殺戮天使 19
殺戮天使
男は白刃を無抵抗で受け入れた。
「……あーあ、見つかっちゃったか」
胸に深々と突き立てられた刃は墓標。
「九音さんが相手でも、十年は逃げれると思っていたけど、六年っすか」
凶刃に白いシャツが鮮血に染まる。
「俺が弱くなったのか、それとも君が強くなりすぎたのか」
倒れる男。
「まあいいっすけど」
その表情は笑顔。
「君と会えてよかった」
また一人、舞台から役者が降りる。
「それじゃあ……さようなら」
殺戮の天使を残して。
*
六年越しの復讐を終えた少女に残ったものは、何もなかった。
心は空洞、体は無動。
じっと座り、その蒼い瞳だけが、たった今殺した相手を捉えていた。
六年前、男の言った言葉を反芻する。
目的あるか?
今なくなった。
失うものあるか?
元から何も持っていない。
どうでも良くなっているだろ?
何もかもが。
これからどうしたら良いのかわからない。
少女が途方に暮れていると、
いつからいたのか、少女の背後に黒い魔法使いが立っていた。
長身で、少し細身の体格をしている。その表情は柔和で、全てを許す聖人のようだった。
それ故に男は罪の意識を抱いた者には最悪の存在だ。
男は慈悲と優しさに満ちた眼差しで少女を見据える。
ただ、少女に笑いかけるだけ。
その笑みは世界を終わらせるためだけにある。
たった今、全てをなくし、恐れるものなど何もないはずの少女でさえ、
目の前にいる男には、恐怖を抱いた。
「目的も、失うものもない、何もかもがどうでも良い。そう思っているみたいだね」
静かな、囁きだった。
「そんな伽藍の君を僕は満たそう」
その囁きは空洞だった心に響き、無動だった体を震わせる。
黒い魔法使いは男に突き立てられていた、ナイフをゆっくりと引き抜く。
じわりとシャツの赤い染みが広がる。
少女は男の仕草一つ一つに釘付けとなった。
何か、抗えない魔法にかかったように。
そして、男は赤い血が滴る白刃を少女に向けて言った。
「『歴史』に従い黒の裁きを」
少女は、白い凶刃を手に黒い翼を拡げた。
*
黒き古書のページが進む。
第二幕。
蒼い天使の物語は閉幕し、
演目に反して壇上に役者達を残したまま、物語は第三幕へ。
次の役者は、紅き鬼。
神の複製品の物語は、
ハッピーエンドでは終わらない。
ハッピーエンドで終わらせない。
鮮やかに、華やかに彩られた、喜劇と悲劇は続いてく。
いつか来る、終幕を目指して。
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