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あいそまたーんっ  作者: 本知そら
第一章 こうしてボクは変わった
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その9 「兄として当然のことをしただけだ」

 そうして苦痛だった時間が過ぎ、ホームルームは終わった。入学初日の今日はこれで終了だ。親を待たせているという立夏と昇降口で別れ、ボクもお母さんとの待ち合わせ場所である校門へと向かう。校門の脇にいたお母さんは、ボクを見つけると小さく手を振った。


「あーん、司久しぶり」


「キモい。久しぶりって、学校に来てから三時間くらいしか経ってないじゃないか」


「お母さんには司と会えない三時間が、悠久に感じたわ」


「悠久はないけど、有給なら取ったよね」


 後輩という犠牲を払って。


「で、どうだった? クラスには馴染めそう?」


「そんな小学生じゃあるまいし。ちゃんと友達出来たよ」


「本当に? 良かったわー。で、それは男子? それとも男の子?」


 お母さんの目が輝いている。男の友達を期待しているのだろうか。


「女の子だよ」


「あらそうなの? 残念」


 何が残念だ。


「つーかさっ」


「うわっ!?」


 突然背中から誰かの手が伸びてきて抱き締められた。慌てて振り返ると、そこにはにやにやとした笑いを浮かべる美衣がいた。


「美衣。こんなところでくっつくな」


「もう。外では『お姉ちゃん』だよ」


 だから小声で誰にも聞こえないように喋ってるんじゃないか。美衣がボクから離れて隣に並ぶ。


「司、大人気だね。私のクラスでも司のことが話題になってたよ。それで気になったクラスの子が入学式をこっそり見に行ったんだけどね。帰ってきたら『一目惚れだ』って言いだしたの」


 ひ、一目惚れ? ボクに? 一目惚れというものをしたことがないボクにとって、それは理解しがたいものだった。たしかに今のボクの容姿は客観的に見て中の上くらいはいってると思うけど、それでもボクより綺麗で可愛い子はたくさんいる。何故ボクなんだ?


「もしかすると明日には下駄箱にラブレターとか入ってたりするかも」


「下駄箱にラブレターって、そんな古典的なことは……」


「ないとは言い切れないよ? やってる人いるんだから」


「……マジで?」


「うん」


 携帯が一般化する昨今。手紙も電子化されているというのに、いまだ紙ベースでやりとりだなんて。そんなに黒歴史を後世に残したいのか。


「明日も楽しみだね」


「憂鬱だ……」


 笑顔の美衣の横で、ボクは頭を抱える。


「そうそう。お母さんは久しぶりに高校の友達と会ったから、その人とお茶して帰るわ。二人も来る?」


「ボク達が行ってどうするの?」


「『愛娘です』と紹介するに決まってるじゃない」


「美衣。帰ろう」


「外では『お姉ちゃん』だって言ってるでしょ?」


「ああ、そうだわ。牛乳切らしてるから、帰りに買って帰ってねー」


「はいはい。ほら、美衣行くぞ」


「だから『お姉ちゃん』だってばー」


「はいはいおねえおねえ」


「ちゃんと『お姉ちゃん』って言ってよー」


 うるさい美衣を連れて校門を通り抜ける。振り返ると、お母さんと同い年くらいの女性がお母さんと挨拶を交わしていた。きっとあの人が高校の頃の同級生なのだろう。ちらりとお母さんがこちらを見たので、ここはお母さんの顔を立ててやるかと、礼儀正しくお辞儀する。どことなく驚いた表情を見せながら会釈する女性ににっこりと笑顔を返す。いやー外面良すぎて自分でも引くわこれ。


 その女性の隣でお母さんがデジカメを取り出し、隠れて写真を撮り始めたので、とっとと踵を返し歩き出す。せめて友人の前では普通の人でいてほしい。


「牛乳買って帰るんだっけ? だったら裏道じゃなくて表を帰らないとだね」


「裏道にもコンビニあるぞ? ちょっと寄り道することになるけど」


「そうなの? 知らなかった~」


 車道を走る車を眺めつつ歩道を歩く。大通りを渡り、多くの人が行き交う広い道から、人の少ない細い道へ。そこから江角川えすみがわの土手に出る。江角川の土手の道は綺麗に整備されていて、両側には花壇が設置されている。季節が春ということもあり、様々な花が鮮やかに咲き乱れている。川もボクが一度目の高校に通い始めた頃はとても汚く、鼻につく嫌な匂いもしていたのだが、護岸工事や川底のヘドロや粗大ごみの撤去、ボランティアによる日々の清掃のおかげで、今では異臭のない澄んだ水が流れる綺麗な川になった。それなのに土手の道が狭いせいで、ここを使う人は少ない。とくに街灯を設置していないので、夜はほとんど誰も通らない。


 お母さんからはこの道は使わないように言われている。人通りが少ないイコール何かあったときに困る、ということらしい。しかし、今朝通った大通りの方は遠回りで信号が多い。だからボクも美衣も、お母さんには内緒でこっちの裏ルートを使っている。裏ルートって言うと、なんか危険な感じがするな……。


「司、前!」


 ぼーっとしていたらしい。前を見ると杖をついたおばあさんが歩いていた。慌てて体を捻るが間に合わず、軽く肩が当たってしまった。おばあさんは倒れてしまうようなことはなかったが、少しだけふらついた。


「す、すみません。大丈夫ですか?」


 肩に手を置いて支えながら、おばあさんに謝る。


「大丈夫、大丈夫。ありがとうね」


 何故かお礼を言われた。おばあさんは会釈して歩いていった。


「……お姉ちゃん。なんか雰囲気違う」


「ん、そうか?」


「うん。なんか物腰が柔らかい。本物の女の子みたい」


 女の子みたいねぇ……。いいことなんだろうけど、釈然としない。


「そういえば、登校してたときもそんな感じだったかな」


「なっ、まさか朝のあれを見てたのか!?」


「うん、教室から。さっそく立仙先輩に捕まってたね」


 美衣が声を出さずに笑う。


「まったくアイツは。今年で三年のくせに一年の頃からなんも変わらないんでやんの。全然成長してない」


「お姉ちゃん。またエンタメ部に入るの?」


「入るわけないだろ」


「えー、なんで? 立仙先輩喜ぶよ?」


「だから嫌なんだよ。弄られるの分かって行くヤツなんているか?」


 「たしかに」と呟く美衣に、うんうんと腕を組んで頷く。自分で言うのもなんだが、あんな何しているか分からない得体の知れない部に入ろうなんてこと、普通なら思わないだろ。ちゃんとした活動らしい活動もしてない、同好会レベルの部活だから。


 けれど、


「あれはあれで楽しかったんだよな……」


 言った傍から気持ちが揺らぐボクであった。


 しばらく進んだ先に階段を見つけて土手から降りる。後ろで美衣が不思議そうな顔をして立っていたので、手招きする。


「コンビニこっちにあるんだよ」


「あ、そうか。コンビニ寄るんだったね」


 美衣が隣に並ぶのを待って、江角川を離れ住宅街を進む。いくつかの十字路を過ぎ、公園を左手に見たところで斜め前にコンビニを見つけた。


「どっちが買ってくる?」


「ジャンケンで決めよう」


 鞄を肩にかけて、交差して握った手の中を覗く。よくジャンケンするときにやるけど、これってどういう意味があるんだ? なんとなく雰囲気でやってしまうけど。


『ジャンケンポン!』


 美衣はグー。ボクはチョキ。ゆっくりこっそりパーに変えようとしたが、美衣に手を掴まれて阻止された。


「いやこれは刃のところに工業用ダイアモンドを使用した超振動ハサミで、石なんか簡単に砕いてしまう――」


「いいから牛乳買ってきて。待ってるから」


 しっしっと追い払われたので、渋々コンビニに行くことにする。ふんっ。こんなしょーもないことで運を使ったことをそこで後悔しているがいい。


 軒先にウェルマートと書かれたコンビニに入る。男の店員の声が「いらっしゃ……」で止まっていたけど気にしない。牛乳を買うついでにジュースとデザートも買おうと奧に進み、冷蔵庫からコーラを取る。立ち去ろうとしたところで美衣のことを思い出してもう一本ウーロン茶を取る。


 コーラなんて久しぶりだ。ずっと家にいたから買えなかったんだよな。だったら外へ出ろといわれるだろうけど、女になって、その姿で即外へ出て行けるほどボクは脳天気ではない。


 いつものように指の間にペットボトルのキャップの下の辺りを挟んで二本持とうとしたら、あまりの重さに落としてしまった。ここ数日生活して気付いてはいたが、思っていた以上にボクの握力や腕力、脚力、その他諸々。つまりは全ての筋力が衰えていた。


 仕方ないので腕に抱えてみる。でも、まだ買う物があることに気付いて、カゴを取ってきてそれに入れた。プリンとアイス、そして本命の牛乳をカゴに入れレジへ。やけにちらちらと見てくる店員に居心地の悪さを感じつつも愛想笑いを返す。すると途端にボクを見なくなった。そうそう、早く買った物を袋に詰めてください。


 袋を受け取りコンビニを出る。入ってきたときとは違う、「ありがとうございました! またお越し下さいませえぇぇ!」という威勢のいい声にびくっと体を震わせてしまう。コンビニの挨拶じゃないだろそれ。


 そんなに入っていないはずなのに重く感じる袋を両手に持って、公園の前で待つ美衣の元へ向かう。そのときだった。


「結構です」


 美衣の声が聞こえた。視線の先には高校生らしき男と揉めている様子の美衣がいる。外見から人を判断するのは悪いことだが、にやにやと浮かべた笑いと着崩した制服、そして両手をポケットに突っ込んだまま猫背で話す姿は、とてもいい人には見えなかった。ボクには嫌がる美衣をナンパするいけ好かない男にしか見えなかった。


 男が手を伸ばして美衣の肩に手を置いた。それを美衣が払い除けると、今度は手首を掴んだ。


 美衣になにすんだアイツ!


 コンビニの袋に手を突っ込む。握りしめたのはプリン。当たれば痛いだろう。でもここから届くのか? ペットボトル二本とプリンとアイス、そして牛乳だけで片手では持てなくなるほどの非力な腕で。


「いやっ!」


 美衣が悲鳴を上げる。だーもう知るかっ! とにかく投げる! 投げてからいろいろ考える!


 握りしめたプリンを袋から取り出し、大きく振りかぶる。物凄い目の前でポテンと落ちる絵が目に浮かぶが、その時は「キャー」と大声でも上げてやる。力を込め、振りかぶった腕を思い切り前に押し出す。


 それは全力だった。全力だと思っていた。


 突然頭の中に『扉』が現われた。その『扉』は酷く錆び付き歪んでいて、何年もの間、誰にも触れられることなくそこにあったような、そんなぼろぼろの『扉』だった。ボクはその『扉』の前に立っている。普通ならこれは触れてはいけない。開けてはいけない。そういう『扉』だ。けれど、今のボクなら開けられる。開けても大丈夫。確信があった。


 開けなければいけない。焦燥感にかられたボクは、何かを解放するかのように、その『扉』を思いっきり殴った。


『扉』が壊れ中から光が溢れ出す。それと同時に頭の中でカチッと音がした。何かが外れた。そんな気がした。


 体に力がみなぎってくる。何故かは分からない。けれど、『扉』を開けたせいだということは分かる。手から離れかけたプリンを、まだぎりぎり触れていた指の力でさらに押し出す。たったそれだけでプリンは加速して、弾丸のごとく真っ直ぐに男の頭へと飛んでいった。


「っだ!?」


 短く声を上げて男は倒れた。美衣が動揺した様子で倒れた男を見て、そしてこちらを見た。


「お姉ちゃん!?」


「大丈夫か美衣!?」


「うん。お、お姉ちゃん右目が赤く光ってる」


 目が赤い? ……ってことは、さっきのがお母さんが言っていた吸血鬼の力ってやつなのか? まあそれは後だ。そこで伸びてる男が起き上がる前にここを離れよう。右目を閉じて美衣の腕を掴む。


「走るぞ」


 美衣の返事を待たずに、ボクはそこから走り去った。江角川の土手まで戻り、手を離して振り返る。


「ここまで来れば大丈夫だろ」


 まったく疲れていないボクに対して、美衣は膝に手をついてぜーぜーと息を切らしていた。


「美衣。まだ目は赤いか?」


「うん」


「左目は?」


「赤くない。たぶんコンタクトで隠れてるんだと思う」


 右目をすぐに閉じる。予備のコンタクトを持っているので、これを右目に入れればいいのだけど、もう少しで家に着くし、このまま我慢するか。


「お姉ちゃん。ありがとう」


「兄として当然のことをしただけだ」


 美衣から目をそらす。クスッと笑われた。


「でもお姉ちゃん。外じゃ私のことは『お姉ちゃん』って呼ばないと」


 そういう美衣も、ボクのことを『お姉ちゃん』って呼んでるじゃないか。小さくため息をついてから、手を伸ばして美衣の頭を撫でる。


「仕方ないだろ。ボクは美衣の妹の前に、美衣の兄なんだから。大目に見てくれ」


「な?」と首を傾げる。


「もう。誰かにばれても知らないからね」


 言いながら美衣は笑った。

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