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第十五話:黒い霧の正体
 四人は黒い霧の存在に気づいていた。
 明らかにおかしい。空気は乾燥しているし、太陽はいまだ真上に位置しているため土中からの放射冷却は起きていない。
 霧が出来るわけがないのだ。しかも黒い。

「マジか……眉唾もんだと思ってたんだけどな」
「リィナ、あんな魔物もいるのか?」

 リィナはその身に似合わぬ程の大きさをした剣をゆっくりと腰の高さに構える。

「ううん、あんなの見たことも聞いたこともないよ……」

 ロイドのほうを向けば、ロイドも霧から目を離さない様にして首を振って存在を否定した。
 ただ一人、シュウだけがその眼から憎悪の光を灯らせている。

「あれがユイリに呪いをかけた魔物……。カズキ殿!」
「な、なんですか!?」
「私が奴の気を引きます、その間に貴方達は逃げてください!」

 言うと同時にシュウは鞘から抜き身を露わにして、ゆらゆらと揺れ動く黒い霧に突撃し始めた。
 霧はその身を一層濃く燃やし、広範囲に広がっていた体を収束させていく。不気味な音とともに姿を変えていく。

「ちっ、なんで真っ向勝負しかしないんかねあの人は!」

 悪態をつきながらロイドは銃を構える。
 反動も凄まじいだろうに、体を水平に開いて銃床を胸に押しつけてろくに標準も決めないまま発砲した。
 乾いた音が響く。
 大気を切り裂きながら疾走する一発の弾丸。息する暇もなく、走るシュウの脇を通り抜け霧にその身を捧げんと接近する。
 しかし相手は霧である。斬ろうが裂こうが、意味はない。
 が、その弾丸が霧に直撃した瞬間、強烈な閃光があたりを包んだ。

「よっし、命中!」

 ロイドは得意げにどや顔をして、

「どうよ、俺特製の閃光弾! 魔術のおまけつきで効果は倍プッシュだ!」

 もちろんその閃光弾の被害を浴びなかったのは防御態勢をとっていたリィナとロイド、天性の勘で目を咄嗟にかばったシュウだけだ。
 一樹とダイナはもろにその光を浴びて、酔っ払いの足取りでふらふらしている。

「ローイードー、やるならやるって言えよこの……」
「いやあ悪い悪い。忘れてたわ」

 全く目が見えないので姿は見えないが、確実にロイドは反省していないだろうと思う。
 空中にいたダイナも殺虫剤をくらった蚊のように力なく地面に落下した。

「とりあえず効果はあったみたいだな」

 リィナは落ちたダイナの足を掴んで一樹に渡した。
 霧は閃光弾の余波を受けて、収束していたその体を四散させていた。すかさずにシュウが、

「助力はいりません! 早く逃げてください!」
「逃げるにしても、相手の正体も知らずに逃げられるかっての! 対策練りながらにげるわ!」

 負けじと大声を張り上げたロイドは一樹の腕を引っ張る。

「走れるか?」
「な、なんとか……。あー、くらくらする」
「よし、じゃあいったん戦略的撤退するぞ! シュウさんも来いよ!」

 返答を聞く前にロイドは駆けだした。リィナが、

「早く! 攻撃するにしても、作戦を立ててからで遅くありません!」
「………くっ!」

 シュウは再び身を収束させている霧をみやって、リィナに視線を戻す。そして霧に背中を向け、ロイドたちが去って行った方向へと走り出した。
 ロイドはちゃんと付いてくるか後ろをみやり、足のペースを緩める。リィナはその横を通り過ぎて先行する。
 シュウがロイドの横に並び、

「なぁ、あの霧に弱点とかあるのか?」
「…………無い」
「……あのよぉ、そんなんでどうやってあいつを倒すんだよ」

 ぼんやりと相手の表情が分かるくらいにまで視界が回復した一樹は、シュウの顔を見る。

「――弱点、知ってるんですよね?」
「あ? なに聞いてたんだよカズキ、こいつ今自分で無いって、」

 引っ張られていた腕を放してもらい、一樹は深呼吸をする。

「いや、知ってるよこの人は。妹を想う気持ちが、たったこれだけの時間で伝わってくるし、その人が半年もあの魔物討伐を先延ばしにしてたんだ。対策や弱点を知らないわけがないよ」

 ですよね、と一樹はシュウに笑いかけた。
 それを見たシュウはばつの悪そうに、小さくこくりと頷いた。

「……鈍そうに見えて、鋭いのですね、カズキ殿は」
「そうでもないよ。それで、教えてくださいよ、あの霧の弱点を」
「――教えれば貴方達は私に助力してくれる。しかし、そんな目には」

 シュウの言葉を遮るようにして、リィナの緊迫した声が全員の耳に届く。

「くるよ!」

 叫ぶのと同時、三メートルは優に超すであろう巨岩が爆散する。
 砕け散った破片をものともせず、巨岩を破壊した黒い影はこちらの進行方向をふさぐようにして立ちはだかった。

「閃光弾とはやってくれますね……。たかが人間風情が、この私から逃げられるとでも?」

 目の前にいるのは、金に輝く髪以外、全身を黒一色で染めている魔物がいた。
 パッと見は線の細い好青年だ。が、足を地につけていない事と、人差し指ほどの長さをした牙が、人ではないことを物語っている。不自然なほどに見開かれた紅き双眸が四人を凍てつく目つきで貫いている。
 風になびくマントをわざとらしく動かし、シュウを指さす。

「そこのあなた……、以前どこかで私と会いましたか? いつぞやの人間と同じ匂いがするのですが」

 足を止めたシュウは、真正面から魔物をにらむ。

「残念だが、私は貴様とは初対面だ」
「おや、そうでしたか。こんなに美味しそうな匂いを忘れるとは……私もまだまだなんですかね」

 余裕を持っているのか、くつくつと嘲笑する。
 柄を持つシュウの手にぎりっと力がこもる。

「貴様が……、貴様がァっ!」

 シュウは大太刀の切っ先を魔物に向けて突撃する。にやり、と魔物が笑う。

「ほう、私と戦う気ですか。――まぁいいでしょう、最近の運動不足を解消するために遊んで差し上げます」

 袈裟掛けに振り下ろした太刀筋を、魔物は片手でつかみ取る。
 再び発砲
 魔物は弾丸の発砲音に気が散ってしまったのか、手の力が抜ける。シュウは弾丸を避けた魔物の隙をつき、刀を滑るように魔物の左肩へと吸い込ませた。追加と言わんばかりにリィナは隙だらけのどてっ腹に剣を突き刺す。
 魔物といえど生物である以上逃れられない致命傷。
 やけにあっさりしているな、と一樹が思うと同時、魔物が天を仰いだ。

「ふふ……ふふふふ……。いつまでその体勢でいるのですか? 私に攻撃が効いていないことなどすでに分かっているでしょう」

 そう言って魔物は出鱈目に両手を振るった。

「っ!」

 リィナとシュウは寸でのところでその攻撃を避け、距離をとった。

「シュウさん……」
「あぁ、分かっています。情報通り、やつを斬った手応えがない……」

 リィナは口惜しそうに魔物をにらむ。

「そう、霧に何をしようと無駄なように、私に攻撃は通用しません。せいぜいが先ほどのように奇襲で身体を四散させることくらい……。つまり、あなた方は逃げ惑うしかないのですよ」

 魔物の両腕が霧になり平面状に変化する。ゆっくりと幅を広げていき、体の三倍ほどまで肥大化させた。
 霧の腕を振るう。
 離れた位置にいるロイドと一樹が一瞬怯むほどの突風を巻き起こし、霧はリィナとシュウに接近する。リィナはそれを屈んで、シュウは後ろに飛びのいてそれぞれ避けた。

「くそっ、攻撃が通用しねぇとかアリかよ!」

 悪態をつきながらロイドは二連続けて発砲する。薬莢が宙を舞い、地面へと落下していく。
 それを完全に見切り、魔物はすれすれの所で弾丸を避けた。と、魔物の腹部が肥大する。
 ロイドはがむしゃらに横へ跳び伏せた。
 魔物が口から白い球体を射出する。一秒前までロイドがいた場所、その背後にあった岩に直撃。爆音と共に貫通し、ぽっかりと穴が開く。
 それを見たロイドが、

「……こっわ」

 正直な感想を洩らしていた。

「おいカズキ、お前は安全な場所いってろ!」

 そう言ってロイドは銃口を魔物に向け狙いを定める。
 効かないとわかっていても戦うリィナとシュウを補助するため、二人に当たらない位置かつ魔物の死角に発砲。
 それすらも避けられる。

「おいカズキ! 聞いて――」
「……ちょっと待て、おかしくないか?」
「あぁ? おかしいのはお前だ! さっさと避難し、」

 言葉の途中でロイドは一樹を加減せずに蹴った。
 一樹の身体はくの字に折れ曲がり、離れた岩の所まで吹き飛んだ。一樹のいた場所を白い球が通過する。

「っ、げほっ!」

 腹を抱えて一樹はうずくまる。

「悪い、加減する暇がなかった! あとで殴っていいぞ!」

 ロイドのそんなセリフは耳に届いていない。
 胃から食べたものがこみ上げてくるのを気力で我慢して、片膝をつきながら先ほど感じた違和感を頭の中で展開させる。
 もしかしたら、あの魔物は―――。
次は火曜日にあげると思います


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