第三話:その名はダイナ
朝は思った以上に早かった。
日の出が出るまで毛布に包まって寝ていた一樹はロイドに肩を揺すられて目覚めた。寝ぼけ眼のまま起きて周りを見渡せば、既に身支度を終えた隊の皆がいた。
迷惑かけたな、と飛び起きれば目覚まし代わりに熊の一撃を頭に貰った。
熊はあろうことか重鎧を着込んでいた。
いやそれが正装なのだろうが、昨日の半裸の印象が強すぎて重鎧をきている姿には違和感を覚える。一瞬本当に熊も鎧を着る時代なのかと本気で迷ってしまった。
「そういえばなんで遠征なんかしてたんですか? えーっと、」
頭に着けるであろう兜を手で掴み、重ったるい金属音を響かせながら歩いている熊に話しかける。山中であるというのに、辛くは無いのだろうか。
名前を言おうとしたのだが、そういえばまだ教えてもらっていない。
個人的には熊でいいような気もするのだが、それはあまりにも失礼だろう。
「そういえばまだ名前聞いて無かったですよね」
「んー? おお、そういやそうだなぁ。俺様はエヴィッツ・ガロンだ」
ちょっとカッコいい名前だと思ってしまったことは絶対に誰にもいえない。
「それでなんだっけ、遠征の理由だっけか?」
「はい」
「本来なら教える必要なんか無いんだが……」
「あ、言えないのなら別に大丈夫です。そちらにも事情があるでしょうし」
「いや別に事情なんか無ェよ。あれだ、ドラゴンについてだよ」
「昨日言っていた保護、ですか?」
ガロンはへぇ、と感心する。
「よく覚えてたな。といっても俺様たちが保護するわけじゃあねぇぞ。おつむの良いジジババどもが安全に研究できるように周りの魔物を討伐するのが主な目的だ」
「へぇ……」
「そうだ、そのことで思い出したんだが。首都に行くのはいいんだけどよ、ちょっといやな思いするかもしれんぞ」
「――なんでですか?」
ガロンは一樹の頭の上で丸まって睡眠を続けるドラゴンを指差す。
釣られて一樹も上を見る。視界のぎりぎりで左右に尻尾が揺れている。
そのまま歩いていると、地面から突き出している大樹の根に足をとられた一樹はバランスを崩し転びそうになる。熊が反射的にその丸太のような腕で、軽々と一樹の体重を支えた。
「昨日も言ったように、ドラゴンは希少種だ。その希少種の赤ん坊を連れているんだ、研究者からしたらドラゴン共々実験材料が自ら赴いてきたっていう風に見えちまう」
なるほど、と一樹は一人頷いた。
確かにそう考えると自分の立場は危ういかもしれない。
この世界では希少種とされるドラゴンの赤ん坊と、それに懐かれている戸籍も何も無い極めて不安定な自分。これを利用しない手はないだろう。
しかし拒否権は自分にもドラゴンにもあるはずだ。
協力するのは別に構わないのだが、見ず知らずの研究者のために身も心も尽くすなんて考えられない。
そもそも自分がこのドラゴンについて知っていることなどたかが知れている。肉より野菜が好きなことと、人の髪の毛でじゃれることが大好きだという程度だ。
「まぁそこまでしつこくされることは無ぇと思うが、それだけは覚悟しとけよ」
「分かりました」
それまで後ろで二人の話を聞いていたのか、馬の手綱を引きながら歩いていたリィナが熊と一樹の間に割って入ってくる。
「じゃあさじゃあさ、カズキ君がそのドラゴンに名前付けてあげたらいいんじゃない?」
「名前? そんなペットじゃないんだから……」
「いや、意外といいかもしれんぞ」
「ほらやっぱり。名前あると研究の人たちも手は出せなくなると思うよ。ペットならしょうがねーって」
そんなことがあるわけがない。
ある訳無いのだが、発案者のリィナは自分の意見が名案である事を欠片たりとも疑っていないのか、希望に満ちた瞳で一樹とドラゴンを交互に見つめている。
「うーん、ドラゴンだからカッコいい名前にしてあげないとね」
「いやだから、なんで名前をつける方向になってるのさ」
「んー……」
一樹の言葉なんかは耳に届いていないのか、リィナは腕を組んで一心不乱に物思いに耽る。
と、名前を閃いたリィナが、
「ロバート!」
「却下」
即答する。
「えー、なんでー」
「明らかに人の名前だろ、それは」
「じゃあこれだな。ガロン二世」
「なんで参加してるの!?」
あまりにも予想外だった。しかも自分の名前を使うのはいかがなものか。
リィナは再びぐるぐると思考をめぐらせる。熊は熊でこの状況を楽しんでいるのかせせら笑いながら次の展開を待っている。
「ロットン!」
「却下」
「ガロン三世!」
しつこい。
「だぁー、もう面倒だなぁ! こいつの名前はダイナで決定!」
一樹はドラゴンを二人の眼前に突きつけるように抱きかかえてそう言った。何が起きたのか分からないダイナは、小動物のようにきょろきょろと辺りを窺っている。
リィナは自分が命名できなかったことが口惜しそうに、頬を膨らませた。
「私が名前決めたかったのにー」
「もうちょっと真面目に考えてくれれば採用してたよ」
「真面目に考えてたよ! それより、ダイナってどういう意味?」
「え? それは俺が好きなゲームの敵キャラ、」
「げぇむ?」
ゲーム無いのか、と一樹は思う。
「うーん、まぁ好きな名前だよ」
「へぇー。とりあえずよろしくね、ダイナちゃん」
それに返事するかのようにダイナは口を限界まで開けて欠伸をする。それを見たリィナはアハ、と小さく微笑んだ。
「はいよ皆さん、馬鹿なことをやってるうちに王都が見えてきましたよっと」
一樹はダイナを右肩の上に乗せて、先頭を馬に乗って歩いているロイドに視線を向けた。
ロイドは停止させた馬の鞍にどかりと座っている。その右手には片手に余るほどの大きさをした携帯用望遠鏡を携え、崖からヘイムガルドのある場所を指した。
行って来い、とガロンに背中を押されてロイドの近くへと歩み寄る。
近くに生えている樹木に片腕を預けて、崖からヘイムガルドを見下ろす。
言葉を失った。
突き抜けるほど気持ちの良い青空が幾筋もの光の帯を照らし、自分が踏みしめている大地の更に下にある一つの首都を明確に映し出していた。
肉眼でもはっきりと分かるほどに巨大で、真っ白な外壁に包まれた城。その城を中心に大小さまざまな建造物が広大に広がっている。
更にその王都を囲むように、水路も流れていた。太陽光を乱反射し、照り返した光が一樹の目にも届いた。
「どうよ、俺たちの都は」
「……すっげぇ」
その一言で満足できたのか、ロイドは満面の笑みになりながら馬から舞い降りる。
一樹の視線はいまだ王都に釘付けになっていた。
ここまで幻想的な全容をしているとは、まったく思わなかった。
「さて、これから馬に乗ってもらう」
「え、いいよ一人で歩けるし」
ロイドは首を振って否定する一樹の肩に手を置いて、王都を指差し、次いで一樹の鼻先を指差す。
「あのな、ここからの距離は近そうに見えるけど、かなり遠いんだ。一応客人のお前にとってこれからの道はキツイ。だから乗れって」
有無を言わさずロイドは一樹の肩を掴んだまま、漆黒の鬣が印象的な馬の横に立たせる。
一樹は何か反論しようとしたが、結局は言い負かされて渋々と鞍に足をかけた。地を強く踏んで一気に飛び乗り、鞍にまたがると同時に馬がいかにもめんどくさそうに一樹を一瞥した。
それを挑戦と受け取ったのか、ダイナは馬の頭に飛び移り我が物顔で馬を見下している。
「さて、再出発だ。ロイド、お前はこれからも前方を警戒しろ。弓兵! ちゃんとついてきてるかァ!?」
ガロンは巨体を物ともしない身動きで鮮やかに馬に乗ると、後方に続く兵士たちに号令を送る。規則正しい返答を頷いて確認すると、リィナが持っていた馬の手綱を握る。
「おうアンちゃん、お前馬乗ったことあるか?」
「いや、初めてです」
「だろうなぁ……、馬の乗り方がなっちゃいねぇ。そんな座り方してちゃ馬にもお前にも良くねぇ。おい」
ガロンはニヤニヤと笑いながら顎でリィナに合図を送る。
リィナは小さく頷いて、一樹が乗っている馬のすぐ隣に小走りで近づいてきた。手綱を一樹の手から受け取って、慣れた手つきで一樹の前にひらりと飛び乗った。
風に乗ってきた優しい香りが一樹の鼻についた。
「それじゃ私がカズキ君の馬乗り講座の講師をしまーす」
「え、なに、どういうこと?」
「ではまず、腰を軽く浮かせてください」
言われるがままに一樹は腰を浮かす。動作を確認したリィナは、
「はい、よくできました。馬に乗ってるときは基本的にその姿勢を維持するよーに。それじゃ出発するから、しっかり掴まっててね」
「掴まるってどこに!?」
「? どこでもいいよー」
この展開は予想していなかった。
こんな間近に女の子がいること自体あまりないのに、しかも掴めときた。いや鎧越しだから恥ずかしがる道理など無いのだが、だとしても心の準備がほしい。
助けを求めるようにロイドのほうを窺えば、これまたニヤニヤしながらわざと視線をずらした。
新手のイジメなのだろうか。
そう悩む一樹の思いとは裏腹に、リィナは鞍を強く挟み馬を歩みださせる。
転げ落ちそうになった一樹は反射的にリィナの肩を掴んだ。
「それじゃしゅっぱーつ!」
「待った待った、早いって!」
一樹の悲痛の叫びは風に消え、ロイドたちはそれに続くように馬を歩き出させた。
年内はもう上げれないと思ってましたが、一応間に合ったので上げます
次は三が日を過ぎたあたりになるかと思います
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