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軽食食堂集会

作者:damo
 フィネは夢から覚めた。目を開いてまた閉じて、頭の中で日付を思い出す。今日は休みだ。そう思い至って、身体から力を抜いた。もう一眠りするためだ。
 しかし、それを許さないのが隣室のマーラである。
「起きてるんでしょ? フィネ~」
 激しいノックの音が、狭い部屋に響いた。扉からではない、壁だ。都市ロブリエラの女子寮の壁は、内緒話もできないほどに薄い。
「まさか寝てないわよね? 今日は集会よー」
 ノック。ノック。ノック。
 フィネは起き上がって、ドンとひとつ、壁を叩いた。吊ってある上着が揺れるほどに。
「朝からうるさいよお!」
 集会は午後からという約束だ。
 壁の向こう側が静かになる。ふうっと息をついて、フィネは改まって布団をかぶった。
「もうお昼よ」
 そのとき冷静な声がひとつ、降ってきた。
「また穴が開いちゃったわね、フィネ」
 先ほどフィネが叩いた箇所の壁紙が破れ、そこから白い腕が伸びてきて布団をはいだ。

 集会はいつも、休日の軽食食堂で行う。この日もフィネたちは学園の門前で集まって、適当な通りを歩いてすいている食堂に足を踏み入れた。店内ではなく、通りに席を設けたところが好ましい。つい大きな声になってしまい、それが他に聞かれるとまずいからだ。個室は、学生の身分では到底望めないのだった。
「また学内で出たみたいね、表面化した人」
 飲み物を注文し、口火を切ったのはマーラだった。
 黒くて長い髪は、彼女が首を傾げても計算されたように両肩を隠し続けている。同じ色のまつげに縁取られた瞳は明るい橙で、視線を合わせると誰もが口をつぐむほどに美しかった。彼女と話したいがために集会に加わる子が後を絶たない。今日は十人。まとめて座れるところを探すのが、だんだん難しくなっている。
 フィネは黙ったまま献立が書かれた黒板に視線を注ぐ。何かを食べて、やり過ごそう。そう思った。
「本当に?」
 一人の男子生徒が身を乗り出す。
 四級のボタンをえりにつけている彼は、前回から加わった新参者だ。
 どうも級の低い面子が多くなった、とフィネは思った。実際、一級はフィネとマーラの二人だけで、あとは三級以下だ。気にしすぎだろうかと考えながら、店員にサンドイッチを注文する。
 以前は一級と二級がもう一人ずついたのだが、来なくなった。
(たしかに進展もないし、めんどくさいよな……)
 話題はもっぱら、表面化についてだ。
 この世界で知恵を持ち道具を使って生活を営む種族は5つに分類される。神々がこの大地を捨ててからは、混血のため、種族の特徴も身体から失われつつあったのだが、それが突如として出現するのだ。たとえば魚人のうろこや鳥人の翼といったものが、肌や背に、といったふうに。
「聞いたよ、今回は戦人だって」女生徒が、含み笑いをしながら言う。
「うそ!」マーラが声を上げた。「戦人なんて、信じられない。そんな恐ろしい血がまだ残っているなんて」
「じゃ、マーラ先輩は何だったらいいの?」
 下級のものは、年齢や在籍年数に関係なく、上級の者を先輩と呼ぶ習わしだ。
「ええ? どれもいやよ」
 マーラは眉をゆがませて、グラスを傾けた。甘味たっぷりの、果物をつぶしたジュース。
「でも」口に含んだそれを飲み下し、マーラは目を細める。「鳥人だったらまあ、いいかな。だって美しいじゃない、翼や毛並みが。私、空を飛んでみたいわ」
「毛並みなら、獣人もなんじゃない?」
 その集会で、初めてフィネは口を開いた。十一歳のフィネは、このなかで一番年下で、一番小柄だ。椅子に座ると足がつかない。その両足を遊ばせながら、サンドイッチにかぶりつく。
「獣人は、ねえ。だって野蛮でしょ。牙もあるし」
「ぼくが表面化したら、獣人だよ。故郷はシャラーマ地方だもん。あそこ、獣人の土地だし」
「それは……」
「いやとか、いやじゃないとかじゃなくてさ。その人はどんな人なの? 出身は? その後、学校に来てるの?どうして表面化したのかを話し合うんじゃなかったっけ」
「それは、決まってるだろ。神からの罰だ」
 四級の男子が言って、けれども誰も賛同しなかった。
 険しい顔で、うつむいている。ジュースだけが減っていく。
(潮時なんだな、きっと)
 フィネは最後のサンドイッチを口に入れて、自分の代金をテーブルに置くと席を立った。
「いままでありがと。ぼくは一人で調べることにするよ」

 遥か昔、神々は己の戦のために、兵士として五つの種族を作り出したとされている。それぞれ獣人、魚人、妖人、戦人、鳥人と呼ばれ、それぞれに突出した姿を持っている。いまでもその特徴的な姿で産まれてくる赤子はあった。
 フィネの故郷であるシャラーマ地方は、緑豊かな山々だ。獣の毛皮や耳を持った人を、フィネは幼い頃から見ている。彼らは決して虐げられる存在ではない。むしろ、先導して狩りをし、村々を助けているのだ。
 しかし、そういった特徴の一切ない、平人と変わらない見た目で産まれ育った者に突如として表面化する現象は、彼女の村でも忌み嫌われていた。どこかで神と同じ姿かたちを与えられた平人が優れているとされているからだ。角や毛皮が現れるのは、神からの罰なのだと。
(本当にそうなのかな……?)
 夜、フィネは布団の中で寝返りを打つ。
 村ではそういった者たちを追い出していた。幼い頃から見ていたから、そういうものだと思っていた。彼らも決められたことだからと山を降りていく。何人か、そういった背中を見送った。
 フィネは、ただただ学を志して都市ロブリエラの学校へ入学したのだが、初めて他の種族でも同様の現象があるのだと知った。かといって都市から追い出されることもなく、仕事を奪われることもない。
 どうしてなんだろう。
 教室でのつぶやきにマーラが同意したのは、何ヶ月前だったか。
「フィネ、寝た?」
 小さな声が、壁のほうからした。
 薄く目を開くと、今朝できた穴からマーラの口元が覗いていた。
「今日はごめんなさい。フィネの種族のことを、ばかにしたつもりはなかったのよ」
 マーラだ。何代にもわたってロブリエラに住んでいると聞いているから、どこの種族かの検討もつかない。平人だと本人から聞いたが、きっと違う。本当であれば、こんな学校で、他の種族とともに学門を修めているはずがない。
 フィネは布団から顔を出した。
「いいよ、マーラ。でももう、集会には参加しない」
「フィネ、私を嫌いにならないで。お願い、フィネ……」
「ならないよ。マーラ、許すから。……マーラ?」
 フィネはどこか異変を感じ取って、身体を起こした。
「どうしたの、それ」
 穴はごく小さなものだった。月明かりのみの部屋は、時計の針も見失うほどに暗かった。それでも、マーラの白い肌が失われているとわかるのには十分だった。
 フィネは廊下へ出て、隣の部屋の扉をたたく。
「マーラ! マーラ、開けて」
 ノブを回すが、鍵がかかっていた。
「どうしたの、フィネ。夜中よ!」
 騒がしさに更に隣の部屋から、向かいの部屋からと、人が出てきた。それでもフィネは扉を叩くのをやめられなかった。やがて先生が呼ばれ、フィネは連れ出され離れた部屋で寮母と一夜を明かした。

 そして数日後、会わないままに、マーラは学校を退学した。退学後どうしたのかは色々な噂があったためフィネは聞かないことにしたが、一通の手紙が届いてすべて明らかになった。叔母が住む街へ移り住んだらしい。海に面した、ロブリエラほどではないものの、発展した町。彼女は魚人の血を色濃く引いており、その姿を得たのだ。
 そうしているうちに壁の穴は修繕され、隣には違う生徒が入った。集会は細々と続いていたが、やがて自然消滅した。
 卒業試験の前日、フィネの身体にも異変が起こった。
 なんとなく、フィネは自身もなるのではないかという予感を抱いていたため、さして驚くことはなかった。主席で卒業してから、マーラに獣の姿を得たことを手紙にしたためた。
 故郷にも同様の内容の手紙を出した。
 狩りに足手まといだった自分がいやだった。いまでは遠くの音をとらえることのできる耳と、暗闇を見通せる目と、すばやく走れる足を持っているのに、もう帰れない。
「そうか、戻る方法があるのかも」
 ふとつぶやく。
「本当か、それは」
 隣にたたずむ戦人が、尻尾をうねらせた。
 思想を語るわけでもないが、いま、志をともにする仲間だ。
「いや、なんとなく。思っただけだよ」
 フィネは笑って答えた。

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