四のニ 妖魔、斬る!! ―2―
廃坑内に響く足音。
ギンは、志郎が戦っているであろう巨大空間に向かい走っていた。
「あのバカモノ!勝手な事ばかり言いおって!」
目に涙を溜め、荒く息をしながら、それでも走る足を休ませる事はなかった。
◆
別れ道に差し掛かる。
ギンは志郎に手を引かれていたため、どちらを通ったかサッパリ覚えていない。
落ちていた錆びた刀を拾うと、地面に逆さまに立て、柄に指を置く。
「さあ、どっちだ?」
指を離すと、刀は左の通路側に倒れた。
「左……」
ギンは刀の示す左通路へ向かった。
◆
それからすぐ、狭い空間にたどり着く。
「右だったか…」
岩壁には何か彫られた後がある。
近付いて目をこらす。
『く・い・た・い』
食いたい。
炭坑夫が飢餓に苦しんで刻んだのか、それにしては力強く壁深くまでえぐられている。
「よくわからんな。とりあえず今はナナシ……いや、志郎だったな。志郎のところへ行かねば」
そこを出ると別れ道へ急いだ。
――――――
妖魔は左腕を肘辺りから斬り落とされ、しかしなお口もとはニヤついている。 対する志郎は、腹部に一寸ほどの穴が横並びに3ヶ所空き、大量に出血している。
「そろそろ限界かい?結構楽しかったぜ?兄ちゃん!」
逃れられない死を感じた瞬間、体内の血液が沸騰する感覚が伝わる。
妖魔は、口を三日月のようにさせ笑い声を響かせた。
「やっぱりだ!兄ちゃんもオイラと同じだよ!
刀を持ち、人を斬り、その悲鳴を浴びる!サイコーの快感を感じるんだろ!?」
ふいに襲う空気の衝撃に上に高く跳ぶ。
「オイラとした事が、やっちまったぜ!」
地面に立つ生物全般に言える弱点、上空に飛んだ場合大きく軌道を変えられない。
妖魔に追撃の衝撃が襲いかかる。
それを右爪で払い落とすが、衝撃の強さで爪に亀裂が走る。
着地すると、左膝を付き顔を上げる。
「兄ちゃん、あんたオイラ以上の妖魔に“なれる”よ!」
志郎はゆっくり歩いた。 その姿には恐れも、憎しみも、怒りすらもない。
妖魔は立ち上がると、詰め寄り右爪を払う。
左腕に当たるが、弾かれた。
皮膚は妖魔のように硬質化していた。
弾かれてよろける妖魔に、左爪を振り下ろす。
横に跳び避けるが、体制を崩し倒れる。
右足に目を向けると、ふともも辺りから下がなくなっていた。
「……つ、強えぇ」
顔を上げると、志郎の左手には妖魔の右足が握られていた。
それをゴミでも捨てるように妖魔の前に放る。
「…こんな、もんかよ」
志郎は小さくつぶやくと、右爪を横に薙ぎ払う。
悲鳴も、斬る音も、何もなく妖魔の首が跳ね飛ばされる。
宙を舞、地面に落ちる。 そこには、ギンが立っていた。
足もとに転がる狼の首に視線を落とす。
「………志郎」
ギンの言葉に振り返る。
両目は紅く染まり、両腕の黒色は全身を侵食していた。
首の根本から上は、なんとか侵食を防いでいる。
「……ギン、チカラってのをはじめて感じた。
みなぎる…押さえ切れない衝動が、体中に流れる!!」
志郎の言葉に、ギンは後ずさりした。
目の前にいるのは志郎であった“妖魔”。
「ヌシ、力に飲まれおったな…!」
ギンは両腕に霊子を集め刃を形作る。
「俺を、殺すのか?」
ギンは唇を噛み締め、駆け出そうとした。
大気がわずかに揺れ、目の前に志郎が立つ。
「ギン…」
志郎は優しく笑うと、いつものように頭を撫でる。
「志郎、ヌシ…」
正気に戻ったのかと、顔を上げたが志郎の目は紅く輝いていた。
「妖魔を殺し、世を地獄に変えた人を殺し、楓とギンと3人で平和に暮らそう」
優しげな表情とは逆に、全身を覆う気は黒くまがまがしい。
撫でる手を払うと、後ろに跳び両腕の刃をバツ字に構える。
「ギン、そんなに俺を殺したいか?」
ギンは、目か止めどなく涙を流す。
「殺したくなど、ない!ワシはヌシを殺したくない!しかし、このままではヤツのようになってしまう!」
地面に転がる狼の首に一瞬目をやる。
その瞬間、志郎はギンの背後に回り込む。
ギンの肩に手を置く。
「…掃除が終わったら、また会おう。それまで、死ぬんじゃないぞ」
ギンの頭を軽くポンポンとやると、走り去った。
その場に崩れるようにヘタリ込むと、涙がボロボロ流れ落ち、地面を濡らしていく。
「行くな、ナナシ……ワシを置いて、行くな…」
つぶやくように、ナナシの名前を呼び続けた。
斬るのみっ!! 第1部
―完― |