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赤鬼は二度泣く

作者:スチール
『泣いた赤鬼』『桃太郎』どちらも有名な作品ではございますが、この二作品を知らない方がおられましたら、ぜひ最初にそちらを読んでいただきたいと思います。両作品をモチーフにした作品となっております。
 むかしむかし、ある島に鬼が二匹おりました。一匹は全身が青い青鬼、そしてもう一匹は全身が赤い赤鬼でした。二匹は親友で、山の頂上に小屋を二つ建ててそこに暮らしておりました。しかしその島には、彼ら以外の住民が住んでいました。山の麓にある村に、何人もの人間がいたのです。彼らは山の頂上に住む鬼たちに怯えながら、それでも島から出る術を知らずに暮らしていました。そんな住民たちの思いとは裏腹に、その島に住む鬼たちは心優しい生き物でした。彼らは常日頃から島の住民たちと仲良くなりたいと思っており、二匹で色々と策を巡らせておりました。
 ある日鬼たちは、もう何年間も誰一人として通っていないために草木が生え茂って道とは呼べないような登山道の入り口に、「心のやさしい鬼が住む山です。どなたでもおいでください。おいしいお菓子がございます。お茶も沸かしてございます」と書いた立て札を立て、そして登山道を整備しました。これで島の住民たちと仲良くなれるだろうと思っていた鬼たちですが、何日経っても訪ねてくる者はおりません。もしかしたら道の途中で事故にでもあったのではないかと思った彼らは、立て札を立てた一週間後に山の麓へ下りてみました。
 半日かけて山を下りた鬼たちは立て札の前に一人の人間がいることに気がつき、慌てて木の陰に隠れました。いきなり会うのが少し恥ずかしく、心の準備ができていなかったからです。赤鬼が木から顔だけを出して様子を窺うと、その人間はとても美しい女性でした。赤鬼は、ただでさえ真っ赤な顔をさらに紅く染めて彼女のことを見つめました。彼は人間の女性に恋をしてしまったのです。もともと人間と仲良くなりたかった赤鬼は、木の陰から飛び出すと彼女の元に駆け寄りました。自分たちの立て札を読んでくれているということは、少なからず自分たちに興味をもってくれていると思ったのです。しかし、現実は残酷でした。赤鬼の姿を見た女性は、慌てて村の方へと走り出したのです。その後ろ姿からは彼への恐怖心があふれ出ていました。最初の十数メートルは彼女を追っていた赤鬼ですが、後ろから追いかけてきた青鬼に肩を掴まれ、動きを止めました。
「赤鬼くん。今は彼女を追いかけない方がいいよ」
「でも青鬼くん。僕はどうしても彼女と仲良くなりたいんだ」
「分かるよ、赤鬼くん。でも、今はダメだよ。一度山へ戻って、どうすれば島の人たちと仲良くなれるのか考えようよ」
 青鬼が言うことはもっともに感じられました。赤鬼は名残惜しそうに、まっすぐに村へ至る一本道を何度も振り返りながら、ゆっくりと山の小屋へと戻りました。おそらくずっと全力で走り続けていたのでしょう。赤鬼が振り返ると必ず、全力で彼らから逃げる女性の姿が見えました。悲しくなった赤鬼は、帰る際に立て札を力一杯抜き去って持ち帰りました。
 小屋に戻った赤鬼は持ち帰った立て札を地面に叩きつけ、その大きく真っ赤な足で何度もそれを踏みつけました。自分たちは一度も人間に危害を加えたことはないのに、どうして避けられなければならないのか。みんなと仲良く暮らしたいのに、どうして話しかけることすらできないのか。何にその怒りともいえない複雑な感情をぶつけていいのか分からず、赤鬼はひたすら立て札を踏み続けました。彼の隣には、その様子を淋しそうに見つめる青鬼がおりました。しかし赤鬼の行動を止めることなく、ただじっと、少し離れた場所から彼を見ていました。青鬼は、どれだけ赤鬼が苦しんでいるのかを知っていたのです。青鬼自身も村人と仲良くなりたいという思いはありましたが、赤鬼はそれ以上に思っていました。そんな赤鬼の願いをどうしても叶えてあげたい。そう思った青鬼は、ゆっくりと赤鬼に近づいて声をかけました。
「気は済んだかい?」
「青鬼くん……。どうして僕たちは村の人たちから嫌われるんだい? 僕たちは何もしていないじゃないか」
「何もしていなから、避けられているんじゃないかな」青鬼は、無残に踏みつぶされて残骸となった立て札の一部を拾い上げると続けました。「こうやって、僕たちがみんなと仲良くなりたいことを伝えようとしても、みんなは僕たちのことを本当に何も知らないから、信じることができないんだよ」
「それは、どういうことだい?」
「僕たちは、残念だけど人間じゃない。みんなからすれば、不気味な存在なんだよ。だから、先祖代々にわたって僕たちのことを避けるんだ」
「でも、それならどうしようもないってことじゃないか。僕たちは、みんなと……あの女の子とも仲良くなれないってことじゃないか」
 赤鬼は絞り出すように言葉を発しました。自分たちは人間と交わることができない運命なのだろうか。それならあんまりじゃないか。赤鬼は、とてもやるせなくなったのです。
「赤鬼くん。僕に一つ提案があるんだ」赤鬼の肩に手を載せて、青鬼は言いました。「君のやさしさを、村の人たちに知ってもらえればいいんだよ」
「それができないから困っているんじゃないか」
「僕の提案というのはそこさ。僕は明日、村に行く。そしてそこで大暴れするんだ」
「何を言っているんだい、青鬼くん。そんなことをしたら、余計にみんなが僕たちを怖がってしまうじゃないか。それに、みんなを襲うなんて僕が許さないよ」
「違うよ、赤鬼くん。僕は村の人たちを襲うわけじゃない。襲おうとするんだよ」そこで一度、青鬼は言葉を切りました。手にしていた立て札の一部をゆっくりと地面に置き、そして静かに締めました。「そこで赤鬼くんがやってきて、僕を退治するんだ。そうすれば村の人たちは赤鬼くんが本当はやさしい鬼なんだってことに気がつくはずさ」
「そんなこと、絶対にダメだよ。僕はみんなを騙してまで仲良くなりたいとは思わない。それに、君を攻撃するなんて……もし君に何かあったら僕は……」
「騙すわけじゃないよ。君がもつ本当の姿を見てもらうだけさ。それに、僕たち鬼はそう簡単にやられたりしないよ。そりゃあ叩かれたら少しは痛いだろうけど、死ぬなんてことはありえないし、やられたフリをするだけさ」
「君は、それでいいのかい?」
「当たり前さ。それに、君と僕が一緒にいたところは見られていないし、君が僕の友達だということを誰も知らないと思うから大丈夫。僕だけが知っている君の良さ――無垢で汚れのない本当のやさしさを村のみんなに知ってもらえるのなら、それこそ素晴らしいことだよ」
「青鬼くん……君は本当に僕の親友だ」
「今更何を言っているんだい、赤鬼くん。そんなの当たり前だよ。僕たちは何があっても、親友だよ」青鬼はそう言うと、これまで赤鬼に見せた中でも最高の笑顔を作りました。「決行は早いほうがいい。できれば明日にでも行いたいのだけれど」
「僕は全く構わない。細かいことはすべて君に任せるよ」
 青鬼は笑顔のまま頷くと、準備があるからといって自分の小屋に入っていきました。赤鬼はその後ろ姿を眺めながら、先ほどまで自分が踏みつけていた立て札の残骸を拾い上げ始めました。それはほとんどが原型をとどめていませんでしたが、一つだけ文字が判別できる箇所が残っていました。「心のやさしい鬼」という文字をごつごつした真っ赤な指でなぞりながら、青鬼は自分とは比べものにならないほど「心のやさしい鬼」であるのではないかと赤鬼は思いました。
 翌日、村では豊作を祝った「まつり」が行われていました。村長から小さい子供まで、みんなが一緒になって大騒ぎをするのです。ただ一人、村長の娘だけがその様子を遠くから静かに眺めていました。
「やっぱり、はしゃぐ気にはなれないか」村長が娘の隣に立って尋ねました。
「申し訳ありません。父上は、どうか気になさらずにお楽しみください。村のみんなも、父上の踊りを楽しみにしておられます」娘は精一杯の笑顔を浮かべました。
「昨日鬼に追いかけられるという経験をしたにも関わらず、村はおまつり……。お前にとっては辛いだろうが、少しでも気を紛らわせることができるなら……」
「大丈夫です、父上。私も村長の娘として、いつまでも怯えてばかりいるわけにはいきませんから」
 娘の力強い返答に村長は微笑むと、踊っている村人たちの輪へと向かいました。自分の行動で娘が元気になるのであれば何でもすると、そう思うのです。一人娘は何があっても守るというのが、五年前に死んだ妻との約束でした。
 村人とともに踊りながら娘を見ると、その顔は先ほどよりも明るく見えました。村長も同じく顔を緩めると、もっと娘が元気になるよう、身体を精一杯動かして踊りを続けました。空を見ると、一羽の雉が円を描きながら飛んでいます。雉もこの豊作を祝っているのだと、誰かが笑いながら言いました。
 しかしそのとき、輪の外がざわついていることに村長は気がつきました。踊りながら輪の外へと自然に出ると、すぐに村長の下へ一人の村人が息を切らして報告に来ました。
「村長、大変です!」
「どうした、このような祝いの場で」
「鬼が、鬼が村へ向かってきています!」
 村人の報告に、村長は顔を青ざめました。彼が嘘をついているのではないかとも思いましたが、昨日の件があります。昨日娘を襲おうとした鬼が翌日も村を襲うというのは、十分に考えられることでした。
 村長は急いで村人にまつりの中止を伝えました。村人は突然の出来事にパニック状態となりましたが、それでも村長の言うことを素直に聞いて動きました。
 村の人々が慌てふためく中、村長の娘は一人だけ皆とは違う方向へ歩き出しました。鬼が住む山から遠ざかるように走る村人たちとすれ違いながら、彼女はゆっくりと、一歩ずつその山へと向かっていきます。昨日襲うのに失敗した自分さえ身を差し出せば、村の人々は救えるのではないかと思ったのです。これまでも村を襲わなかったのは、もしかすると鬼に村を襲う気がないのではないだろうかと以前から思っていた彼女は、鬼が立てたと思われる看板を興味深く読んでいました。そこへ急に鬼が現れたために驚いて逃げてしまいましたが、もし話してみたら案外心のやさしい鬼だったのかもしれません。今日気分が滅入っていたのは、恐怖からではなく、後悔からでした。
 娘が青鬼に出会ったとき、その周りには一人の村人がいました。腰が抜けているのか、尻餅をついたまま動けない人です。彼女はまっすぐに鬼の方を見ると、口を開きました。
「なぜ村を襲うんですか。昨日私が逃げたからですか。それなら、私だけを狙いなさい」
「そんなことは関係ない。俺はただお前たち人間を襲いたいだけさ」
 青鬼はそう言って大笑いすると、娘に向かって、手にしている金棒を振りかぶりました。彼女はその場に座り込み、目を瞑りました。もしかしたら鬼はやさしいのかもしれないと思っていた自分の考えがいかに甘かったのか、そのときになってようやく分かったのです。
 そうして何分が経ったでしょう。いや、もしかしたら一分も経っていなかったかもしれません。その僅かな時間を、娘はとても長く感じました。しかし、鬼が金棒を振り下ろす気配はありません。彼女はおそるおそる目を開きました。そこで目の前に広がっていた光景に、彼女は目を疑いました。
「赤い鬼……」彼女が見たのは、青鬼を後ろから羽交い締めにする赤鬼の姿でした。
「娘さん、早く逃げてください。私はあなたの味方です。皆さんを、助けに来ました!」
 赤鬼はそう叫びましたが、彼女は動くことができませんでした。昨日自分を追いかけた赤い鬼が、今自分を襲おうとしていた青い鬼を押さえつけているのです。戸惑わないはずがありません。腕の中で必死に暴れる青鬼を、赤鬼は必死に押さえつけます。その姿は、まるで村を襲おうとする鬼を退治しようとしているようでした。
 そこからは、赤鬼の独壇場でした。青鬼を地面に組み伏せると、あっという間にやっつけてしまったのです。青鬼は金棒を置いたまま、慌てて鬼が住むと言われる山へ引き返していきました。その光景を、娘は座り込んだまま見ていました。何が起きたのか分かりません。鬼を、鬼が退治したのです。
「怪我はないですか」赤鬼は青鬼を追わず、彼女に話しかけました。
「ええ……」
「他に怪我をした人はいないですか」
「おそらくいないです……」
「よかった。さあ、村へ戻りましょう」
 赤鬼はそう言うと、真っ赤な手を娘に向かって差し出しました。どうしていいか分からなかった娘は、そのときにようやく自分の考えが半分正解だったことに気がつきました。やはりこの赤鬼は、自分たちと仲良くなりたいだけの心がやさしい鬼だったと気がついたのです。彼女は細い手を真っ赤な手に重ねると、赤鬼の力を借りて立ち上がりました。
 尻餅をついたまま逃げ遅れた村人も、赤鬼に賛辞の言葉を述べました。彼がいなければ、青鬼に襲われるのは時間の問題でした。それまでの無礼を詫び、全員で村へと向かいました。空を見上げると、どこかへ飛んでいったのか雉は既におりませんでした。
 村の人々は赤鬼の姿を見てパニックになりかけましたが、娘たちの説明を聞いて落ち着きを取り戻しました。村長の娘である彼女の発言を疑う者はおらず、何よりも赤鬼と村人が一緒に歩いてきた光景を見て、村人たちは全員が赤鬼は自分たちの味方だということを知ったのです。そして、村長の一声で「まつり」が再開されました。今度は、新しい「仲間」を迎える意味も込めて、さっきよりも盛大なまつりとなりました。
 その日、赤鬼は村人たちと仲良く過ごしました。今までずっと仲良くなりたかった人たちと友達になれたのです。これほど嬉しいことはありませんでした。彼が昨日に一目惚れした村長の娘とも親しくなり、青鬼には本当に感謝しました。
 彼に対する感謝を早く直接伝えたいと思った赤鬼は翌日、山を登りました。半日かけて山を登ったときは、既に夕暮れとなっていました。青鬼が住む小屋の前に着くと、赤鬼はその扉に一枚の紙が貼られていることに気がつきました。そこには「赤鬼くん、村の人たちと仲良くして、楽しく暮らしてください。もし僕がこのまま君と付き合っていると、君も悪い鬼だと思われるかもしれません。それで僕は少し旅に出るけれども、いつまでも君を忘れません。さようなら。体を大事にしてください。僕はどこまでも君の友達です」と書いてありました。読み終えた赤鬼の目からは、涙がポロポロと流れ落ちました。赤鬼は人間の友達をほしがったばかりに、本当の親友を失ってしまっていました。そのことに、ようやく気がついたのです。そして親友を追い出したのは他ならぬ自分だということも、赤鬼を余計に苦しめました。赤鬼は何度も青鬼が残した貼り紙を読み、そしてずっと泣き続けました。

 赤鬼が我に返ったのは、もう夜が明けようとしていたときでした。もし自分が長い間戻らないと、村人たちは不思議がるかもしれません。赤鬼は未だに流れていた涙を拭うと、重い足を動かしてゆっくりと歩き始めました。もうこの山に来ることはないかもしれません。最後に頂上からの景色を見ようと、辺りをぐるりと回りました。ここから見える海を青鬼が好きだったのを思い出し、赤鬼はまた辛くなりました。
 もう下りようと思ったとき、彼は海に何かが浮かんでいることに気がつきました。その上には人が乗っています。重そうな鎧を身にまとい、堂々としていました。赤鬼はすぐに分かりました。あの人間は、この島を攻めにきた侵略者に違いありません。青鬼が自分を犠牲にしてまで友達にしてくれた村人たちを守る義務が、自分にはあります。赤鬼は急いで山を駆け下りました。太陽がまだ真上にいかないうちに山を下りた赤鬼は、すぐに海岸へ向かいました。侵略者を村へ行かせるわけにはいきません。しかしそのとき、彼は自分が何の武器も持っていないことに気がつきました。どうしようかと彼は悩みました。そのとき、彼は思い出しました。青鬼が、金棒を置いていったことです。赤鬼は急いで青鬼と取っ組み合いをした場所へ向かいました。それは、まだそこにありました。赤鬼はそれを拾い上げると、再び海岸に全速力で向かいました。手にした金棒からは、ほどよい重さが伝わってきました。青鬼が残したそれを持っているだけで、彼が一緒にいるような気分になれたのです。
 しかし赤鬼が海岸へたどり着く前に、彼の前方から走ってくる人影が見えました。彼が山の上から見た侵略者に違いありませんでした。
「止まれ!」
 赤鬼は金棒を地面につくと、大きな声で叫びました。それで彼の存在に気がついたのか、侵略者は足を止めました。彼の後ろには、犬・猿・雉が一匹ずつおりました。桃が描かれた旗を背にする侵略者の家来だと、赤鬼は思いました。
 相手の数は多いです。しかし自分も孤独ではありませんでした。彼の手には「青鬼」がいたからです。赤鬼は「青鬼」を頭上でグルグルと回すと、桃の侵略者に向かいました。彼が振り下ろした「青鬼」を、侵略者は刀で受け止めました。赤鬼は力を込めましたが、侵略者も必死でそれを受け続けます。そのとき、彼は首に激しい痛みを感じました。侵略者が従えていた犬が、彼の首に噛みついたのです。そして猿に背中をひっかかれ、頭を雉につつかれました。思わず赤鬼は力を緩めました。その隙を侵略者が見逃すはずがありませんでした。赤鬼が気付いたときにはすでに、侵略者の刀がお腹に突き刺さっていました。そしてそのまま、赤鬼は背中から地面に倒れました。

 娘は、最近鬼がいないので少し心配になっていました。村を抜け出して赤鬼を捜そうと決断するまでに、それほど長い時間はかかりませんでした。そして鬼を捜して歩くこと数時間、彼女はやっと赤鬼を見つけ出しました。しかし彼は直後に、背中から地面に落ちていきました。お腹に刀が刺さっていることに気がついた娘は、慌てて彼の元に駆け寄りました。
「赤鬼さん!」
 赤鬼の身体を揺すりますが、彼は目を閉じたまま反応がありません。
「娘さん、もう安心です。村を襲っていた悪い鬼は、僕たちが退治しました」赤鬼の側に立っていた男が言いました。
「村を襲う悪い鬼……?」
「はい。私はこの島に住む鬼を退治してくるよう頼まれた桃太郎と申します。先日、私の家来となった雉がこの島を上空から眺めていたところ、やはり青い鬼が人々を襲っているところを発見いたしました。そのため、急いできた次第であります。この赤い鬼も、その青い鬼の仲間なのでしょう?」
「違います……」堂々と語る桃太郎に対し、娘は絞り出すような声で応じました。「この赤鬼さんは、その青鬼を退治してくれたんです。私たちの、友達だったんです!」
「そんな……」
 娘の強い抗議に、桃太郎は言葉を詰まらせました。彼としては良かれと思って行ったことなのでしょう。しかし娘は、どうしても許せませんでした。それでもどうすることもできず、娘は涙を赤鬼の顔に落としました。行き場のない怒りをどこにぶつけていいか分からず、彼女の涙は止まりませんでした。
 そのとき、娘の視界に映る赤鬼の右手がピクリと動きました。彼女がハッとして鬼の顔を覗き込むと、彼は顔を苦痛に歪ませながらも、その目を開きました。
「赤鬼さん!」
「娘、さん? どうしてここへ……」
「そんなことより、無事なんですか? 私、てっきり赤鬼さんが……」
「大丈夫ですよ。鬼は、そう簡単にやられないんです。痛いですけど、死ぬなんてことはありませんよ」そう言って赤鬼は苦しそうに、しかしそれでも嬉しそうに笑いました。
 すると桃太郎は赤鬼に対して、すべて自分たちの勘違いであったと、謝罪の言葉を述べました。赤鬼は彼らを全く怒りませんでした。村の人たちを守りたいという思いは、お互いに一緒だったことが分かったからです。むしろ自分も勘違いをしてしまったと、赤鬼も桃太郎に対して謝りました。
「本当に悪いのは、青鬼だけだったんですね」
 自らの過ちを悔いるように、桃太郎は静かに呟きました。娘も頷き、それは既に赤鬼が退治したことを笑顔で告げました。桃太郎の一行も笑顔を浮かべました。危機が取り越し苦労で終わったことは、むしろ喜ぶべきことだと感じたからです。しかし、赤鬼だけは浮かない顔をしていました。そして、その口をゆっくりと開きました。
「実は、僕と青鬼は友達なんです」
 赤鬼の告白に、娘と桃太郎から笑顔が消えました。一体彼が何を言っているのか、いまいち意味が分からなかったのです。
 赤鬼はすべてを告げました。自分と青鬼が親友同士だったこと。青鬼が村を襲い、それを自分が助けることで、みんなと仲良くなろうとしたこと。そして、その青鬼はもうどこへ行ってしまったか分からないこと。赤鬼は、もうこれ以上罪悪感を耐えることができなかったのです。親友である青鬼を裏切ることができなかったのです。すべてを言い終えてから、赤鬼は目を閉じました。どうなっても仕方がないと、覚悟を決めたのです。
「騙していたのですか?」
「そうです。僕はみんなを騙していた、心のきたない最悪の鬼です」
「では、桃太郎さんから村を守ろうとしてくれたのも嘘なのですか?」娘は静かに尋ねました。「命をかけてまで守ろうとしてくれたのは、赤鬼さんの素直な心からじゃないのですか?」
 娘の言葉に、赤鬼は何も言えませんでした。ただ黙って、目を瞑ったままその言葉を聞いていました。
「そんな計画を立てなくても、赤鬼さんは私たちを守ろうとしてくれました。私は、やっぱりあなたは心のやさしい鬼だったのだと思って安心しましたよ?」
「娘さん……」
「さあ赤鬼さん、ぐずぐずしていられませんよ。早く立ってください」
 そう言って娘は赤鬼を無理矢理立たせました。立ち上がった赤鬼は、お腹の刀を引き抜きました。多少の痛みはありましたが、我慢できないほどではありません。傷も、すぐに閉じるだろうと思いました。
「どうするんですか?」赤鬼は不安そうに尋ねました。
「青鬼さんを捜しに行きましょう。あなたの話を聞いていると、青鬼さんも心のやさしい鬼だということが分かりました」
「でも、もう青鬼くんは……」
「大丈夫です。この島から出ることはできませんし、もう青鬼さんがあなたと一緒にいるところを見られても、問題ないでしょう?」
「娘さん……」
 娘の言葉に、赤鬼は呆然と立ち尽くしました。そして、その目からは大粒の涙が溢れ出しました。
「どうしたんですか、赤鬼さん」急に泣き出した赤鬼を心配してか、娘が慌てて尋ねました。
「いえ、何でもありません。さあ、行きましょう」
 赤鬼は地面に置いていた「金棒」を拾うと、ゆっくりと歩き始めました。彼の目からは、涙が止まることなく溢れ続けていました。

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