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完全に主人公「俺」の「語り」です。
泡沫の夢
作:夏木 岳


見ろよ、綺麗だぜ。紅葉がよう。そんなくせして、山頂は雪化粧ときたもんだ。珍しいったらありゃしねえ。

お、猫さんよ、あんたもこの景色見に来たんかい?なんでい、俺の飯が目当てかい。いいぜ、ほら。沢庵ならやるよ。おお、具の鮭も持ってけ持ってけ。米だけは俺んだ。

おいおい、あんた、猫またとかいうやつだろ?言葉がわかるんなら返事くらいしたらどうだい。まったく、感謝しろよ。俺ぁ滅多に飯なんて分けてやんねぇんだからよ。

お、やっと口開きやがったな。鮭くわえてたから喋らねぇってあんた、行儀が良いんだか悪いんだかわかんねぇなあ。
…ははは、その通りだ。あんたに人なんかの行儀語ったって、関係ねぇもんだな。まったくもって迷惑な話だってか。ははは、まったくその通りだ。悪いっ!

はあ。俺ァ、こんなに喋ったんは久しぶりだ。なんせよ、どいつもこいつも話を聞きやしねえ。いやいや、耳でしか聞いてねえんだよ。俺の話を心にも止めねえなんとも無粋な連中だぜ。

比べて猫さんよ、あんたァ、しっかり聞いてやがる。まあ鮭の話は置いとけ。

あん?なんで話を聞かねえんだってか。誰も彼も、俺に薬をくれとか言いやがるんだぜ。

少し昔話してやるよ。
俺ァ、ガキん頃、変な草を混ぜて粉末の薬を作ってよう。まあガキのままごとみてぇなもんだ。だがよ、それを吸っちまった一人の大人が三日三晩意識を失ってな。散々怒鳴り散らされてど突きまわされたもんだ。でもよ、そいつ顔は最高に幸せそうだったもんだから作っちまったんだ、新しいのを。それも違う材料でな。
その“薬”ってのはよ、大根をすり下ろして千切った和紙と混ぜるとか、爪の垢を笹の葉と一緒に燻すとかな、なんとも適当なので出来ちまうんだ。
でな、気付いたんだよ。どうも俺ァ、その薬を作る勘みてぇのがあるらしくてよ、俺しか作れねぇってこった。

でな、若けえころ、それも二十歳んときに家計が火の車でよ、働いても働いても金が消えてくときがあってな。そんときにやめときゃよかったものよ。俺ァまた薬を作って売っちまったんだ。少し値を張ってな。

それから俺ァ今まで金に苦労してねぇのよ。どうも麻薬みたいな体に悪ぃこともなけりゃ、法に引っ掛かるわけでもねぇからよ、金持ちが見たことねえ額で薬を買ってくれたんだよ。

でよう、そのときやっと聞き出したんだがな。その薬のんだ三日は、夢を見続けるらしいんだ。

…いやいや、自分で飲むなんて恐ろしくて出来やしなかったよ。俺の勘が危険だって叫んでんだよ。

なに話したっけな。おいおい猫さんよ、俺ァまだ六十だぜ。ぼけてはいねぇさ。

そうだ、夢を見るんだったな。その夢ってのはな、どうも現実にはねぇ。なんだ。理想の夢らしいんだ。仕事が上手くいく。憧れのあの娘が笑ってくれる。

猫さんよ、あんたの言う通りだ。俺も金持ちに言ってやったよ、そうやってな。

所詮は夢でな。覚めちまえば落ち込むんだが、作られた夢をバネにこれからを頑張ろうなんてよ、そんな馬鹿な話があってたまるかい。

ああ、猫さんよ、あんたァ、やっぱり話を聞いてやがる。俺ァ、それでも薬を作ったんだよ。金の為にな。

どうよ。
金の為に自分の言い分押しつけてよ。金の為だけに自分を曲げてよ。格好悪ぃ人生だぜ。

…なんで、猫さんよ。あんたァ、人の心が読めるってかい?そうだよ。その薬使って、一度だけ心から満足したことがあるんだぜ。


病院によ、小せえ男の子と女の子がいてよ。
その子たちの為に使ったんだよ。そいつらよ、まだ年端もいかねえガキのくせしてよ、俺の薬が作る夢は見れても、それをバネにする“これから”ってもんがなくてな。そう、猫さんの言う通り労咳(肺結核の古風な言い回し)だよ。なんでこんな子が死ななきゃなんねぇんだって、不条理さにはいつだって慣れねえもんだな。

猫さんよ、あんたもそう思うんだろ?

でよう、俺ァその子らが長くねぇって思ったとき、薬を飲ませてやったんだよ。もしかしたら治んねぇかな、意味わかんねぇ薬だしな、とか淡い期待を下らねぇくらい頭にかすめてな。

やっぱり2人とも死んだよ。飲んだ三日後にな。
でもよ、俺ァ死ねて幸せだと思ったぜ。もう覚めることもねぇしな。2人の顔かい?青白くてよ、唇に血がこびり着いててよ、目は窪んでんのにだぜ。今まで生きて来て見た中で、最高の笑顔だったぜ。

これからの希望の無ぇ、無間地獄に墜ちてくあいつらに笑顔になってくれただけの話さ。自己満足かもしれねぇ。それでも、俺ァ胸張って言ってやるよ。俺ァ良いことをしたってな。短くても笑って死ねる人生にしてやったんだ。娯楽に使う金持ち共より随分マシだぜ。

なんだい猫さんよ、あんた泣いてんのかい?え?乙女心って、あんた女の子だったんかい。いやあ、すまねぇな。俺ァてっきり同類かと思ってたよ。ああ、猫さんよ、ほんとにすまねぇ。俺ァもう行かなきゃならねぇ。見ろ、あの車。でかいだろ?俺を追っかける為だけに作られたんだぜ。どいつもこいつも、一時期の夢を自分の為に使おうと、必死こいて作ったらしいぜ、あれ。


悪ぃな猫さんよ。もう行っちまうなんて。俺ももう少しゆっくりしたかったぜ。元気でやれよ。また誰かの話でも聞いてやれよ。

…なんでぇ猫さんよ、あんた、嬉しいこと言ってくれるじゃねえか。その言葉、俺ァ忘れねぇぜ。そうだ、もし次会ったら旨いもんでも食わしてやるよ。

じゃあな。














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