壱の二 大猿、斬る!! ―2―
右目を縦に斬られた大猿に対し、全身を強く強打され、すでに息も絶え絶えのナナシ。
「……こんなトコでヤられるわけには、いかないんだよ…!」
ナナシは自身に激を飛ばすと、刀の柄を両手で強く握る。
その姿に猿はドスンドスンと跳ね、その勢いで地面を蹴り飛び掛かる。
それに対し、左に跳び木の影に隠れる。
『逃げていては倒せんぞ』
ギンの嫌味にナナシは黙って構える。
腰を落とし、左下段に居合斬りのような姿勢をとる。
猿は力まかせにナナシが隠れる木を薙ぎ倒し、姿をとらえる。
一瞬、木が薙ぎ倒されると同時に放った左からの横一閃が、猿の腹部を横一文字に切り裂いた。
猿は腹部を襲う痛みに動きを止めた。
その隙にナナシは地面を蹴り跳躍すると、大きく振りかぶった刃が猿の頭部を襲う。
野性の超反応は刃に反応し、刀の腹を右平手でハエを叩くように払う。
その勢いで、ナナシは猿の目の前にうつぶせに倒れ込む。
『おい!起きろ!』
ギンの声に指先をピクリと動かす。
猿は、もちろんただ眺めているわけがない。
右足を持ち上げると、一気にナナシの後頭部に踏み下ろす。
左手で地面を強く押し、反動でゴロリと仰向けに転がり、なんとか右足を回避した。
だが、右足を踏み込んだ勢いを左拳にのせ、振り下ろした。
『ワシの腹を前に出せ!』
ギンに言われるがまま、刀の横腹で左拳を受ける。
『ぐわっ!!?』
衝撃で刃がしなる。
「ギン!?」
『ぼっとするでない!距離を空けて体制を…』
刀の振動が弱まる。
猿の左拳が刀から離れた瞬間にゴロゴロ横転し、距離を空けた。
木にもたれ掛かりながら立ち上がると、刀を目の前に掲げる。
「ギン!大丈夫か!?」
刀は弱々しく振動する。
『だ、大丈夫だ。それよりヤツもさっきのが効いとるみたいだの?』
ギンの言葉に猿の方を見ると、腹部からの大量出血からだろうかフラフラ足元がおぼつかない様子だ。
「…よし!」
ナナシは刀を右肩に構え、両手で柄を握る。
『また突進するつもりか?ヌシのそれは死んでも治らんのー』
ギンの言葉にナナシは鼻で笑うと、思い切り地面を蹴る。
猿はよろけながら立ち上がるが、目眩から尻餅をつく。
「首もらったー!」
下半身を捻り、回転力を加え、刀を首もとへ払い斬る。
――刃は首をとらえ……
刀は空を切った。
猿は刃が首をとらえ、襲い来る瞬間、後方に上半身を寝転がし回避した。
「なら、もう1回」
ナナシは刀を背面に大きく振りかぶり、猿に飛び掛かる。
「…!?」
猿はすでに事切れていた。
恐らく尻餅をついた辺りで大量の出血により絶命していたのだろう。
――呆気ない幕切れ
『ふぅ、ヒヤヒヤさせおって』
「全くだ」
『ヌシの事だ!』
地面に刀を突き立てると、まばゆい光の後、刀は少女の姿に戻った。
同時に体が前のめりに倒れ込む。
「おっと…」
「……」
ナナシに受け止められたギンは、優しく笑いかけると目を閉じた。
――――――
数日後、大猿を退治したと言う話は茶屋から広く知れ渡って行った。
「おやじ、団子」
「へいっ」
三度笠に陣羽織りの青年は茶屋の表の長椅子に腰を下ろす。
「噂に聞いたんだが、森のバケ猿、退治されたんだって?」
「へぇ、刀も持たない着流しの男ですがね」
「なっ!?刀を持たないでか?」
青年は驚いた。
当然だ、何人もの武芸者を喰った大猿を、刀を持たない男が倒すなど信じられるハズもない。
「あと、十くらいの可愛いらしい娘さんを連れとりましたよ」
「はぁ…?」
――――――
「のう、少し休まんか」
ナナシの後ろをトボトボ歩くギンが、今にも倒れそうなほど弱々しく言った。
「さっき、うどん食ったろ?」
「ヌシと違っていろいろ体力を使うのだ。」
ナナシは頭をかきながら、ため息一つ。
「何食いたい?」
「う〜む………、お!」
街道沿いに並ぶのぼりを指差す。
「えっ?そば!?」
「そうだ!麺と言うヤツはスゴイな!万能だ!」
乗り気のギンに手を引かれ、苦笑しながらナナシは歩きはじめた。
《続く》 |