意識はあるみたい。良かった・・・

「離して。」

「・・・嫌だ。」

「怪我を見せなさい!」

「・・・してない。」

「んな訳無いでしょう!? 保健室に一緒に行くから離して!」

少し間があいて、「もう逃げない?」と言うのに、もう逃げないと返した。
そんな事より体を確認させろ。

「いってぇ~・・・」

制服のシャツは、破れてはいないが、背中が校庭と同じ色になっている。あ~これ、洗濯で取れるかな~? 中のTシャツも破れてはいないから、擦り傷は派手では無さそうだ。遠慮せずにTシャツを捲り上げる。肩甲骨の辺りが赤くなっている。
あー、駄目だ、すぐ保健室だ。

「ったく、バスケ部がスライディングなんかするんじゃないよ。」

立たせて、肩を貸す。

「合唱部のくせに、俺が追いつけないなんて、お前こそどうなってんだ。」

私の肩に右腕をかけるのに顔をしかめたけれど、脂汗が出ていないので、骨折はしてなさそうだ。聞き手も守ったみたい。

「チャリ通だから、それで鍛えられているんじゃない?」

「はあ!?チャリ通!? ・・・だから、駅で会わなかったのか・・・」

奴が長いため息を吐いた。

「なあ、好きなヤツってどんなヤツ?」

「・・・・・・だから、聞いてどうすんのよ?」

「そいつよりすげえ男になって、お前に俺の彼女になってもらう。」

また幻聴が聞こえた。

「・・・何で私が彼女?」

「す・・・!・・・お前を好きだから。」

奴を突き飛ばした。

「いってぇ! 何だ突然!?」

また校庭に転がった奴が怒鳴る。もう怪我とかどうでもいい。

涙が溢れ出てもどうでもいい。

「馬鹿なの? それとも馬鹿にしてんの? あんたが私の告白をキモいって言ったんでしょうが!! 何だそれ! 離れれば諦められると思って高校もここにしたのに、追っかけて来たって、何だそれ!! 嫌いな勉強必死にしてまで、私にドッキリ仕掛けに来たの? ご苦労さん! 馬鹿じゃないの!?」

手が震える。こんなこと、言わないで生きていくはずだった。少しずつ忘れて、10年後くらいにそんな事あったねなんて穏やかに思い出す、そんな予定だったのに。

涙で奴の姿なんてろくに見えない。
だけど、シルエットだって奴だとわかる。間違えない。
だから、学校でもどこでも、避ける事が出来た。

「ごめん。」

私の震える手を、奴の手がおずおずと包む。

「あの告白まで、俺の中でお前は男兄弟だったんだ。・・・だから、あんな返しになった。」

目眩がした。
男兄弟。
想像以上の恋愛圏外だった・・・そりゃあ、キモいって言われるわ・・・

「マネと付き合って、何か違うってやっと気付いた。可愛いとは思ったけど、一緒にいても何も楽しくなかった。お前だったらここで笑うのにとか、違うだろって言ってくれるのにって、いつも思ってた。そんで、俺のケーキだけが無いのが凄ぇショックだったんだ。」

涙で言い返せない。比べるな、付き合ってんのはあの娘でしょう。ケーキなんて、何でもいいでしょう?

「お袋から、お前がこの学校を受験するって聞いた時、目の前が真っ暗になった。ただ姿を見ることも出来なくなるなんて嫌だと思った。」

そっからずっと受験勉強だった。担任には考え直せって言われるし、お袋や親父は死ぬ気でやれ、受からなければ死ねって言われるし、塾に行けば小学生の問題集を渡されるし、自分の事ながら途方に暮れたよ。

「それでも、お前と離れないように頑張れた。」

馬鹿じゃないの。

「受かったら、今度は俺から告ろうと思ってた。・・・部活はともかく、勉強でこんなにフラフラになるなんて思ってなくて、お前に会う余裕も無くて、たまに会えても緊張して、どうでもいいテキトウな事しか言えなくて・・・」

馬鹿じゃないの。

「補習は、合唱部の歌が聴こえて頑張れた。・・・お前の声は判った。ずっと一緒だったからな。」

馬鹿じゃないの。

「今日のステージ発表、本当に格好良かったよ。・・・惚れ直した。」

馬鹿じゃないの。

「俺はお前が好きだ。だから、あの時にどれだけお前を傷つけたか、何度だって謝る。・・・今まで避けられてるのもわかってる・・・だけど、俺は、お前と付き合いたい。」

馬鹿じゃないの・・・

「これから、勉強も頑張るし、まあ、色々頑張る。だから、お前に恥ずかしくない男になったら、また、俺を好きになってくれ。」

「・・・それ、いつ実現予定なの?」

途端に目線を外すと、・・・・・・未定。卒業前希望。と、ぼそりと呟いた。

「馬鹿じゃないの?」

「だってここ、俺の頭じゃおっつかねぇんだよ! 部活だってしたいし、塾なんてそこまでお前に金はかけん!て親に言われるわで、補習を受けるだけでも精一杯なんだ! せめて登下校だけでも一緒にと思ってたのにチャリ通だ!? ホント俺の馬鹿!!」

そうだ。コイツはこういうヤツだ。間違いは素直に認めるんだった。
でも、根本がちょっとズレてる。

「ねぇ、私に恥ずかしくないってどんな男? 私、普通一般の女子だから、高スペックな男なんて緊張して嫌なんだけど?」

「え? 女子って、勉強は学年10番以内で、運動は常に一番で、人当たりが良くて、おしゃれで、デートは全部おごりの男がいいんじゃないの?」

何その少女漫画にしかいない男! 

「・・・誰があんたにそれを吹き込んだの? そして、その条件を卒業までにどれくらいクリアする気なのさ・・・?」

ビシッと固まった奴が、・・・運動が一番と、人当たりが良いは、卒業までにいけるかと思ったと呟いたのを聞くと、もう、どうしようもなく可笑しくなってしまった。
ああ、吹き込んだのは、あの親友とナンパ男だろう。

笑いながら、何だか馬鹿らしくなってしまった。
あんなに頑なに避けていたのは何だったんだろう?
今日、こんなに泣いたのも何だったんだろう。

私の頑張りは無駄に終わった。

「あんたが格好良くなる前から好きなのに、それ、無駄な努力になるよ? でも一緒に卒業したいから、そのよくわからない目標、成績と部活だけにして。」

奴の目が丸くなる。
私は涙でぐじゃぐじゃの顔だけど、考えてみれば、泥だらけで鼻水垂らしていたり、蚊に刺されまくってボツボツだったりの顔だってお互いに見ている。

ロマンチックな告白なんて、私らにはきっといつも無理なんだ。

それでもやっぱり私はコイツがいい。

「つ、付き合って、くれんの?」

「本当に私でよければ。」

ガッと抱きつかれた。

「嬉しい。嬉しい! 嬉しい・・・」

私もシャツを握った。

「私も、嬉しい・・・」


わっと歓声が起きた。・・・あ。ここ、校庭・・・

おめでとう、良かったねー!と聞こえた。見上げると友達が手を振ってる。さっき飛び込んだ隣の教室にいたのか。
恥ずかしかったけど、彼女に手を振った。

奴の友達は、リア充爆ぜろーーッ!!と叫ぶ。

「コイツ、俺の彼女になってくれたから! 二度と声掛けんなーっ!!」

女子はキャーッ!となり、男子からは罵声が飛ぶ。
私たちは、保健室に向かった。

手を繋いで。

「うわ・・・手ぇ繋ぐだけでも、すげえ緊張する・・・」

「うん、手を繋げるの、嬉しい・・・」

そう言うと、奴が笑った。

この場所で、この距離で、また、この笑顔を見れるのか。

私も、笑った。






お疲れさまでした。
途中から、名前を考えるのを放棄し、最後までそれで行けるかの挑戦になりました(笑)

好きなように進めると、一万文字を越えてしまいます。何だかな~。

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