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ジューンブライド ―「傘が無い」by井上陽水

作者:浜田山 松
 雨の結婚記念日。
 裕子は今日、窓の外を眺めては溜め息ばかりついている。裕子をブルーにしているのは雨のせいではない。結婚記念日が毎年雨なのはジューンブライドの宿命と思い、気にしないことにしている。ジューンブライドは裕子にとって子供の頃からの憧れだった。直人からのプロポーズは裕子の夢が叶う瞬間でもあった。
「一生結婚記念日だけは二人で祝ってね」
 プロポーズの時に交わした約束。それは二人だけの記念日だから大切にしたいという裕子の願いだった。
 しかしこのところの直人といえば、会話や態度から結婚記念日の欠片も伺えない。カレンダーに目をやる裕子。そこには直人の予定が記されていた。ゴルフや飲み会など他の日には色々予定が記されているが今日のところは空欄だった。裕子はカレンダーに枠をはみ出すくらいに大きな字で結婚記念日と書いた。
 玄関のチャイムが鳴った。
――直人?
 いつもより早い帰宅だ。裕子はきっと何かあると期待に胸を躍らせ玄関へ向かった。
 ドアを開けると立っていたのは母のまり子だった。
「なんだ、お母さんか」
「なんだは無いでしょう。人を呼んでおいて」
 まり子は傘の滴をはらいながら言った。直人がどこかに誘ってくれる事を信じ、まり子に子供の面倒を頼んでいた。
「まだ連絡無いの?」
 裕子はポケットから携帯電話を出して見た。わかってはいたが着信もメールも入っていない。
「忘れているのよ」
 裕子はため息混じりに言った。
「そんなこと無いでしょう」
 まり子の気のない無責任な言いぐさに腹が立つ。
「朝だってそんな素振り一つも見せなかったのだから」
「意地張らずに自分から『今日は結婚記念日ね』ってその時と言えば良かったのよ」
「絶対に嫌」
 裕子は直人に結婚記念日だけは忘れて欲しくなかった。直人の方からいつも祝って貰いたかった。だから絶対に自分からは言い出したくはなかった。しかし本当に忘れていたらと思うと気が気ではなかった。正直まり子の言うとおり自分から言ってしまえば楽だったに違いない。
 その時携帯電話が鳴った。直人からだった。
「直人さんでしょう。よかったじゃない。ちゃんと覚えていてくれて」
 裕子はうれしさに胸が高鳴った。
「ほら、早く出なさいよ」
「うるさいな。今出るから」
 まり子は正直うざったかったが、それよりもうれしさの方がが勝っていた。裕子は深呼吸し、心を落ち着かせてから電話に出た。
「もしもし」
「裕子。俺だけど、傘が無くて帰れないから駅まで迎えに来て」
「はぁ」
 もはや怒りを通り越して、あきれてしまう裕子だった。
「じゃあ、頼むね」
 そう言って一方的に電話が切れてしまった。裕子はそのままの姿勢から動けなくなってしまった。
「何だって? 覚えてくれたでしょう。食事? それとも……」
「……傘がないから迎えに来いって」
 裕子は絞り出すように言った。
「それだけ?」
「本当にむかつく!」
 怒りがだんだんこみ上げてきた。
「普段は『俺が傘を持っていると雨が降らない』とか言って大事な日には降水確率0パーセントでも傘を持って行くのに、何で今日に限って持ってないのよ!」
「まあ、持ってないから雨が降ってきたんだろうね」
 その言葉に裕子の体中の力が一気に抜けてしまった。こんなところで母親と大喜利をしている場合ではないのだ。
「とりあえず行ってくる。あとをよろしく」
 傘を2本持って裕子は玄関を出た。

 駅へ向かう途中に雨が上がった。空を見上げると雲の切れ間から日も差してきた。もう雨は降らなそうだ。
 立ち止まる裕子。迎えに行く意味が無くなってしまった。天気まで自分をあざ笑っているように思えて腹立たしかった。
 しばらく空を見上げる裕子。このまま家に引き返そうかとも考えた。
 結局は駅に向かって歩き出す裕子。

 駅に着くと呑気な顔して待っている直人がいた。裕子がどれだけの葛藤を経てここにたどり着いたのか知るよしもない。裕子はそんな気持ちをぐっと心の奥にしまって笑顔で近づいて言った。
「雨上がっちゃったね」
「俺が傘を買ったとたん雨が止んだよ。やはり俺が傘を持っていたら100パーセント雨が降らない伝説は確かだったよ」
「はぁ、何で?」
 裕子は憤りを露わにした。
「傘買うのなら、わざわざ人を呼び出さないでよ」
 直人は鞄の中から綺麗にラッピングされた箱を出し、裕子へ差し出した。
「いつも雨に降られてばかりいるジューンブライドさんへ」


 

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