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殺戮天使 蒼の章
作:弐乃菜子



蒼の章 16


                  6

「おっと、天倉君は気付いてしまったみたいですよ?」男は困った顔をして、女の顔を見た。
「そのようですね」女は平坦な声で答える。ただ普段微動だにしない、表情に僅かな変化があった。
「おや? 貴女の整えた方の舞台で気付かれた割には、嬉しそうですね」
「そんなことはありませんよ」声色は変わらず平坦。
 しかし男は女の声にも微妙に楽しみが含まれているのに気付いていた。
「そうですか?」
「そうです。しかしそう見えてしまったのなら謝りましょう。貴方の方の舞台は今のところ完璧でしたからね。その努力を無に帰してしまうかもしれない」そう言った女の表情と声は、普段のものに戻っていた。
「ははは、それには及びません。僕の方も完璧とは言えない程度に崩れてきていますから」男は大げさに肩をすくめる。
「どうやらそのようですね。しかしさすがに彼は『唯一の(オリジナルワン)を映した』だけの事はありますね。たった数日で、私たちが数十年かけて整えた舞台をここまで乱すとは」
「しかし、それは既にわかっていた事でしょう。予想外とも予定外とも言えません。それよりも驚くべきは、あちらの彼女の方ですよ」
「……確かに、彼女も別の可能性を見出し始めた。『歴史』は彼女が本来の『青眼』ではなく『蒼眼』になってしまった事から崩れ始めていたのかもしれません。そうすると責任はやはり私にありますね。生まれたばかりの彼女に私が自分の細胞を埋め込んだりしなければ、彼女は『青眼』のままでしたから」
「仕方ないでしょう。あれは必要な事でしたから。確かに『蒼眼』に変化してしまったのは、全くの予想外(イレギュラー)ですから。ですが、それも悪い事ばかりではありませんよ」
「そう言ってくれると気が楽になります。まあこれで『三神』が全て揃った……だとするとこれも予定調和なのでしょうか」
「さあ、どうですかね。僕には『歴史の筆記者』が考えていることはわかりません。それにまだ悲観することはない。天倉君はまだ迷っているようですからね」
「そのようです。まあ私たちに出来る作業はもうないですから、彼の『解決』が私たちの望む『歴史』であることを願いましょう」
「そうですね」
 黒い本を傍らに抱えた黒衣の男と、隻眼の女は頷きあって、その屋敷を後にした。
 二人が後にしたその屋敷の一室。
そこに用済みの老人の死体が打ち捨てられていた。

                  *

私には何もない。
私は何も怖くない。
生きている意味なんてない。
いつ死んでも良い。
でも自分の手では死ねない。
人を殺したことがあるから。
それが罪だと言うのなら、
私は自分の手で死ぬような楽をしてはいけない。
だから私は誰かに殺されるべきなのだ。
なんて勝手。
『あんな半端な状態で来るな』
少年はそう言った。
あの時は意味がわからなかった。
でも今ならわかる。
人の命を奪える癖に、自分の命は奪わない。
確かに私は半端者だ。
でも覚悟は決まった。
『お前は駒だったのか』
少年はそう言った。
その時は意味がわからなかった。
でも今ならわかる。
なぜなら私が私の為に人を殺したのは二人だけだから。
一人目は義兄のため。
二人目は殺し屋のため。
そこにあったのは復讐という(ことわり)
私の人生は二人目をこの手で殺した時、
そこで終わった。
目的を失った、私の心はあの時、死んでしまった。
私は心の死んだその時から、自らを『黒』と名乗る魔法使いに従った。
魔法使いは会うたび、持っていた古ぼけた黒い本から一枚を破り、私に渡した。
そこに書かれているのは、これから起こる未来の出来事。
黒い魔法使いは、それに書かれた『黒の裁き』の部分が私だと言った。
初めは未来の出来事など言われても半信半疑だったが、書かれている事と全く同じことが何度も起こればさすがに信じる。
だから私は、盤上で踊らされるだけの駒となり、未来の記された紙に書かれた通り『黒の裁き』を演じた。
そうして十四人殺した。
魔法使いと私が最後に会ったとき、男は言った。
『貴女が経験する最後の死です』
 渡された切れ端には、ある少年の死が書いてあった。
 私は紙に書かれるままに、少年と出会った。
 その出会いは衝撃的だった。
 今まで記されたのと寸分違わずに、起きていた未来の出来事がまるで別のものになったから。
『お前がお前の意思でオレを殺したいなら、その時は受けてたつよ』
 ああ、そうしよう。
 私はあの時、決意した。
私は黒い魔法使いの駒、『黒の裁き』を演じるのをやめる。
私は私の為に人を殺そう。
『貴女が経験する最後の死です』
なるほど、確かにその通りだ。
私が経験する最後の死は、
 私自身の死であるべきだ。

             *

 休み明け。
 天倉竹は悩んでいた。
何故、竹は頭を悩ませているのか。
それは耶麻寺早雲が、竹が訪問した後すぐに依頼を取り下げたからである。
もっと言えば、依頼を取り下げた直後に何者かによって殺害されたらしい。
依頼主が死んでしまっては、依頼を達成する義務はない。
ただ働きはごめんである。
本来なら依頼を取り下げられた時点で、その件には関わらないのだが、今回はそうもいかない。
ここまで首をつっこんでしまっては、引き下がれない。
だからこそ悩んでいた。
多分怜はこうなる事を見越して竹に依頼を回したのだろう。
色々文句を言ってやりたいが、どうせ言ったところで証拠がないとか言われるのが目に見えるので何も言わない。
本当はこの土日で結論を出すつもりだったのだが、ゴロゴロと自堕落に過ごしていたら、考える暇もなく休日が明けてしまったのだ。
ゴロゴロと自堕落に過ごしていたのなら、考える暇だらけだったはずなのだが、そんな揚げ足取りをしても意味がない。
その日の竹は学校でも一日中悩んでいた。
しかし一向に妙案が出ないまま、学校は放課後へと突入していた。
 仕方ない。家で考えよう、と竹が鞄を肩にかけると「竹、今日は帰りー?」と違うクラスから松田(まつだ) 聡也(としや)大木(おおき) 直也(なおや)がやってきた。
「今日はもう帰宅する予定。お前らも?」
「うん。じゃあ一緒に帰ろうよ」背の高い大木が言った。
「あいよ」
「本は?」
「あー、鞄ないからもう下駄箱行ったかも」
「どうせなら久々に四人で帰りたくね?」少し太めの制服を着た松田が他の二人に聞く。
「だな。んじゃ追うか」
「あいよ」
 三人が早足で下駄箱へ向かうと、靴を履き替えている最中だった茶色に染めた癖のある短髪の本多(ほんだ) (ゆう)()が捕まった。
 今日は何か予定があるのか確認すると、特にないとの事だったので、それを一緒に帰る了承と受け取り、そのまま四人でゾロゾロと岐路につく。
 四人とも部活には入っていないが、それぞれ放課後には用事があることが多いので誰か欠けていたりすることが多く、四人で帰るのは久々だった。
 その用事の内容は、それぞれ様々だが大抵は竹の『仕事』とあまり変わらない。
 松田も本多も大木も、そして脇も甲斐も、元『天岩戸』であり、竹と一緒に『天岩戸』を壊滅させたメンバーだ。
現在は、その『天岩戸』を破壊したメンバーのみで『十三夜』というチームを結成しているが、こちらのチームとしての活動は殆ど休止状態で専ら個人的な活動ばかりである。
先日の脇がしていた仕事や、竹の『解決士』としての仕事も個人活動に入る。
まあ身寄りのない、高校生が一人でやっていくにはお金が入用ということだ。
だから、今日のような四人が四人とも何の予定もないという日は珍しかった。
竹はそんな貴重な日に、悩んでいるのは勿体ないと思ったが、どうにも頭の隅から離れない。なのでいっそのことこいつらにも悩みを共有させてやろう、と考え、歩きながら一連の経緯と内容を説明した。
「――てことで、どうするか悩んでいるんだけども」
三人は案の定、微妙な顔付きをした。
「また微妙な仕事引き受けたね」大木が心底同情したように言う。
「怜さんからの?」本多も同情したように聞く。
「そう。怜さんからの」
「その依頼を手伝って欲しってこと?」松田のいかつめの見た目とはギャップのある、少し高めの声が静かな住宅街に響く。
「いや、今回は手伝いはいらない」
「てか竹さ、何で怜さんからの依頼は、必ず竹を通さないとうちの連中には依頼できないって風にしたの?」大木が首を傾げる。
「……まあ色々と」竹は言葉を濁す。
「美人の独占か」松田がふざけ半分、怒り半分に言う。
「それはない」竹はきっぱり断言した。
「それに今回は『十三夜』のオレじゃなく、『解決士』としてのオレへの依頼だし」
「でもうちの連中の場合、『十三夜』だろうが個人名義だろうが、怜さんは竹を通さないと駄目やん。やっぱり美人の独占でしょー」
そんな、ぶーぶー文句を言う松田に向かって竹は言った。
「じゃあなんなら、今回の依頼、松がやる?」
「いやいやいや、それはないでしょ、タケさーん」さっきの文句もどこ吹く風。本気で嫌なのだろう、竹の名前の発音が変だった。
「だしょ。怜さんの依頼はこういうのばっかだから、オレを通させてるんだよ」
「ふうん」と一応納得する松田。
「それでだ、もしお前らならこの状況どうするよ?」
「竹はどうしたいの?」大木が聞く。
「それがわかんないから聞いてるの」竹は強めの口調で大木に返す。
 叱られた犬みたいになっている背の高い少年を無視して、松田が半笑いで竹に言う。
「てかさ、竹だるくなってるっしょ?」
「まあそれもある」素直に頷く竹。
「それもって、それ以外に何かある?」
「……ないな」竹は苦笑いした。
「やっぱり。まあ俺だったらその子を落として付き合うけどね」
「お前ならな……じゃあ本ならどうする?」
「…………どうだろ?」
「あー、優柔不断に聞いたオレが馬鹿でした。じゃあ大木ならどうよ?」
「うーん……」
「いや、やっぱいいや。大木はちゃんとやろうとして、失敗しそうだし」
「ちょっ……」
「あはは、ぜってーそうだわ」ゲラゲラ笑う松田と的確過ぎて苦笑いの本多。
「はあ?」大木は言った竹ではなく、松田に喰らいつく。
「喧嘩すんなって、でも実際そうじゃない?」
「うっ……確かに」竹が嗜めると、凹み気味に大木は落ち着きを取り戻した。
「じゃあオレだったらどうすると思う?」良い解答が返ってこなかったので、竹は別の角度から質問をしてみた。
「竹だったら?」大木が聞き返す。
「そう、オレだったら。まあなんとなくで良いから」考えてみて、と竹は三人に促した。
「んー、いつも通りじゃない?」松田が言った。
「いつも通りとは?」
「気分屋」と松田。
「なんか適当に」と本多。
「我が侭」と大木。
「どこの王様だよ。てか答えになってねぇよ……」竹はここにきて、質問する人材の人選ミスを犯した事を後悔し、「そう見られてたのか……心傷つくわ」と本気で落ち込んだ。
 とはいえ自分の性格に関しては自覚している部分もあったので、立ち直りも早かった。まあそれを友人から指摘されるのは、結構来るものがあったが、当面は忘れることにした。
 基本的にはポジティブな人物である。
「じゃあさ『夜月』は持っていくべきだと思う?」
「当然でしょ」大きく頷く松田。
「だよな」
「ていうか竹さ、元々持っていく気だったでしょ?」竹の考えを読み取れたのが嬉しかったのか、ニヤリと笑いながら大木が言った。
「一応な」竹は大木が何で笑ったのかわかってしまい、なんてわかりやすい奴だ、と苦笑いする。
「でも、無理はしないほうが良いと思うよ」テンションの上がった大木が心配気に言う。
「言っちゃうと、竹意外と体力ないからな」松田が携帯を開きながら言った。どうやらメールが届いたようだった。
「それは自覚してる。日々体力落ちてる気がするし」
「『影見』の影響ってこと?」松田はしゃべりながら返信メールを作成している。
「確実に。まあ『夜月』の影響もあるけど」
「竹って、あの時以来視力も落ちてなかった?」顔をネコのようにゴシゴシ拭いている大木。
「ボロ雑巾ですよ」竹が半笑いで言った。
「オッケーイ♪ 明日はあいちゃんとデートを取り付けましたっ」松田が満面の笑みで携帯を閉じる。
「はいはい」大木が少量の僻みを含んでその台詞を流す。
「……そりゃ良かったな」竹は友人の悩みよりデートかよ、と若干心傷つきながら言った。
「うへ♪」二人の感情には一切気付かず松田は、幸せそうにしていた。
そこから暫くグダグダと、だべりながら話していると、
「……あ」ずっと無言だった本多が短く呟いた。
「どうしたよ?」それを耳にした、竹が問うた。
「……なんでもない」
「いや、気になるから」
「確かに」
「そこで止めるとかないわー」
 三者三様の攻め立てに本多が答える。
「俺だったら、っての思いついた」
「「「うん?」」」三人の声がハモる。
「ぶっ壊す!」
「あほか」
「出た、いつもの出たっ」
「それはないわー」
「「「……ぷっ、あっははははは!!」」」
 三者三様の批判と爆笑に本多が声を大きめにして繰り返した。
「ぶっ壊す! それ以外にやることなんてねぇ! 間違いねぇ!」
 七月五日はそうしてダラダラと過ぎていった。


お読み頂きありがとうございます。物語も残すところあと二日。実際六日は飛ばされる子なので七日とエピローグ的なものだけになります。どうかラストまでお付き合い下さい。











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