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殺戮天使 蒼の章
作:弐乃菜子



ヒトツノハジマリ 4→5


                    *

――数人の靴音、声。
様々な色の外套を纏った者たちが、そのプレハブに辿り着いたのは、それから三十分後のことだった。
「何だ――これは」見るからに筋骨隆々でガタイの良い、紫の外套を纏った男が絶句する。
「あらあら、どうしましょう」背の高い、赤い外套を纏った女がおっとりとした口調で言う。
「……とにかく仕事だ」痩せっぽっちでまだあどけない顔をした、藍色の外套を纏った少年が腕を組む。
紫、赤、藍の三人は、言っていることこそバラバラだが、三人が三人とも内心驚き、どうしてこんなことになっているのか、理解しようとしていた。
彼らが目の前にした、小屋は凄惨というに相応しい様相だった。
プレハブの階段を上った二階廊下、六人の男たちが折り重なるように死んでいた。
その全てが、彼ら三人と同じ組織の人間だった。
三人は倒れている者の死亡を一人一人確認しながら、先に進む。
結果は勿論、何も覆ることはなかった。
「皆死んでる。くそっ! 『無音の凶刃』の仕業か!」紫色の男は仲間だったもの達の最後に涙を流す。
「どうでしょう。まだなんともいえませんねぇ。それにしても首を一撃、惚れ惚れするくらいの手際ね」赤い外套の女は口元に手をあて、微笑むように紫色の外套の男を見る。
女は紫色の男と違って、この転がっているものを見ても何も感じていないようだった。
「とりあえず、仕事を始めるぞ」藍の外套の少年は二人を残して廊下を先に進む。

藍色の少年は、この二人に期待はしていない。
紫の外套の男は熱血直情型の馬鹿だし、
赤い外套の女は何を考えているかわからない。
他者を信じないことで、若輩にして今の地位に辿り着いた少年は、心底思う。
さっさとこいつらとのチームを解消したい。
自分は組織の中でも選ばれた人間なのだから。

藍色の外套を纏った少年は、殺された兵隊を横目に見ながらゆっくりと歩き、考える。
いくら下級神とはいえ、この人数を相手にすれば相手もただでは済まないはず。
……ならば、この先に答えはあるだろう。
少年は二階に上がる階段から一番奥の部屋の前で立ち止まり、そして扉に手をかけた。
その手が扉を開こうと、扉のノブを回そうとした瞬間、女の手が少年の手を優しく握り、それを制した。
「開けちゃ駄目よ」赤色の外套を纏った女は、優しく諭すように少年に微笑むとドアのノブから手を離させた。
藍色の外套の少年は、年上の女性に手を握られたの、妙に気恥ずかしく、だがそれを悟らせまいと、女を睨んだ。
女は「あらあら、怖い怖い」と少年を軽くあしらい、紫の外套の男を呼んだ。
男は涙を拭きながら、「何だよ、まだ供養が終わってねぇんだよ」とぶつぶつ文句を垂れて女の元へきた。
どこから拾ってきたのか、いつの間にかその手には花が幾本か握られていた。
男の後ろを見ると、何人かの死体に花が添えられている。
……馬鹿だ。少年の感想はそれだけだった。
女がドアを指差す。
すると男は犬のようにドアの匂いをかぎだした。
少年には男のその意味があるように思えなかった。少年の嗅覚では周囲一帯に血の匂いしかしない。
なので藍色の少年は、二人が何をしているのかもわからず、イラつくだけだった。
「ったく、イラついてんじゃねぇよ。お前、もしこの扉開けてたらな、その瞬間に死んでたぞ」紫色の男がドアから鼻を放して呆れたように言う。
「えっ?」意表を突かれた少年が、驚きと困惑の声を上げる。
自分がイラついている事を、この熱血馬鹿に見抜かれたのも驚きだが、それ以上にこの男が言った意味がわからなかった。
「えっ? じゃねぇってんだよ。言ってる意味わかんねぇのか?」なおも呆れたように続ける男の口調によって、少年の頭にカーッと血が上ぼる。
「言っている意味くらいわかる! だがなぜそんな事が言えるんだ! こんなドア開けただけで死ぬわけがないだろう」
少年は頭に血を上らせたまま、再度ドアノブに手をかける。
先ほどは、優しい手で制されたが、今度は違った。
優しい手の変わりに、女の蹴りが飛んできた、
不意打ちをくらった、少年は5メートルほど空を飛び、そのまま二階から落下した。
少年は、落下しながら猫のように着地姿勢をとり、着地した反動で再び飛んで元の場所に戻った。
「サーカスみたいねぇ」蹴りをくれた赤い外套の女は、ニコニコしながら少年を見つめた。
横では紫の外套の男ががたがた震えている。
「サーカスみたいねぇ。じゃない! このくらいお前らだって出来るだろう! ていうかサーカスじゃこんな事できやしない! ってそこでもない! どういうことだこれは! なぜ蹴られなければならない!」
少年のイライラは不意打ちを食らったことに対する自分の不甲斐無さと、蹴りを貰った理由がわからないことで頂点に達していた。
「まぁまぁ怒らないの、別にそれくらい痛くないでしょう。死ぬとこだったのよ? 死ななかっただけマシ。それとも死んだ方が良かったかしら」女はくすくすと少女のように笑い、子供をあやすように言った。
少年は蹴られた腹がかなり痛かったが、やせ我慢をして立ち上がり、
「それよりどうして俺が死ぬんだ? 説明しろ」と説明を促す。
これ以上下手なことをして、蹴られるのは嫌だった。
「そうねぇ、じゃあ説明してあげて」と女は隣で震えていた男を指名する。
男は「えっ俺?」と震えた声で言ったが、女が「もちろん」と頷くと「はいっ」と威勢の良い声を出して敬礼した。
女が男の方を向いていたので、少年には女の表情はわからなかった。
男は大きく深呼吸をしてから説明する。
「えっと……だな。この扉には『仕掛け』がされてんだよ。簡単に言やぁ、罠だな」
少年はこの馬鹿男に説明されるのは癪だったが、割り切る。
「『仕掛け』?」
「そうだ、『仕掛け』だ。しかも極上のな」
「でもそんな気配はなかった」藍の外套の少年は男を睨んだ。
「そんな睨むなよ。別にお前の探知能力が低いって言ってんじゃねぇんだ。こんな『仕掛け』を見抜けるのはそれこそ『管理者(セブンス)』の中でさえ、俺かこの人くらいのもんだ」紫色の外套の男は赤い外套の女を指差す。
「そうよぉ。だから気にすることじゃないわ」女は少年に微笑む。
 少年にはその微笑が痛恨の一撃だった。少年の心が翳る。
「そうだそうだ。この『仕掛け』を作った奴がとんでもない奴だった、ってだけの話だ。別に落ち込むほどの話じゃねぇ。まあそれが見抜ける俺達はもっとすげぇんだがな。わはは」男は大口を開けて笑う。
落ち込むなといっても無理な話だ。
こんな馬鹿な男より自分は劣っている、と明確に突きつけられたのだから。
少年の感情に気付いたのか、女が優しい声で言った。
「別に気にする事じゃないのよ。それぞれ個性があるんだから。私達二人は、こういった探索向きなだけなのよ」
「その通り。俺達にないモンをお前は持ってんだ。だから気にすんな」
ありふれた台詞だったが、一応頷いておいた。
そして、最大限の強がりをする。
「それで、その『仕掛け』っていうのは何なんだ?」
男は少年の態度にニヤリと笑う。
「この部屋にはな、爆弾が仕掛けられている。これをあけた途端にこの小屋全部、どころか半径50メートルは吹き飛ぶくらいの威力のな。その瞬間、三人ともお陀仏だったわけだ。まあ体を鋼鉄よりも硬く出来る奴とか、最強の盾とか持っている奴なら死にはしないだろうがな」
……もし、罠に気付かずにこの扉を開けていたら、そう考えるとぞっとした。
ただの爆発なら半径50メートル吹き飛ぶ規模のものであろうと、避けられる自身がないわけでもない。
だが、本当に癪だがこの男がここまで言うのだから、ここに仕掛けてあるのはただの爆弾ではなく、発動させてしまえば避けるのできない類のものなのだろう。
ゆえに男は『仕掛け』という単語を使ったのだ。
「……」少年は、眉間に皴を寄せて自分の未熟を呪う。
「大丈夫、解除するから」女がいつもの何を考えているかわからない笑顔で言った。

                *

『仕掛け』の解除には十分とかからなかった。
紫の外套の男は、「さすが俺」とか言って少年の方を向いたが、少年は悔しかったので無視した。
三人は扉の『仕掛け』の解除が終わっても、扉をすぐに開けなかった。
男が死体の供養をし始めたからだ。
藍色の少年は一人で扉を開けようと思ったが、先ほどの事があった手前やめておいた。
そして、赤い外套の女と二人で、男の供養が終わるのを待つことにした。
二人は、プレハブ二階の廊下の手すりに寄りかかっていた。
供養が終わるまで、特にすることもなかったので、藍色の外套の少年は、赤い外套の女に質問することにした。
「あの『仕掛け』って、そんなに凄いものなのか?」
自分が感知できなかったくらいだから凄いものなのだろうけど、それでもどこか納得いかなかった。
「そうね」女の答えはいつもより短い。
「誰が作ったんだ?」いつもの女の対応と違うことに戸惑いながら質問を続けた。
「山寺一馬。今回、耐用年数を越えたにも関わらず自害しなかった道具。そして、最高の『仕掛人(トラップワーカー)』」
「あっ!」さっきの事で忘れていたが、今回自分たちがわざわざ出向いたのは、山吹九音の生死の確認と、使い終わった道具の崩壊の確認の為だった。
「そうだった。こんな事している場合じゃない!」少年が駆け出して扉に手をかけそうなったのを女は外套を掴むことで制した。
「焦らなくても、大丈夫よ」女は言った。「どうせ、今から追いかけても見つからないから」女の声にはいつものおっとりとしたところはなく、どこか悲しげだった。
そこに男が戻ってきた。
「待たせたな。じゃあ入ろうぜ」
そして、三人は扉に手をかけた。
扉を開けた瞬間に三人の目に飛び込んだのは、
織り成すように倒れている、青い瞳をした男と少女の死体だった。
安いカーペットが赤黒く染まっていた。
紫の外套の男が二つの死体に近づいていく。
「間違いない山吹九音だ。死んでるな」
赤い外套の女も部屋の中に入り、死体を確認する。
それから二人はぐるりと視線だけで部屋の内部を見回した。
「……もうここには何も残っていない」男は女を伺うように見た。
「そうね」女は無表情で頷く。
二人が扉の前に立っていた少年のところまで戻ってきた。
「帰るぞ」
「帰るわよ」
二人はそっけなく、少年に言った。
そして、開いた扉の真ん中に立っている少年を避けて、部屋から出て行った。
少年は二人の行動を不審に思う。
「それだけで良いのか」
二人は頷く。
「どうして!?」
少年は信じられなかった。

どう考えたっておかしいだろう?
あの少女は誰だ?
どうして死んでいる?
死体をもっと調べないのか?
部屋をもっと調べないのか?

少年が考えている間に既に二人は階段を降て、小屋を離れようとしている。
少年は二人を追いかけて、その事を問うた。
だが返ってきた答えは明瞭だった。
「俺達が命令されたのは、山吹九音の生死の確認と山寺一馬の崩壊の確認だけだ。ここで山吹九音は死んでいた。そして山寺一馬はいなかった。それだけだ。俺達は探偵でもなければ、警察でもない、必要以上に調べる必要はない。見たままの事実をそのまま報告すれば良いんだ。そしてまた命令されれば動く。それが組織人ってもんだ」
「でも部屋の中くらいは……」もっと調べたほうが良いのではないか、少年が言い切る前に女が言う。
「あの部屋には何もなかったわ。私とこの男が言うのだから間違いないの」
そういわれては、罠の発見を出来なかった自分では何も言えない。
「そういうことよ」赤い外套の女はそう微笑み、先を歩いていってしまった。
「お前は納得いかないかもしれないけどな、俺達は言われたことだけやっていれば良いんだよ」
そうは言われてもやはりどこか釈然としなかった。
「でも山寺一馬はまだ生きてるんだろう? それじゃあそのうち破壊の命令がくる。だったら今壊しても良いんじゃないのか?」
女は何も答えず赤い外套を風にあてて、歩いていってしまう。
仕方ないので、少年は男の方を向く。
男はまいったなと頭をかいて、藍色の外套の少年に耳打ちをする。
「あのな、これは個人的な感情だからあまり言いたくないんだけどよ……その……山寺一馬っていう道具を作ったの、あの人なんだよ……」男は前を歩いている赤い外套の女をあごで示した。
自分が作った道具を自分で壊すのは避けたいという事か……
「だからってわけじゃないが……まあ今回は大目にみてやってくれ」
「……何が命令をこなせば良いだ。滅茶苦茶仕事意識低いじゃないか」少年は少し怒った風に言った。
男は苦笑いする。
「何してるの? 早く行きましょう」
赤い外套の女が振り向いて、二人を促す。
紫の外套の男が威勢の良い返事をあげて駆けていく。
藍の外套の少年はその後を追うように走り出す。
もう少しだけ、このチームでも良いかなと少年は思った。
車に戻って少年は、疑問に思ってはいけない疑問を抱いた。
………育てたって、この女、年いくつだ?
少年が怪訝な目つきで前の席に座った女を見た。
助手席に座った女は、後ろを振り向き少年に微笑む。
すると――
プレハブ小屋があった方向から、とてつもなく大きな爆発音が静寂の森に鳴り響いた。
少年は二度とそのことを考えない事にした。


読んでいただきありがとうございます。読まれた通り、今回の話は本編から多少横道に逸れたというか、併走する物語を覗いた話になりました。まあブレイクタイム、ゆとり教育だと思ってください。さて次話では本編に戻り、そしてハジマリの物語はラストになります。ご期待下さい。











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