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第十四話:ツベル山の震動
 結局のところ、シュウと合流することはできなかった。ツベル山への道は一つではないことも理由の一つのなのかもしれない。
 今一樹たちはロイドを先頭に山道を登っている。
 この山の特徴としては、山の命ともいえる草木が著しいほど少なく、代わりに身の丈をはるかに超すほどの巨岩が所狭しと行く道をふさいでいる。

「油断してると転びそうだな……、っと!」

 言っているそばから石に蹴躓いて一樹は転びそうになったが、近場の岩を掴んでなんとか事なきを得た。
 ダイナは袋に入れられていないことを大いに喜んでいるのか、きりもみ回転しながら上昇と下降を繰り返している。

「それにしても、こう岩多いと動きにくいな」
「もう少し見通しのいい場所に行きたいね」

 全くである。
 進めど進めど岩ばかりであると、同じ場所をぐるぐる回っているのではないかと心配になる。そうならないために一樹は先ほどから目印となる岩の亀裂に、ロイドから借りたナイフで荒削りした枝をつっこんでいる。
 我ながらいい案だ。
 本来ならば太陽の角度や遠距離にある物体を目指して歩くなどの迷わない方法があるのだが、一樹はそれを知らない。

「でも、シュウさんはどこだろうね……」

 最後尾にいるリィナが後方を振り返りながら言った。

「さぁなぁ。もう魔物を倒してたりしてな」
「良いことじゃないか、そうすれば妹さんも呪いから解き放たれるだろうし」
「……本当にそうなのかねぇ。魔物倒しても解けない呪いだったら、どうすんだか」

 身も蓋もない意見である。
 その時はその時で、また違う方法を探すだけである。諦めたりなど、絶対にしないしさせない。

「しっ、二人とも静かにして。あっちのほうから変な音しない?」

 リィナが口に人差し指を当てて、右方のほうに耳を傾ける。
 ほぼ反射的に無言になったロイドと一樹も、つられるようにして同じ方向に神経を集中させた。
 獣の咆哮と、鋼と鋼がぶつかり合う音。次いで何かが破砕される轟音。
 誰かが魔物と戦っている。

「シュウさんか!?」
「わかんねぇ、でも行くしかねぇな」
「早くいこ!」

 三人は本道から拳ほどの大きさをした砂利道に飛び出し、戦闘音のする場所へ一秒でも早く到着するよう駆けた。
 足場がぐらつく。そのたびに一樹は体勢を立て直すが、ロイドとリィナは慣れた足取りでどんどんと先に進んでいく。

「カズキ、無理すんな! リィナ、お前は前方からいけ。やることはいつもと同じ、いいな」

 肩越しに振り返ったロイドが的確に指示を出す。
 リィナはこくりと頷いて返事をし、ただでさえ距離の開いている一樹を取り残すように速度を上げた。
 それを確認したロイドは左方向へ大きく曲がり、戦闘がおこなわれているであろう場所に遠回りするように動いた。

「はや……」

 そんなことを言っている場合ではない。
 無理するなと言われても、この件を受けるはめになった原因は自分である。その自分が安全地帯にいて、二人を危険な目に合わせるわけにもいかない。
 しかし気持ちだけで能力が上がるわけもなく、一樹の視界から二人の姿が消えてしまった。

「くそ……情けないな、俺」

 それでも一樹は走る足を止めない。

 ――身体能力とか知略とかが長けるんだって。

 リィナの言葉が言葉に深く突き刺さる。どこがだよ、と一樹は思う。
 身体能力も知略も自分にはついていないではないか。あるのはせいぜい病気にならない身体程度で、自慢できるものじゃない。
 下唇をかみしめる。
 同時、強烈な爆破音が一樹を襲った。

「おわっ、たっ、た」

 抵抗むなしく、一樹は鼻から転んだ。
 一瞬だけ口の中に血の味が広がって、一樹はすぐさま顔をあげた。

「な、なんだよ今の……」

 きりもみ回転をやめたダイナが一樹の顔の脇まで降りてきた。間髪入れずダイナの身体を脇腹に抱え、轟音のした方向へ走りだした。
 もはや帰り道など考えずに、何度転んだか分からないくらいになって、ようやくリィナの姿を確認できた。次第にロイドの後姿も確認でき、二人の真ん中には腰をおろしているシュウの姿もあった。

「……貴方達の仲間ですか」
「そうです」
「意外と遅かったなカズキ。……なんでそんな埃だらけなんだ?」

 ロイドが頭のうえにいくつもクエスチョンを作っているように見える。

「ああ、これは転んだから――って、それより、さっきの爆破音なんなんだ!?」

 カズキは三人の身体を確認する。
 怪我をしているのはシュウ一人で、しかし手の甲に擦り傷程度があるくらいだ。ロイドとリィナは無傷。

「爆破って……、あぁ、あれのことか」

 ロイドが指さす方向を見れば、黒くぷすぷすと音をたてている物体があった。もしかして、と思う。

「え、リィナが魔物燃やしたの――?」
「ちがっ、」

 ロイドはリィナの言葉を遮るように、

「そうそう。俺の銃の火薬と、前に言ったこいつの武装の火薬を魔物の頭からかけて、リィナの魔法で、」

 ロイドも言い終わる前に、左の頬をリィナに張り飛ばされた。
 にやにや顔のまま横に吹っ飛んだので、ものすごく不気味だった。

「確かにロイド君の火薬は使ったけど……、でもあそこで焦げてるのは魔物じゃないよ! 落ちてた木材なんだから!」

 ですよね、とリィナはシュウに同意を求めた。
 と、シュウの顔から笑みがこぼれる。

「ふっ……ははははは! 面白い方たちですね」

 シュウは胡坐をかき、

「カズキ殿、と言いましたか。リィナ殿の言うとおり、あそこで燃えているのは木材です」
「あ、やっぱりそうですか」

 肉が焼けるいやなにおいはしていないので、獣が焼かれていないとはすぐに分かった。燃えているものの正体までは分からなかったが。

「でもなんで木材なんか燃やしたの?」
「あれだよ。昔っからのリィナの癖なんだよ」

 おーいて、と左頬をさすりながら立ち上がってきたロイドが説明する。

「こいつさ、剣の腕悪かねぇのに無駄に殺すのが嫌なんだってさ。そりゃ虐殺はよくねぇけど、こいつの場合すべて逃がすんだよな。今回もそう」
「へぇ……優しいんだな」
「えへへ」

 リィナは頬を紅潮させて頭をかいた。

「でもよ、人間に害与えるやつを討伐しに行ったのにそいつ逃がすのは問題だと俺は思うわけよ」

 それに対してはリィナも何か心に思うことがあるようで、

「う……それは、そうだけど。かわいそうなんだもん」

 まぁ別に今さらだけどな、とロイドはつぶやいた。
 そしてカズキは胡坐をかくシュウの真ん前にしゃがみ込んだ。

「あの、シュウさん」
「なんですか?」
「貴方の事情は、あのご老人から聞きました。妹さんを助けるために呪いをかけた魔物を倒すって」

 シュウの表情から微笑みが消え、感情を全く感じさせない無表情に変わった。しかし一樹には何も言わないで、じっと瞳の奥底を見つめている。

「それで、俺たちにも手伝いをさせてください」

 ロイドもリィナも、一樹の言葉の返答を待っている。
 永遠ともとれる、実際には三十秒も経っていないほどの濃密な沈黙が過ぎ、シュウは両ひざに肘をついてうつむいた。
 静かだが重い声で、

「……駄目だ」
「……なんでですか」
「先ほどの助太刀は感謝しますが、昨日も言った通り貴方達はこの問題とは無関係だ。変なことに首を突っ込まないでください」

 明らかな拒絶。
 一樹は首を振る。

「変なことじゃないですよ。あなたにとっても、妹さんにとっても、シュウさんを心配していたご老人にとっても、大事な問題です。そして、俺たちにとっても」

 そこでようやくシュウが頭を上げ始めた。左から順に、リィナ、一樹、ロイドの順番で顔をまじまじと見やり、溜息をついた。

「――それでも、駄目だ」

 シュウは大太刀を支えに体を持ち上げ、立ち上がる。腰に付いている埃を落とし、はっきりとした口調で噛みしめるように口を開いた。

「もう、付いてこないでください」

 反論の隙を与えないよう、シュウは踵を返し歩き出す。
 そうして一歩を踏み出し、二歩目を踏み出すことはなかった。足を中途半端なところで止めるのでどうしたのかと思えば、視界の遥か先にゆらゆらと動くものがあった。
 黒い霧だった。
次はおそらく土曜日にあげます。
不定期ですいません


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