第四話:総団長との考え
確かに首都までの道は荒れていた。
大規模な地殻変動が起こったのか大地には亀裂が幾層も走り、河という河はすべて濁流と化している。
幸い魔物には遭遇することもなく、こうして無事に首都までたどり着くことができた。
「それじゃ俺様は総団長に報告へ行ってくる。キツいと思うが、この後には第七番隊の奴らと合同演習を行う。それも聞いてくっから、各自この広間で待機」
「あの、俺はどうすれば……」
「おお、そういえばそうだったな。すっかり忘れてた。とりあえず俺様に付いてくればいいさ」
そう言いながらガロンは、目の前の扉に手をかける。薔薇に似た花やツタが模様として施されているあたり、今までイメージしていた城の印象とそう差異がないことがちょっと嬉しかった。
「なんか手がかり見つかるといいな」
扉の向こうへと消えたガロンのあとに続こうとして歩み始めた一樹に、ロイドが話しかけた。肩越しに振り返って、
「ああ。でもここでも情報見つからなかったら、どうすればいいんだろうな俺」
「そしたらこの国に住めばいいさ。土地もあるし、けっこう良い所だぞ?」
ケラケラ笑いながらロイドは両手を拡げてアピールする。
真赤な絨毯に、一点の汚れもない純白の壁と床。城の外を一望できる巨大な窓をロイドは指さしていた。そこから見える景色は、一言では言い表すことができない。
多種多様な形と色をした屋根、都に入るために通ってきた直線状の道、水車がかけられている水路、そのすべてが、自分の知っている世界とは違う。
芸術なんかこれっぽちもわからないが、絵にするならこういう場面なのだろうと理由もなしに思った。
「ロイド君、あまりカズキ君を困らせないの。ほら、早く行かないとガロンさんいなくなっちゃうよ?」
「っと、やべ! とにかく、行ってくる!」
慌てて一樹は踵を返してガロンがいなくなった廊下へと飛び出して行った。
ロイドとリィナは笑いながら一樹に手を振る。
部屋を飛び出した一樹は、唖然とした。無駄にだだっ広い廊下には、ガロンの姿が見えない。
一樹は直観を頼りに右の道を選び、突当たりを左に曲がる。ちょび髭を生やした白髪の老人にぶつかりそうになったのを謝りつつなんとか避けて、だいぶ先を歩いていたガロンに走って追い付いた。
重鎧を着込んでいるのになんでこんなに歩くのが早いのだろうか。やはり慣れや訓練なのだろうか。いや、やはり熊の筋肉は人のそれとは勝手が違うのかもしれない。
そんなことを思っているうちに、ガロンはぴたりと足を止めた。
「着いたぞ。ここが総団長のいる部屋だ」
「……でっかい扉」
半ば呆れながら一樹はつぶやいた。この扉を作成した人物は、どんな巨大な物体を運び入れる予定だったのだろう。小柄な象が二頭軽々と入れそうだ。
ここにも同じく薔薇のような装飾がある。この王国のシンボルなのかもしれない。
ガロンは遠慮しがちに扉を数回たたく。
「どうぞ」
扉の向こう側から聞こえる声は、静かで、それでいて聞く者を安心させるような優しさがあった。
「じゃあ入るぞ。一応言っとくけど、嘘ついたりすんなよ? 俺様が怒られっからよ」
「つきませんよ。第一そんなメリットもないでしょう」
「うし」
うなずいたガロンはドアノブを回し、ゆっくりと開いていく。ぶつからない様に一樹が一歩後ろに下がると、それまで頭の上で大人しくしていたダイナが扉の動きに合わせて首をぶんと動かした。
扉が完全にあけ放たれ、ガロンは室内に一歩立ち入ると同時に姿勢を正しきめ細かい動作で敬礼をした。
「第十三番隊隊長エヴィッツ・ガロン、サンダヴァルス山脈の魔物討伐の件について報告にまいりました」
年代物の長机の上に広げている本を複雑な顔で読んでいた男が立ち上がって、ガロンに敬礼を返す。
男は銀髪で長髪だった。手足はすらりと長く、中性的な顔だが凛とした表情をしている。服装は薄い緑を基調としている絹で、腰までを覆うようにして羽織っている。結わえている腰には細身で三尺余りの剣が携えられていた。
「御苦労様。それで、どうだった?」
「は。あの山脈でも今までと同じくドラゴンの絶対数が減少していました。近隣の町の住人の話ですと、三か月ほど前から減少しているように感じられたとの情報もあります」
「ドラゴンの減少期間は他の土地とかぶっているか……」
「やはり、人為的な事件なのでしょうか?」
「いや、それは考えにくい。君も知っての通り、ドラゴンは非常に好戦的だ。仮に人為的な被害だとして、近隣の住民に気付かれないで殺害および拉致することなど不可能だ」
扉にとびかかって遊んでいたダイナを無理やり引き剥がした一樹は、二人の話に全くついていけなかった。いきなりの専門用語ですらチンプンカンプンだというのに、ガロンが丁寧語を話していることが信じられない。
部屋の中にも入らないで、呆けた表情のままじっと突っ立っている。そんな一樹にようやく気付いた男は、
「ところで――、部屋の前にいる少年は誰だい?」
「実は遠征任務を終え帰還している最中にリィナが保護した少年です。なにやら聞いたこともない土地から来たと。それと、」
「少年の腕にいるベビードラゴンのこと、だね?」
男はさして驚くような素振りも見せず、一樹を部屋の中へ招き入れる。
一樹はどこかおっかなびっくりに部屋へ入り、巨大な扉を閉める。
珍しそうに部屋を見渡せば、壁や床が大理石なのは当たり前、暖炉まで備えられている。しかも部屋が異様にでかいからか、暖炉は部屋の両端に一つずつ付いている。素人目にも分かるほどの高級感を漂わせる花瓶や骨とう品が小棚の上で塵一つなく置かれている。
その花瓶に向かってダイナが特攻しようとしたので、慌てて取り押さえた。
「はじめまして、だね。私の名前はゼネット・アルバトス。この王国の騎士総団長を務めている。君は?」
「あ、えっと……、名前は榎本一樹です。一応学生です」
一樹は差しのべられた手を握り、かるく握手をした。
ゼネットは微笑みながら一樹を、次いでダイナを一瞥して、
「ベビードラゴンとずいぶん仲が良いようだね」
「はぁ。いきなり空から降ってきたと思ったら、いつの間にか懐かれてました」
「ははっ、動物に好かれるのはいいことだよ」
一樹は心の中で安堵の息をついた。
ドラゴンという生物を抱えている以上、好奇の視線にさらされることは覚悟していた。しかし、学者であろうとなかろうと、騎士団の頂点に立つ男に会ったら有無を言わさずに研究材料にされるかもしれないと。
だが、目の前にいるゼネットは少なくともそんな雰囲気を出していない。むしろ友好的であるところが一樹にとってはすごくありがたかった。
「ガロン、もうカズキ君にはドラゴンの生態について教えてあげたのか?」
「一応表面上のことは」
「うん。それでカズキ君、そのベビードラゴンのことなんだが、どこで懐かれたんだい?」
答えようとするが、一樹の頭では全く地名が思い浮かばなかった。リィナが言っていた事までは覚えているのだが、言葉までは覚えていない。冗談だと思っていたのだから聞き流していた。
「えっと……、初めて聞いた地名だったので忘れてしまいました」
「初めて? どういうことだ?」
首をかしげたゼネットに、ガロンが口を開いた。
「なんでもカズキはニホン、という国から来たようです。なので地名には疎いと思われます。総団長殿は何か知っておいでですか?」
「ニホン――、いや、聞いたことは無いな」
「……そうですか。とりあえず俺は日本から来ました。なので、さっきの質問には答えにくいんです」
「ふむ。では、なにか特徴的な物とかはなかったか?」
「そうですね、金色の実をつけた植物が広範囲に群生していたくらいしか」
「ヨルダム平原か」
まだ説明し終わっていない一樹の言葉を遮らないように、ぽつりとゼネットはつぶやいた。
「そのようですな。ただあそこは、ドラゴンの活動区域内になっていないと記憶していますが……」
「私もそう記憶している。いや、貴重な情報をありがとう、カズキ君」
「え、どういたしまして……?」
どう反応していいのか分からず、とりあえずベターだと思われる返事を返した。
「それで総団長殿、カズキなんですがしばらくうちの隊の寮で預かっても構わないでしょうか?」
「ああ、それで構わないよ。ベビードラゴンがいると町に知れると危険だしね。こちらとしてもその提案は有難い」
「有難う御座います。ほらカズキ、お前もきちんとお礼しやがれ」
ガロンに尻を力いっぱい叩かれて、一樹は深く頭を下げながらお礼を言った。
いい人だと思いつつも、心のどこかでまだダイナについて根掘り葉掘り質問攻めにあうことを思っていたのだが、話も一応ひと段落つきそうだ。
さらに住む場所を探そうと思っていたのだが、それもガロンが申し出てくれたことでいとも簡単に解決してしまった。
何もかもお世話になりっぱなしで、一樹はいつかお礼しなくてはならないなと思う。
「それじゃあカズキ君、今日のところはもういいよ。詳しい話はまた後日聞くと思うけど、そのときはガロンを通して伝えるよ。それまで、この国を堪能してくれ」
「はい、わかりました」
「うし。じゃあお前はリィナたちがいる広間へ戻ってろ。俺様はまだ総団長殿に報告することが余ってっからよ。道覚えてるか?」
「なんとか。それじゃ、本当にありがとうございました。失礼します」
一樹はダイナをしっかりと抱えて、一礼をしてから部屋の外へ出て行った。
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