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あいそまたーんっ  作者: 本知そら
第四章 ウニと勉強会
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その26 「いくよー」

 うちの学校は結構親切設計で、たとえば体育館の更衣室は男子と女子とで大きく離れている。どれくらい離れているかというと、体育館へと繋がる渡り廊下の段階で更衣室へと向かう男子と女子で行き先が変わるくらいに。だから下着泥棒や覗きといったわいせつな事件は一度として起こっていない。これは開校当時の理事長が女性だったことから、校舎が女の子に配慮した作りになっているのだとか。


 で、何度も確認したように、今のボクはどこからどうみても内面以外は完全に女なわけで、必然的に着替えは女子更衣室を使うことになる。つまり、次の授業が体育の休み時間の今。またもやボクは周りに女の子しかいない特殊空間に突入しなければならないのだ。


「なに遊んでんだ。早く着替えないと授業に遅れるぞ?」


 更衣室前の渡り廊下の支柱にしがみつくボクの手を引っ張る立夏。気を抜くと簡単に引っ剥がされそうなので必死だ。ボクとほとんど体格が同じなのに、どうしてこんなに力があるのだろう。


「ち、ちょっと待って。まだ心の準備が」


「心の準備?」


「え、えーと、そのー……あ、あまり大勢いるところで着替えたことなくて」


 立夏が「ふむ」と納得した様子で手の力を緩めた。


「早く覚悟を決めろよ」


「う、うん」


 でっちあげたボクの過去が過去だけに、立夏も無理にボクを連れ込むことを諦めたようだ。少し心が痛むけど、ここは感謝しよう。


 支柱から離れ、胸に手を当て深呼吸。落ち着け落ち着け。女子更衣室に入るからって、別にボクは女の子の裸を見たいだとか、そういうやましい気持ちがあるわけでは決してないんだ。これは仕方ないこと、仕方ないことなんだ。できるものならボクだって男子更衣室で着替えたい。しかし今のボクは120%女で、女子更衣室で着替えることが自然であり、男子更衣室で着替えることの方が不自然なんだ。それにこの姿で男子更衣室に行ってみろ。間違いなく男からの好奇な視線に晒され、ボクには痴女の烙印が押されることだろう。だからボクは女子更衣室で着替えないといけないんだ。


 ちなみに体育の授業はこれが二度目。ただし、一度目は例のアレの日で見学したので更衣室はスルー。実質今日が初めての体育なのだ。一度目の見学の時も、あれはあれで「ボクは今日あの日ですよー」と公言しているようで恥ずかしかったが、それでも更衣室に入るよりはマシだった。


 その更衣室が目の前にある。今からボクはここに入らなくてはいけないのだ。全力で走り去りたい衝動に駆られるが、逃げたところで立夏に捕まるのが目に見えている。ここは清水の舞台から飛び降りる気持ちで……あ、そうだ。よく考えれば、別に更衣室で着替える必要はないじゃないか。男だって教室で着替える人がいるんだから、ボクもトイレかどこか隠れられる場所で着――


「そろそろいくぞ」


「へ?」


 突然立夏にぐいっと手を引っ張られる。彼女に目を向けると、その顔には「もう待てない」と書いてあった。若干イライラ気味の彼女に気後れしたボクは何の抵抗の素振りもなく、更衣室へと連れて行かれた。


「うわぁ……」


 案の定というか、必然的にお着替え中の多数の女の子が視界に入る。いつもは隠れているはずの素肌を余すことなく晒す女の子達の眩さから目をそらしドキドキする胸を押さえるボクに対して、クラスメイトの女の子達は誰一人として新たな入室者に気にした様子もなく着替えを続けている。中には何故か下着姿でうろうろしている子もいたり、その姿のままで友人と話す子もいる。


「そのブラかわいいわね。どこで買ったの?」


「これ? これは商店街のデパートで……」


「あんたブラにパット仕込みすぎじゃない? 凄く固いんだけど」


「う、うっさいわね! 小さいんだから仕方ないでしょ!?」


 ほんと女の子って胸の大きさを気にするよな。頻繁に胸の話をしているような気がする。……って今はそんなことはどうでもいい。どうして下着の話をする? そしてどうしていちゃいちゃと他人の体を触ったりする? たしかに女の子の下着はリボンやらフリルやらカラフルやらと男のものよりデザインが凝っていておしゃれでかわいい。だから他人の下着が気になってしまうのもなんとなく分かる。分かるけど、男で「おぉっ、そのバンツかっけー! ちょっと触らせてくれよ!」なんて感じに下着で盛り上がることはないぞ? たぶん。


 繰り広げられる光景に唖然とするボクを立夏が引っ張り、ロッカーの前まで連れて行く。そしてすぐにボクの隣で着替え始めた。なんとはなしに見た立夏のブラはピンクの生地に白い星が散りばめられたかわいらしいものだった。立夏はかっこいいというイメージだったので少し意外……って人のことをジロジロ見てどうする。これじゃ周りの女の子と変わらないじゃないか。


 視線を下げ、ふー、と息を吐き、頬に手を当てる。熱い。間違いなくこの空間にいるせいでのぼせている。鼻の奥に違和感があるし、落ち着いて早く着替えてしまおう。手早くぱぱっと脱いだ制服をハンガーにかけてロッカーにしまう。男の頃は適当に畳んで置いていたけど、美衣に「スカートが皺にならないようにちゃんとハンガーにかけること」と注意を受けているので言われたとおりにしている。最近のは記憶形状なんたらが入っているらしいから皺にはなりにくいのに。制服と入れ替えに取り出した体操着の下を穿いて、続いて上を――


「ほぇー。司のブラいいなぁ」


 立夏の声に両手を挙げた体勢で動きを止め、視線を下げる。横から覗く立夏の視線の先には、ボクの胸を包むパステルブルーのブラジャー。ポンポンレースで縁取りし、カップとカップの間にはフロントホックを隠すようにリボンがあしらわれている。


 ……まあ、なんてかわいらしいブラでしょう。


 だぁぁ! なんで今日に限って気合いの入った私服用(美衣チョイス)を着てきたんだよ!? もっと白で質素なものを……って下着はどれもお母さんが買ってきた物でそんなものは1枚としてないけど、それでももっと大人しめのにすれば良かった。しかも初めてじゃないかこれ付けるの!? どうして……あーそうかっ。今日は朝寝ぼけてたから特に何も考えずに掴んだのがこれだったんだ。そうだそうなんだ。今日に限って寝ぼけてたんだよ! だからこんな女の子女の子した下着を穿いてきたんだよ! 今日に限って寝ぼけ……今日に限って……? 別に今日に限ったことじゃないか。最近毎日朝はぼーっとしているし。うん。


「それにしても相変わらず白いなあ。すべすべだし」


「ひゃん!?」


『――っ!?』


「ひぃぃっ」


 ふいに立夏が脇腹を擦り、ボクが声を漏らし、みんなの視線を浴び、悲鳴を上げた。この流れ、前にもやったような……。


「ちょっと立夏!」


「ごめんごめん」


『あぁ~……』


 叱りながら体操着を被ると、立夏が苦笑し、周りから落胆の声が聞こえた。ちょっとそこのお嬢さん方、女の肌見て興奮するぐらいなら男の肌を見て興奮し……。それは警察沙汰になるからダメか。


 ◇◆◇◆


 元々更衣室に入る時間が遅かったので、ちょうど着替え終えたところでチャイムが鳴った。更衣室を出て列に並ぶ。ボク達が最後だったようだ。出席確認してすぐに授業が始まった。


 今日はバレーということで、立夏とペアを組んでトスの練習から。立夏は陸上部だから運動は得意のはず。対してボクはエンタメ部でだらだらとしていたから、足を引っ張らないようにしないと。


「いくぞー」


「おぉーっ」


 立夏が緩やかなトスを上げる。高い放物線を描いてボクの頭上へ飛んでくる。よし、これなら楽勝だ。ここで両手を突き出してト――


「ひぅっ!?」


 突き出した両手は何もない空間を押しただけで、ボールは額に直撃した。ついでに変な声も出た。


「おい大丈夫か?」


「だ、大丈夫、大丈夫」


 立夏を手で制してボールを取ってくる。おかしい。トスなんて前は楽々こなしていたはずだ。


「いくよー」


「はいよー」


 トスを上げる。立夏が無難にこなしトスを返す。今度こそはと両手を構え、前に突き――


「へぅっ!?」


 また額に当った。ちゃんとボールを見ていたはずなのに、突き出した手は少し早すぎて、しかも何故かまっすぐ伸ばせばいいものを、外に向かって開いていた。


「司ってバレーは初めて?」


「……う、うん」


 目をそらして応える。……う、嘘じゃないはずだ。司としてはこれが初めてなんだから。


「ふーん。まっ、焦らずゆっくりやってみようか」


 立夏がボールを取ってきてトスを上げてくれる。打ち返しやすい角度と位置に上げてくれるのに、ことごとく顔にぶつけてしまう。それを何度か繰り返してから、立夏がついに口を開いた。


「もしかして運動音痴?」


「……」


 真っ赤になってしまった額を涙目で擦りながら、無言で立夏を見つめる。彼女は「なるほど」と呟いて苦笑した。


 その後トスの練習を続けて、なんとか二、三回続けられるまでに成長したものの、レシーブは手首が痛すぎてできなかったし、サーブなんて相手コートに届かなかった。ちなみにトスができなかった原因は、最後の最後で無意識に目を閉じていたらしい。体が小さくなって、相対的にボールが大きくなったせいで怖くなったのかもしれない。


 授業の最後には一セットだけ試合が行われた。もちろん『穴』であるボクのところが狙われるだろうと思ってビクビクしながら構えていたが、意外や意外。ボールはほとんど飛んでこなかった。たまに飛んできても打ち返すにはもってこいの絶好球だけだった。運がいいのかそれとも意図的なのか、立夏に尋ねると、


「まあ……仕方ないんじゃないか?」


 微妙な受け答えをした。なんで?

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