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第五話:城内冒険に始まり説教に終わる
 広間に戻れば、隊の全員は巨大な窓から町を見下ろしていた。
 なにか珍しいものでもあるのだろうかと思って一樹も窓から見下ろす。しかしそこには際立っているものなどなく、先ほど見たような光景がただただ広がっていた。

「お、カズキ戻ってきてたのか」

 隊員の体を押しのけながらロイドが近付いてきた。

「うん、たったいま」
「それで、どうだったんだ?」
「今のところは進展無しかな」

 一樹は少しだけ落ち込んだ風に声を落とした。と、ロイドの後ろから手がにゅっと伸びてきた。
 顔をロイドの背後に向けてみれば、頭一つ分小さいリィナが教科書に載せられるような姿勢で挙手をしている。

「それじゃぁ、カズキ君はこれからどうするの?」
「それなんだけど、ガロンさんがこの隊の寮にしばらく置いてくれるっていってた」
「ん? そんじゃこれからもしばらく一緒ってわけか」
「そうみたいだな。迷惑かもしれないけど、よろしく頼む」

 一樹は軽く頭を下げた。

「迷惑なんかじゃないさ。なぁリィナ」
「うんうん」

 ロイドはにやにやと何かを含ませる笑みをしながらリィナに視線をずらす。
 リィナはリィナでその意味が分かっていないのか、きょとんとした顔になる。なんとなくだが、ロイドの言いたい事がわかる気がする。

「ところで、皆何を見てたんだ?」
「へ?」

 ロイドは何を言ってるんだと背後を振り返って、あぁなんだこれかと小さく呟いた。

「別に珍しいものがあったわけじゃねぇよ。ただ、」
「皆であそこの広場でやってるお祭りをみてたんだよ」

 言葉の途中でリィナに割って入られ、ロイドは咳払いをする。

「お祭り?」

 リィナの指さす方向を、目を凝らしてよく見れば、多彩な旗がいくつも風になびき、人々が噴水を取り囲むようにして密集している。露店もあり、何を売っているのかまでは分からないが、やはり食べ物や水風船なのだろうかと一樹は思う。
 そんなことを考えているうちに、まだ太陽が昇っている最中だというのに数発の花火が打ち上げられた。
 昇竜の如く打ち上げられた花火は遥か上空で爆ぜ、白煙を風に流されながらその身を表現する。

「おおー」
「今日は花祭りなんだよ。五穀豊穣や無病息災を祈るんだって」
「そんな意識はもうすっかり廃れちまったけどな。皆バカ騒ぎしたいだけだ」

 やはり祭になると浮かれるのはどこでも一緒なんだなと改めて思う。
 自分も小学生の頃水風船を指という指に括りつけて、ぶんぶん振りまわしながら遊んだものだった。真似してきた友達と水風船をぶつけ合ってたら弾け、びしょ濡れになったのも今となってはいい思い出だ。
 ダイナは一樹がロイドと話している最中頭の上でずっと祭の開催されている広場を眺めていた。
 希望に満ちた眼ではなく、どこか儚げな眼をしていることに誰も気づいていない。

「そうだ、うちの隊の寮に住むなら、このお城の中いろいろ案内してあげるね!」

 リィナはいきなりそんなことを言いながら一樹の手をとって走り出そうとした。
 それに振り回されるまいとなんとか踏みとどまって、

「や、それは嬉しいんだけど、この部屋で待機してろって言われたじゃん!」
「心配すんな、ガロンさんには俺から言っといてやるよ」

 ロイドの申請でさらに浮かれたリィナは、今度こそと力をこめて扉を粉砕するかのごとくぶち開けていった。
 転ばないように、縺れる足をなんとか振りほどいてロイドに視線を動かす。ロイドはどこから取り出したのか、白いハンカチをひらひら羽ばたかせながら大声を出す。

「詳しいことはあとで聞くからな~! 頑張れよ二人とも~!」

 その声が聞こえたリィナはわかったー、と負けないくらいの大声で返した。
 一樹は心の中で思う。余計なお世話だ、と。

――――――――
―――――
―――

 部屋を飛び出してからの冒険は、すさまじいの一言に尽きた。
 なぜ案内ではなく冒険なのかというと、リィナはすべての部屋という部屋を開け放ち中を隅々まで説明するのだ。
 空き部屋や憩いの間に行ったのはまだいい。もはや戦場と化している厨房では、恰幅の良いおばさんに鬼の形相でしこたま怒られたし、剣技の訓練をしている道場では猛り狂った雷親父に情け容赦ないげんこつを見舞われた。
 それでもリィナの意志は揺らがなかった。
 涙ぐみながら笑顔になって、率先して一樹に城の説明をしていく。
 図書館らしき部屋をめぐり、通りすがる人達に笑われ、中庭に咲く花の名前や花言葉まで教えられた。

「はぁー、これで一通りまわったかなぁ」
「やっとか……」

 今はガロンに言われた第十三番隊の寮内にいる。
 空き部屋はあるにはあったのだが倉庫と化しているので、とりあえずロイドの部屋に入って一樹は椅子に、リィナはベッドに寝転がって休息を取っている。
 部屋の主がいないのに入るのはどうかとも思ったが、相手がロイドなので気にしないことにした。それより鍵をかけていないのは不用心ではなかろうか。

「そういや図書館ってさ、誰でも貸し借りできるのか?」
「申請書だせば大丈夫だと思うよ。なんで?」
「いや、お世話になりっぱなしなのも悪いしさ。本見ればいろんなこと分かるかと思って」
「勉強熱心なんだね」

 勉強とはまた違うのだが。
 しかしいろいろ城を巡って分かった事もあった。
 まずこの城は町の人々も気軽に入れることが出来る。重要な場所はもちろん立ち入り禁止だが、内部のほとんどの部屋が解放されているに等しい。さらに住民と兵士の仲がすこぶる良い。
 これはよそ者の自分には嬉しい。城の中で一人で歩く時もあるだろうし、その時におどおどしていては変な眼で見られる。が、一般人も数多くいるここでは機会も減る。
 町のほうにも足を延ばしてみたいが、それはまた今度にしよう。まずはこの世界の基礎知識を学ばなければならない。

「んー、それにしても疲れたぁ」

 リィナが腕を天に伸ばしながらため息交じりにそう言った。

「そりゃあれだけ走ればな。足が棒になるとこだったよ……」
「でもこのお城って意外と広いんだね。私びっくりしちゃった」

 びっくりしたのはこっちだ。この城に何年もいるだろうに、広さをしらないとは何事か。

「でもこれだけ広いのに、あんまり他の兵士に会わなかったな」「だって他の隊の人達も遠征に赴いてるもん。このお城に勤務する一、二、三番隊以外は今七番隊の人たちがいるだけだよ。もう数日したら帰ってくると思うけど」
「遠征って、これもドラゴンの調査か?」

 一樹の膝の上で、体を丸くしてくつろいでいるダイナを指さす。

「ううん、詳しくは知らないけど、他の任務だったと思う」
「兵士ってのはいろいろ忙しいんだな」
「そうでもないよー。お休みの日は皆で釣りに行ったりもするし、キャンプだってするんだから!」

 楽しい記憶が蘇ってきたのか、リィナはにへらと笑う。

「そんなイメージないけど……、ガロンさんなら全力でそういうことやりそうだな」
「あははっ! 当たってる!」

 一樹はダイナの頭を撫でる。ダイナがそれに気持ちよさそうに、みーと鳴く。

「そういえば気になってたんだけど、ロイドやリィナってなんで騎士になろうとしたんだ?」
「ロイド君は分かんないけど、私はお父さんに勧められたから」
「親父さんか。今、この城にいるのか?」
「………」

 何気なく聞いたこの質問に、リィナの顔が一瞬だけ硬直した。

「……今は、他の任務についてるからいないよ」
「――へぇ。じゃあいつか会えることを楽しみにしてるよ」

 一樹はそう答えて笑った。笑うしかない雰囲気だった。

「あ!」

 リィナは突如として何かを思い出したかのような、驚いた声を出した。
 それに多少びくついてしまった一樹は、平静を装う。

「どうかしたのか?」
「さっき言った七番隊の人たちと、合同演習するんだった!」

 そういやそんなことガロンさん言ってたなー、と一樹は思った。
 リィナはがばっと勢いよく上体を起こし、その反動を利用して立ち上がる。
 そのままどたばたと部屋をうろつき始め、忘れ物がないかと隅々まで確認する。やっとのことで納得したリィナは、一樹の両肩をがっしりと掴んだ。

「えっと……痛いんですけど……?」
「戻るよ!」
「え、いや、俺はゆっくり帰りた、」
「い・い・の! 早く道場行かないとガロンさんに怒られちゃう!」

 一樹の返答を待たずにリィナは肩を掴んだまま走り出した。
 椅子がなぎ倒され、ダイナは一樹の膝から転がり落ちた。
そのまま床に落ちるかと思いきや、寸でのところで上昇しリィナと一樹に並行して飛ぶ。
 ダイナの動きにすっかり目を奪われた一樹は、一昔前のマンガのように、顔面から勢いよく転んだ。


―――――――

 余談ではあるが、演習に遅れた二人はガロンにこてんぱんに怒られた。
 時間厳守ができなかったことではなく、なにをとち狂ったのか不純異性交遊についてである。恋愛は悪くないが時と場合を選べとか、男ならきちんと責任はとるべきだとか。
 とんでもない台詞を隠すことなく大声で言うので、その場に居合わせている全員が笑いをこらえるために肩を振るわせている。
 なんのこっちゃ、と説教を半ば以上聞き流していた一樹は、顔を真っ赤にして俯いてしまったリィナよりも先に気が付いた。
 ロイドが、それはそれは本当に、これ以上ないくらいに幸せそうな顔をしてこちらを見ていることに。手つきが卑猥なことには今は触れない。
 いったい、ロイドは何を吹き込んだのだろう。


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