終 地平線は遥か遠く…
季節はめぐり、あの出来事も遠い過去になりはじめていた。
天津華神社の石畳を、栗色の長い髪の巫女が竹ぼうきで掃いている。
楓はあの後、剣を置き、再び天津華神社で巫女として働きはじめた。
照り付ける陽の光を左手で隠し、空を見上げる。
「今日も良い天気で何よりだな」
清楚な外見とは裏腹に、口調は相変わらずのぶっきらぼう。
石畳を急ぎ走る足音に目を向けると、少女が駆け寄って来ていた。
歳は、十五、六。
身長は五尺ほど。
栗色の長い髪を編み、格好は淡い黄色の着流し。
左腰に使い古された木刀を差している。
楓の前に立つと、少し呼吸を整え、話出そうと口を開いた。
「母様!……うぅっ」
急いで走り、胃を揺らしたせいか、内容物が逆流しそうになり、両手で口を塞ぐ。
少女は嘔吐感を堪えると、顔を上げた。
「そんなに急いでどうした?剣の稽古なら、明日にな。今日は忙しい」
「いえ!実は、剣術修行の旅に出ようと思います!」
少女の言葉に、楓は深くため息をつく。
一度言い出したら聞かない事はわかっていたため、止める事は考えなかった。
「いつ?」
「今日!」
「今日!?いや、いくらなんでも急過ぎだ!」
少女はその言葉に、ニヤリとさせ、文を渡す。
文を広げ読みはじめると、楓は再びため息をついた。
「真吾が許したのなら、仕方ないな。無理はするなよ?」
「はい!それでは!」
「ま、待て待て!路銀はあるのか?」
少女は懐から、ジャラジャラと音を鳴らす布袋を取り出す。
「父様に頂きましたから」
「全く、紅葉には甘い」
紅葉と呼ばれた少女の頭を優しく撫でると、こくりとうなづく。
「では、行って来ます!」
紅葉を見送ると、楓の後ろから声が聞こえた。
「行ったようですね」
楓は声の方に向き、ため息を一つ。
そこにはニコニコ笑う、白装束姿の真吾が立っていた。
「誰に似たのか」
「そうですね」
真吾は楓を見ながら、相変わらずニコニコしている。
何か言いたげな笑顔に、楓は睨みつける。
「何か言いたそうだな」
「いえいえ」
パタパタ手を振ると、真吾は仕事に戻った。
楓は紅葉の向かった先をしばらく見た後、掃き掃除に戻った。
――――――
紅葉は街道を行く宛ても無く、気ままに歩いていた。
都の外を出る事があまりないため、目につくモノ全てが新鮮に映る。
しばらく歩くと、道端に妙なモノを見つけた。
道端の草むらに、大の字になって倒れている少女。
不審に思いながらも、銀色の髪や着ている紅い着物にひかれ、近付いた。
少女は目を閉じ、寝息を立てている。
「こんなところで?」
紅葉の言葉に、少女はゆっくり目を開けた。
「……ん」
体を起こすと、両手を高く上げ、背筋を伸ばす。
首をグリグリと回すと、少女は紅葉を見た。
「ワシに用か?」
「ワシ……?」
少女の妙な言葉使いに、紅葉はクスクス笑う。
紅葉の態度に、頬を風船のようにぷくぅとふくらませる。
「顔を見るなり笑いおって、失礼なヤツだのう」
「だって言葉使い、変だよ?」
紅葉の言葉に、少女はさらにふくれる。
「生まれつきなのだ、仕方なかろう!」
少女は立ち上がると、着物についた葉っぱをパンパンと払う。
「ヌシの髪、綺麗な色をしておるの」
「ありがとう。でも、あなたの髪も銀色で綺麗だよ」
少女は紅葉の回りをグルリと一周すると、腕を組み考え込んだ。
少女の奇妙な行動に対し、楓は不思議そうな表情を浮かべる。
「どうかした?」
「ん?うーん、ヌシ、どこかで会ったか?」
「はじめて会った、と思うよ?」
少女は考え込みながら、紅葉を見つめていた。
「ところで、こんなとこで何してたの?」
紅葉の問い掛けに、少女は首を横に振る。
「わからん。気付いたらここで寝ていた」
少女を見捨てるわけにもいかず、ある結論を出すと、楓はうんっと大きくうなづいた。
「じゃあ、家まで送るよ!行こっ!」
少女の手を引かれ、街道を歩きはじめた。
「強引なヤツだのう。 いつだったか、ヌシのようなお人好に世話になった気もするが…」
少女は思い出しそうで思い出せない、そんな気持ちの悪い感覚から解放されようと、必死に記憶を探る。 紅葉は、その姿を横目で見ながらクスリと笑う。
正面に向き直ると、少し先の街道沿いに茶屋を見つけた。
「あ!茶屋があるよ。寄って行かない?」
紅葉の言葉に、少女はうんうんと何度もうなづき、瞳をキラキラさせた。
その様子を見て、楓はニッコリ微笑むと、ある事を思い出した。
「まだ名前言ってなかったよね。私は楓、よろしく!あなたは?」
「ワシは……
2人の歩く道、地平線は遥か遠く…
新たな旅は、
はじまったばかり……
斬るのみっ!!
―終幕― |