第一話:ドラゴンとの出会い
思い返せば、そんな妄想がいけなかったのかもしれない。
「まさかこんな状況になるとはなぁ……」
ごつごつとした巨大な岩に腰を下ろしながら、一樹は苦笑いを浮かべる。
金色の実をつける腰ほどの高さの植物が、地の果てまで続くのではないかと思わせるほど視界一面を覆い尽くしていた。
もはや見慣れた部屋はそこには無く。当たり前のように人の姿は一つも見えない。
植物が風にさざめいている。
「ここどこだよ……」
目覚まし音が聞こえた瞬間パンチ一発、破砕音と共に重いまぶたを擦り目を覚ませばこんな所にいた。
状況が全く理解できない。
分かるのは、自分がおよそ想像もつかない危機的状況に陥っているということだけだ。
とりあえず歩けばどこかに着くだろうと思い込み、歩き始めたのが半刻前。人どころか鳥すら見かけない。すぐ近くにあった岩に座ったのが五分ほど前。
一樹は岩の上に寝転がった。
気持ちの良いほどに晴れた青空で、夏を思わせるほど巨大な積乱雲がゆっくりと風に流されていた。
「大学どころの騒ぎじゃないよなこれ。この体験を本にしたら売れ……る、か?」
これからどうしようかと悩んで空を仰いでいる一樹の視界に、一粒の黒点が現れた。太陽を背に、その黒点は見る見るうちに大きくなっていく。
「――ん?」
その黒点は落下を突如として停止した。目を細めて凝らし、よく見ればどうやら四本足で翼を持っている何かがそこにいる。
見たこともない形状をした動物が、今度はゆっくりと降りてくる。
「なんだなんだ?」
そしてあろうことか、降りてきた動物は一樹の腹の上に静かに降り立った。
「――トカゲ、じゃないよなあ。翼あるし」
後足で首を掻いている動物は、全身が蒼い鱗で覆われていた。大きさはせいぜいが子犬程度で、燃える様に紅く丸々とした瞳をしている。
鱗の手入れが終わった後、見てるほうが情けなくなってくるような短い尻尾をぶんぶんと振りながら一樹の腹を歩いて胸の上へと移動する。
一樹は胸に乗られる苦しさを忘れて、その行動をただ眺めていた。
動物が首を伸ばし、鼻と鼻がくっつきそうな位置で、みー、と小さく鳴いた。
「うおっ、鳴いた!」
一樹は鳴いたことより意外と可愛らしい声だったことに驚いて、動物を両手で持ち上げながら上体を起こした。
乱雑に持たれたことが気にならないのか、その動物はもう一度だけ鳴いた。
「おぉ、また鳴いた。なあ、お前どうやったらこの何も無い場所から人気のある場所にいけると思う?」
話しかけられた動物は言葉を理解しているのかしていないのか、小鳥のように首を傾げた。
別に答えを期待しているわけでもなかった一樹は落ち込むわけでもなく、目の前で抱かれるがままになっている動物を鼻で笑った。
それと同時、一樹の肩にぽんと手が置かれた。
全身で驚いて慌てて振り返ると、目の前には少女が立っていた。
「えっと……、何してるの?」
「え、俺?」
怪訝そうな顔をしながらそう問いかけてきた。
少女は銀を基調とした軽鎧に見を包んでいた。赤いラインが縁取られている。胸部や腰といった重点的な場所のみを保護し、防御よりも機動性を追求したようなイメージを受ける。
コスプレかな、と一樹はどことなくそう思った。
「何って、迷ったから休憩してたんだけど。って、それよりここはどこなんだ!?」
「どこって、ヨルダム平原だよ」
聞いたことが無い単語が出てきた。
完全にキャラに為りきっているのだろうか。
「いや冗談はなしにしてさ」
「冗談なんかじゃないよぉ。それより君、一人だといろいろと危ないよ?」
「危ないって、何がさ」
「ここら辺一帯は魔物が出て危ないから、帰ったほうがいいと思う」
帰れといわれても帰る手段が分からないのだから仕方が無い。
「……帰りたいのは山々なんだけどさ。電車とかどこにあるの?」
「デンシャ? 聞いたこと無いけど……、あっ、もしかしたら土地の名前?」
話がかみ合っていない。
キャラに為りきっていいところとダメな所があるだろうと聞こえないように呟いた。
一樹は正対して話そうと腰を軸にぐるりと回る。
遊んでもらえると思ったのか、抱えられたままだった動物は楽しそうにもう一度だけ鳴いた。
「なぁ、そろそろ真面目に話を、」
「……ベビードラゴン?」
「―――は?」
いきなり何を言うんだろう。
「ね、ちょっとその子見せて」
「え、あぁ良いけど」
そう言って一樹は手に抱いていた、少女曰くドラゴンを手渡す。
少女がドラゴンを受け取り体を調べようとした瞬間、ドラゴンがめちゃくちゃに暴れだした。
短い尻尾を立てて全身をくねらせ、一瞬の隙を突いて少女の手から離れるや否や一樹の頭の上に飛び移り、威嚇をしながら精一杯に体を大きく見せようとしている。
少し驚いた顔をしている少女は、
「やっぱり無理かぁ……」
「無理ってなにが」
頭の上で暴れられると地味にきつい。
「ドラゴンは人になつくことは出来ないの。君に懐いてるなら私も出来るかなぁって思ったんだけど、ダメだったみたい」
「え、俺めちゃめちゃ懐かれてるんですけど」
一樹は少女から視線をずらさずに、頭の上にいるドラゴンを持ち上げ両膝の上に置いた。
見れば見るほど信じられる気がしない。
ドラゴンというのはもっとこう、巨大で威厳あふれる姿なんじゃないだろうか。人々が畏怖し、且つ尊敬するような。
お世辞にもこいつにそんな面影があるとはいえない。
せいぜいがチワワに毛の生えた程度の迫力だ。
「――――」
少女は腕を組み、一樹とドラゴンを交互に見ながら物思いに耽っている。
年は十七か八あたりだろうか。
優しい目をしており、それが未だ幼さの残る顔立ちを更に際立たせている。肩にかかるほどの流れるような金髪を、きちっと後ろで結わえている。
金髪碧眼をしているから日本人ではないのかなと思う。
「――ねぇ、君名前はなんていうの?」
「俺? 榎本一樹」
「エノモトカズキ?」
「読みはあってるけど、そんな片言で言われるのは初めてだよ」
そう言われた少女はカズキ、かずき、と何度も復唱する。
しばらくして少女は自身ありといった顔で、
「カズキ」
「変わってないじゃん」
「もうっ、発音なんかどうだっていいの!」
じゃあ先ほどの練習は何だったのだ。発声練習だろうか。
「はいはい。それで、君の名前は?」
「リィナ・アークフェルト。リィナでいいよー」
「やっぱり外人さんか……」
「ガイジン? ねぇ、さっきから聞きなれない言葉ばかり言ってるけど、どこ出身なの?」
「日本だけど」
そこで少女は首を傾げる。
「やっぱり聞いたことない地名だ」
「聞いたこと無いって……、じゃあ今いるこの国の名前は?」
「ヘイムガルド」
こっちもそんな国聞いたことが無い。
ふと視線をおろすとドラゴンが体を丸めて寝息を立てていた。静かに上下する体からは警戒心が全く感じられない。
「どうやら話がかみ合わないみたいだね」
「残念ながらそうみたいだな。これからどうしよう……」
「――ね、そろそろ本当に魔物が出始めるし、とりあえずうちの隊に合流しない?」
「隊?」
「そう。今遠征から帰ってきてちょうどこの辺りにテント張ってるから。安全だし、そうしようよっ、ね!」
そう言いながらリィナと名乗った少女は踵を返し、寝息を立てているドラゴンを肩越しに一瞥して、
「そのベビードラゴンのことも知りたいし、さ」
結わえられた金髪をなびかせながら歩き始めた。
後ろ頭を掻き、一樹はリィナの遠ざかっていく背中を見ている。
どうやら自分にはついて行くという選択肢しかなさそうだ。
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