砂漠を旅する男
星が薄れ、空気が闇色から藍色へと染まっていく。
広大な海を思わせる砂漠に一人、男が歩いている。
身にまとった黒いマントと結った黒髪を風になびかせ、砂に足を取られながらも、水の中を歩くようにゆっくりと男は進む。風に飛ばされた細かい砂粒が常に頬や顔に掛けているサングラスに強く当たるが、気にする様子はない。
男が向かう方角の地平線から、白い光が目を刺した。朝日だ。
男は一度立ち止まり、目を細めながらサングラス越しに朝日を見た。その後すぐに歩き始めたが、しばらくしてからまた立ち止まって屈み込み、持っていた革製の黒いカバンを砂の上に置いた。
男はカバンを開けると、中から数本の細い木の棒と一枚の大きな布を取り出し、何やら組み立て始めた。木の棒を組んで地面に刺し、布の端を棒にきつく結び付けるなどして男が巧みに作り上げた物は、簡易なテントだった。
テントが完成すると、男はカバンを持ち、屈んでその中に入っていった。
それから太陽が昇るにつれ、外の空気は次第に熱を帯びていった。冷たかった砂の斜面は、陽の当たる部分からジリジリと熱くなる。
テントの中の男はというと、横になって被っていた黒い帽子で顔を覆うと、静かに寝息を立て始めた。
いくら風が強く吹きつけようとも、風が熱い砂粒を叩きつけてこようとも、即席のテントは存外丈夫でびくともしない。高くなっていく外気温に対してテントの中は涼しく保たれている。
男は快適なテントの中で、数時間眠った。
太陽が真上を過ぎる頃、男が歩いて向かっていた方角、つまり、東の地平線から徐々に何かの群れが近付いてくる。
それらはどうやらラクダに乗った人々で、皆同じような汚れた布を顔や体に巻き、腰に剣を差していた。
その内の一人が望遠鏡でテントのある方向を確認し、片手で仲間に合図を出すと、数人がテントまであと10メートルほどという距離まで近付いた。彼らはそこでラクダから降り、剣を構えると異様な殺気を放ちながら、さらにテントへ忍び寄っていく。
ザクザクザクッ!
男達はテントのそばへ来ると、一気に剣でテントを串刺しにした。
しかし、手応えに異変を感じたのか男達の一人がテントの布を剥ぎ取ると、そこにはテントの材木しかなく、刺したはずの男はいなくなっていた。
次の瞬間、男達は呻き声をあげながら倒れた。いつの間にか彼らの背後に回り込んでいたテントの男に殴られ、気絶させられたのだ。
「この暑いのに、御苦労なことだ」
着ているマントに付いた砂を払いながら、男は言った。
灼熱の砂漠で真昼に移動することは、命に関わる危険行為だ。そんなことを長時間続ければ、人間は体温が上がり過ぎて、脱水を起こし死んでしまう。
だから、大抵砂漠では涼しい夜に活動する。男も夜が来るまでは日影になるテント内で寝ることにしていたのだ。
しかし、男達は危険を省みず、日除けといったら布を被るだけの格好で砂漠を旅し、テントを襲ってきた。
恐らく彼らは盗賊で、よほど生活に困っていたのだろう。夜であろうと危険な昼であろうと関係ない。常に獲物を探さなければ、生きていけないのだ。
男は破れた布や木の棒を集めると、離れた所で所在なさげに待つラクダ達の元へ歩き、その内の一頭にまたがってその場を離れて行った。
男の名は、トワと言った。
お読み頂きありがとうございます。
拙い文章である上、ゆっくりになるかとは思いますが、地道に更新して行けたらと思います。