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第十七話:呪いの解除
 一樹は、勢いよくその場に腰を落とした。

「おーいダイナ、もう戻ってきていいぞー」

 天に向かって両手を伸ばし、ダイナを呼ぶ。しかし、ダイナは自由落下と自らの羽ばたきを駆使して凄まじい勢いで急降下してきた。
 受け止めれば死ぬ。
 そう思った一樹は両腕を引っ込めて避けた。
 急停止をかけたダイナが、不満そうに鳴きながら一樹の頭に着地した。

「お前、あれは誰でも避けるぞったく――」

 やれやれといった風で近寄ってきたロイドが、

「っあー、疲れたぁ! カズキー、俺をおぶってベッツまで行ってくれー」
「やだよ。あ、こらダイナ落ち着け!」

 ダイナは不満を一樹の髪にぶつけ始める。埃のかぶった頭をさらにぐっちゃぐっちゃにかき回す。

「でも、なんであの魔物倒せたのかな?」

 僅かに残る火の粉を払い、僅かな装飾のされた鞘に戻しながら、リィナが言った。
 一緒に一樹の位置に歩いてきたシュウが同じく大太刀を鞘に戻す。

「――カズキ殿、いつからあの魔物の苦手とする”熱”に気がついたのですか?」
「んー、確証はなかったけどついさっきだよ。ロイドに蹴り飛ばされた後くらい」
「あん時か。よく気がついたな」

 よく話が呑み込めていないのか、リィナはもどかしそうに両手を振るった。

「もー、皆でわかってないでよぉ! 私は何がなんだか分からないんだから!」

 ごめんごめん、と一樹は笑って振り向く。

「ほら、あの魔物ってリィナとシュウさんの攻撃効かなかったじゃないか」
「うん。当たる部位を霧にしてるみたいだったから……」
「でもロイドの弾だけは完全に避けてたでしょ? なんでかなー、とは思ったのはそれがきっかけだったんだよね」

 一樹はダイナをひょいと拾って膝の上に置いた。短い尻尾が左右に振られる。

「で、確信に変わったのはリィナが炎を出した時。あいつの怯え方がちょっと異常だったからね」
「そうだったんだ……。てっきり私が魔法を使えることに驚いたのかと思ってた」
「それだけ見たら俺もそう思ったかもしれない。だから、リィナの攻撃をどうやって当てるかを考えたんだけど、」

 ちらりとロイドを一瞥する。

「そこで俺様の登場ってわけよ。火薬をお前がぶった切ってもよかったんだけどよ、より広範囲に誘爆させて逃げ場を無くしたかったからな」
「あっ、だから私に爆風がこないようにしたんだ」
「あたりめぇだ。味方ごとやるかっての」

 シュウの感嘆するような溜息が聞こえる。

「その誘爆の合図として、カズキ殿とダイナ殿が奴の気を引いたわけですか」
「あ、いや、合図っていうか」

 しどろもどろになりながら、一樹はダイナを抱きかかえたまま巨岩から飛び降りた。
 足の傷を全く気にしていなかったので、着地と同時に情けない声が出た。ロイドが一樹の首に腕をまわして、

「そう、あれだ。なんでんなことしたんだよお前。危険なのはわかってただろうが」
「そうだけど……、皆ばかり危険な目に逢ってるってのが許せなかったんだよ」

 それを聞いたロイドはなにかを言おうとして口をあけたが、ついには何も言わずに口を閉じた。諦めたように首を何度か振った。

「……ま、過ぎたことだからいいんだけどよ。助かった事も事実だし」
「まあそんなわけで、あの魔物に一矢報いることができたんです。それより、シュウさんのあの技、何なんですか? 光ってましたけど」
「ああ、斬光剣ですか?」

 シュウは恥ずかしそうに頭をかいた。

「ベッツで私と口論していた方、あの方が私の師なんですが、免許皆伝の証だと教わった技なんです」
「魔法、なんですか?」

 リィナがどこかとぼけた声で問いかける。

「いえ、魔法程優れたものじゃありません。私たちは気と呼んでいますが」
「気、ですか?」

 気といえばやはりあれなのだろうか。
 丹田に力をこめて、離れた瓶などを粉砕する本当なのか嘘なのか確かめようがない、見えない攻撃。
 一樹は以前テレビでそれを見て以来、眉唾ものと思っている。

「ええ。それで、地脈にある気と私の気をこの太刀を媒介にして増幅し、対象となる相手に丸ごとぶつけるものです」
「ふーん、なるほど」

 うんうんとロイドは何度もうなずき、

「まったくわからん」

 同意である。
 それでも一樹は知ったかぶりを決め込んで、一応は理解したように見栄を張った。

「もちろん私の技は気ですが、高熱を纏ってますのであいつに効いたわけです。それより――」

 シュウは大太刀を地面に置き、三人に深々と頭を下げる。

「申し訳ありません、貴方達を危険に巻き込んでしまって……」
「なぁに気にしてんだよ」
「そうですよ、シュウさんが謝ることじゃないですよ。それに勝手に首突っ込んだのはこっちですし」
「ほらね、シュウさん。私たちは別にいやいや巻き込まれたわけじゃないんです。顔をあげてください」

 シュウは頭を下げたときと同じく、ゆっくりとした動作で頭をあげる。
 ロイドも一樹もリィナも笑っている。

「ありがとう……。この恩はけして忘れません」
「そんな、別にいいですってば」

 いやいやそんなわけには、いえいえいいですってば。
 一樹とシュウが完全な遠慮と謝罪が繰り返している最中、ロイドは思い出したように言葉を口にした。

「なぁ、そんなイタチごっこはほどほどにしてよ。ユイリだっけ、妹さんの様子見に行かなくてもいいのか?」

 ぴたりと言葉がやむ。

「そうですよ! 早く呪いが解けたか確認しに行かないと!」

 わたわたと一樹はその場を行ったり来たりし始める。面白いとばかりにダイナが鳴いた。
 シュウは細く長い息をついて溜息をついた。


――――――――
―――――
―――

 それから四人は急いで応急処置を済ませた後、下山した。
 到着した時には既に夜を迎えていて、溢れかえるほどにいた学生の姿はあまり見えなかった。現在はベッツの街に到着してシュウの家の前にいる。
 シュウが玄関の扉に手をかけてからすでに五分が経っている。仕方ないと一樹は思う。
 開けて元気な妹が迎えてくれるか、呪いに苦しむ妹が目に飛び込んでくるかのどちらかなのだ。開ける手が震えている。

「シュウさん」
「……分かっています」

 一樹の声に後押しされるように、シュウは扉を一気に開けた。
 目の前にあるのは、必要最低限の器具がそろった台所と、もこもことした履物に足を入れて歩いているユイリの姿だった。
 艶のある黒髪がすごく印象的で、幼くも目はどことなくシュウに似ていた。

「――お兄ちゃん?」
「ユイリ!」

 シュウは履物を脱ぐのも忘れて大太刀をほうり投げて、ユイリに抱きつく。

「え、ちょっ、待ってお兄ちゃん、後ろの人たち誰――!?」

 完全に動揺しているのか、ユイリは抱きつくシュウと一樹たちを交互に見ながら顔を真っ赤にしている。
 知らない人たちにいきなりこんな場面を見られたら自分だって赤面する。

「ああ、この人たちはな、お前の呪いを解くために一緒に戦ってくれた恩人だ」
「え……」

 それを聞いたユイリは、シュウから離れて一樹たち三人に向かってぺこりとお礼をする。

「えっと、私のために危ない目に逢ってしまったんですよね……。ありがとうございます。私はこの通り、元気ですっ!」

 流れるような髪を持ち上げて、ユイリはその細い腕を見せながら元気さをアピールした。
 年相応の、精いっぱいの笑顔だった。

「79、51、76ってとこか……。将来に期待だな」

 その笑顔と正反対の、極めて卑猥な笑顔のロイドを隠す様に位置どる。見るからに純粋そうなユイリにこんな奴の記憶は残したくはない。
 そもそもそんなものを測る眼力がなぜあるのだろう。
 ダイナも頭の上に乗せてロイドを隠したいが、今は袋の中で睡眠している。
 シュウは立ち上がり、もう一度頭を下げた。

「本当にお世話になりました。いつか、この恩を返したいと思います」
「いえ、だからいいですってば。それより、よかったですね、呪いが解けて」

 ユイリがほほ笑む。

「はい。これもみなさんのおかげです!」
「こら、あまりはしゃぐな。それで、カズキ殿達はこれからどうするのですか?」

 そう言われて、一樹は真後ろにいるロイドに視線を向ける。次いでリィナに向けた。
 二人はほぼ同時に頷いた。

「まぁ、王都に戻ろうと思います。目的が見つからなかったので……」
「目的、ですか?」
「信じてもらえなくてもいいんですけど、俺違う世界から来たんですよ。それで、その還り方を調べにベッツに来たんで」
「見つからなかった、というわけですか」

 ふむ、とシュウは物思いにふける。
 いきなり信じろと言われても無理な話だよな、と一樹は思う。
 まぁそんなわけなんで、と踵を返しシュウの家を出ようとした。

「――静寂の森」
「え?」

 自分の言葉をかみしめるように、シュウはゆっくりと続ける。

「静寂の森に、師の友人のご老人が住んでいます。本当は他言を許されていないのですが、その人はどこか違う世界からやってきたと話をされたことがあります」
「……本当ですか!?」

 一樹は目を丸くした。

「ええ。ただ、師が酔っていたときなので確証は残念ながら……」
「いえ、その情報だけでもありがたいですよ。ありがとうございます」

 今度は一樹が頭を下げた。
 ユイリがくすくすと笑う。

「なんの話か分からないけど……、御礼したりされたり大変ですね」

 そう言われて一樹は確かに、と頭を下げながら思った。
 どうせこのままなんの情報も得られないまま王都に帰るのならば、少しでも希望のあるほうに行こうと心に決めた。
 とカッコつけても、一樹はその森の場所を知らない。視線でロイドとリィナに尋ねるが、苦笑いが返ってきた。
 つまり誰も場所を知らないわけで。

「えっと……すいません。その静寂の森の場所ここに記してもらえませんか?」
「あっ、いいですよ」

 一樹はもそもそと腰の袋に手を突っ込んで地図を取り出す。
 シュウは机の上に備え付けてあった羽ペンを握り、静寂の森の場所を地図に描き記していく。そしてそれを眺めていたはずの一樹は、

「よーし、じゃあ今日は飲み明かすか!」

 ロイドの全く予期せぬ答えに目が点になっていた。全員の視線がロイドに集中する。

「いやだってよ、俺たちは魔物を倒してきたわけじゃん? んで、ユイリちゃんの呪いも解けたと。そしたら飲むっきゃねぇだろ」

 どういう思考回路をしているのだろうか。

「あのなぁ……そりゃおめでたいことだけど、病み上がりのユイリちゃんのことも考え――」
「いいですね!」

 今度はぽん、と両手を合わせたユイリに全員の視線が止まる。それにたじろいだユイリはとたんに小さな声になって、

「わ、私の体はもう大丈夫なので……みなさんが良いとおっしゃるなら、その……やりたいなー、なんて…」

 最後のほうはなんて言っているのか誰も理解できなかったが、沈黙を当然のようにロイドが破る。

「よっし、決定! そうと決まれば俺は早速買い出し行ってくるぜ!」

 そう言い残して、リィナと一樹が止める隙も与えんとばかりに嵐のようにロイドは飛び出していった。
 台風が通過して行ったあとのような沈黙。
 リィナはシュウに平謝りし、シュウは本当に大丈夫かとユイリを心配し、ユイリは体の元気さを全身で表現する。
 もはや飲む雰囲気になりかけていた。
 酒なんて久しぶりだな。そんなことを呟いて一樹は窓を見る。丸々とした月が、とてつもなく綺麗だった。
次は木曜日に上げると思います
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