七の一 “負”を抱く山
楓とギンの目指す地、天津華周辺で最も大きな力を持つ地神玉のある山、天仙山。
伝承にあった言葉“負の固まり”とは、恐らく地神玉であろうと考えた。つまり、それを破壊し、負の力を弱めれば、妖の力も弱まる。
ただ、地神玉は霊子集合体。同程度、あるいはそれ以上の力を宿す道具でなければ破壊不可能。
「斬る」
「はっ?」
ギンの今までの地神玉の説明に対し、楓は、まるで理解していないのか、ただ一言、そう言った。
地神玉を破壊する方法を思い付かないまま出発し、後わずかで目的地に着こうと言う段階で出た答えが、楓の言うそれなわけだ。
「斬る、にしてものう。ワシもアレを斬るほど力は無いしのう」
ギンの言葉に、楓は不思議そうな表情を浮かべた。
「斬る力が無いって、ギンはそもそも刀を持ってないだろ」
ふぅー、とため息をつくと、ギンは目を閉じ、顔の前で手を組み、念じるように険しい表情を浮かべ低くうなる。すると、ギンの体がまぶしく光った。
光が落ち着くと、そこには刀が地面に突き刺さっていた。
実のところ、刀に変化する時に組む印に意味は無く、あえて言うなら精神集中のためのモノらしい。
そのため、気分でコロコロ変わる。
地面に刺さった刀が、軽く振動する。
『紅銀狐は自身を武器化できる。あの村に居たのなら話くらい聞いておろう?』
「へぇ、刀になれるのか。霊狐って便利だな」
『…はぁ。まあいい、つまりだ、紅銀狐のワシでもアレは斬れん。策無しだ』
刀が光ると、再び少女の姿に戻る。
「策、か……ある」
楓の発言に、ギンはいぶかしげな表情を向ける。
その表情に、ふふんと笑みを浮かべ、鞘から刀を抜き、顔の前に掲げる。
「聖霊刀・白華。聖獣の力を宿す刀だ」
「なるほど、その刀は聖霊刀だったわけだな。妖魔を斬れたのはそれでか」
陽に当てられた刀身は、白く輝き、刀と言うより芸術作品と呼ぶにふさわしい美しさ。
ギンは美しい刀身を眺めながら、疑問が浮かんだ。
「その刀、どうした?」
楓は刀を鞘に戻すと、視線を泳がせ、ぼそりとつぶやいた。
「神社から、その……か、借りてきた」
「タヌキの上に、盗っ人か?呆れたヤツだの」
呆れ顔のギンに、楓は顔を茹でダコのように真っ赤にして反論する。
「借りただけだ!後で必ず返す!」
「盗っ人猛々しいのう、皆そう言うのだ。真吾に謝るのだぞ?」
「わ、わかってる」
そんな話をしながら、山から流れる強い霊子が生む濃い霧を払い、地神玉のある場所を目指していた。
◆
天仙山の山道入口にたどり着いた辺りで、ギンが不調を訴えしゃがみ込んだ。
地神玉の力に、ギンの霊力が反応している。
「ギン、大丈夫か?」
余裕を見せようと微笑むが、ぜぃぜぃと荒く呼吸するその姿からは、一切の余裕は見られない。
「ここで休んでろ。後は、私がやる」
「……」
ギンは、何か言おうと口を開くが、今の体調で無理をしたところで足手まといにしかならない事を悟り、小さくうなづく。
悔しそうな表情のギンに近付き、しゃがむと頭を優しく撫でた。
「地神玉を壊せば、兄様は元に戻る。そうしたら2人で兄様を探すぞ!」
楓はニッと笑うと、ギンもそれにつられ笑顔を浮かべた。
立ち上がると、天仙山を見上げ、頬を平手でパンパンと叩き、ゆっくり歩きはじめた。
――――――
山道を歩いていると、妙な事に気付いた。
道端に無数に転がる人と妖魔の死体。
「刀を提げてる。武士ばかりだな。妖魔は大小無差別か…」
死体の山は、この時代たいして珍しくは無い。
しかし、そこに転がる死体の数は異常と言える。
死体の無い場所が無い。
言い知れぬ不安が、楓の全身を震わせる。
以前ギンから聞いた志郎の言葉。
『世を地獄に変えた人を殺し、妖を殺し……』
世を地獄に変えた人。戦場を経験した志郎にしてみればそれは、刀を持つ者。 考えたくはなかったが、この死体の山を築いたのは、志郎である可能性が極めて高い。
「兄様、あなたは…」
その先の言葉を飲み込むと、不安げな表情のまま、目的地へ急いだ。
《続く》 |