伍のニ 女、二人
ギンは、裏山での事、左目の事、妖魔を討った事、そして、志郎が妖魔に成り果てた事を告げた。
「兄様が、妖魔に…!?」
「…ワシは、志郎との約束を果たさねばならん」
「…約束…?」
ギンは立ち上がると、小屋の戸へ歩き出した。
「力に飲まれた時、ワシが止める、と」
「止める……殺すつもり、なのか?」
楓の言葉に、ギンは肩を震わせた。
「ギンは兄様の事……好きだったのだな」
その言葉にギンは首を横に振る。
「志郎を元に戻してやりたい!もう1度、笑いかけてもらいたい!頭を撫でてもらいたい!抱きしめてもらいたい!
妖魔になろうとも、志郎の事が……好きだ!」
楓はギンに歩み寄ると、頭を優しく撫でる。
「私も兄様を、元の優しい兄様に戻したい!きっと方法はあるさ!」
楓の笑顔に、ギンも笑顔で返した。
――――――
楓の提案で都に向かう事にした。
その提案とは、神官に聞くと言うもの。
あまりの短絡さに、ギンは呆れたが、他にないためそこへ向かった。
「のう、ヌシは神官になる勉強しておったのだろう?」
ギンの言葉に楓は明後日の方を向く。
「…とんだタヌキ娘だな」
「ち、違う!妖魔退治のためと、剣術を習っていたら……いつの間にか、師範にされてしまって」
楓は口をモゴモゴさせながら言った。
「ヌシの事は、これからタヌキと呼ぶ」
「やめろ!」
◆
草木のざわつきに2人は足を止めた。
妖魔のまがまがしい波動が、辺りを覆う。
「出たな!」
楓は刀に手をかける。
正面に現れたのは、水虎と呼ばれる妖魔。
水虎
水辺周辺に生息する下級妖魔で、全身が藻やヘドロでできた藻人形。
知能はなく、近くにいる生物を手当たり次第襲う。
「よし!ワシが刀に…」
ギンが言い終わる前に、楓が動いた。
低い姿勢から抜刀された、柄も鍔も白い刀が、水虎の両腕を一瞬で斬り落とした。
「な、にっ!?」
ギンは驚きの声を上げた。
妖魔は人の作った武器では殺せない。
斬る事はできても、瞬時に回復してしまうハズ。
楓の放つ刃は、水虎をダルマ落としのように刻んでいく。
「これで、最後!」
水虎の首を跳ね飛ばし、刀についたヘドロを払うと鞘に戻した。
「ヌシ、志郎より強いの。ワシは必要ないの…」
ギンはがっくり肩を落とすと、トボトボ歩き出した。
「な、なんの事か知らんが、必要ないなんて事はないぞ!」
楓は、落ち込むギンを追いかけた。
――――――
あれから数時間、辺りを暗闇が覆っていた。
ギンは慣れた手つきで火を起こした。
「随分手慣れてるな。野宿生活が長いのか?」
楓の言葉にギンはため息をついた。
「ワシは狐だぞ?野宿も何もそれが普通だ。火起こしは志郎に教えられた」
その話を聞くなり楓は固まった。
「ギンて狐だったのか!どうりで着物が自然に直ったり、しゃべり方が変だったりするわけか」
「着物はともかく、しゃべり方についてはヌシに言われたくないのう」
ギンの言葉に、楓はクスクス笑う。
「変、だよ?」
楓は笑いながら言った。 その態度に頬をふくらませた。
「ヌシも、志郎も礼儀を知らんのう!」
「志郎、か……。
なあ、兄様の事、話してくれんか?」
楓は焚火を見つめながら、言葉をもらした。
「そうだな……」
優しく微笑むと、話はじめた。
「志郎はのう、助平なヤツだな」
「はっ!?」
話の頭にあんまりな言葉を聞かされ、楓は低く声を上げた。
「最初出会った時も、いきなり抱き着かれ、その後も事あるごとに人気のないところに連れ込む始末」
楓の表情が暗くなる。
「兄様をこんなにも慕う私を放って、このようなチンチクリンの狐娘に手を出していたとは…」
その言葉にギンは楓を睨みつける。
「貴様!狐娘はまだしもチンチクリンだと!?」
「背も低いし、胸はペタンコ。チンチクリン以外の言葉が見当たらん」
ギンはいよいよ本気で怒り、楓に飛びかかる。
「乱暴娘に言われたくないわ!」
「言うな、ヒヨッ子狐!」
「タヌキ娘!」
「なんだとーー!」
2人のケンカはしばらく続いた。
◆
荒く息をしながら、仰向けに寝転がり夜空を見つめた。
「ギン…」
「なんだ、タヌキ娘」
楓は込み上げる怒りを飲み込む。
「兄様の、どこに惚れたのだ?」
「……優しい、ところ」
ギンは恥ずかしそうにぼそりと答えた。
「…そうか」
「ヌシは、兄弟なのだろう?」
楓は無言のまま、夜空を見つめた。
夜空を、尾を引きながら2つ、3つ、流れ星が流れるのが見えた。
「兄様以外、歳の近い男を見た事がなかった。田舎など、どこもそうだ」
「都には星の数ほどおるだろう?」
楓は鼻で笑った。
「どいつもこいつも、腑抜けばかりだ。真の漢は兄様しかおらん」
「ヌシが勇まし過ぎるのだ。昔は巫女をしていたと志郎から聞いたぞ?」
楓はゆっくり体を起こすと、寝転がったままのギンを見た。
「私も兄様と旅がしたかった。ギンがうらやましい」
すると、ギンも体を起こし、うつむく。
「妖魔になっていく姿を見る事になってもか?」
楓は立ち上がり、空を仰ぐ。
「あー!構わない!ギン!お前だってそうだろ!」
夜空に叫ぶ姿を見て、ギンは鼻で笑う。
「バカ兄弟に好かれてしまったモノだ」
「何か言ったか?」
ギンは手を振って適当に合図すると、横になり目をつぶった。
楓も同じように寝転がり、夜空を見上げる。
「兄様、必ずや楓が元に戻す方法を見つけます。それまで辛抱して下さい」
ゆっくり目を閉じた。
《続く》 |