過去のニ 残された者
血のように紅い左目から放たれる怪しい光、両腕の獣のような三本の爪。
少女は、対峙する2体の獣を虚ろな瞳で見つめた。
妖魔はニヤリと笑うと、右爪を振るう。
それに対し防ぐ事もせず、青年も右爪を突き出す。
両者とも反対の爪で攻撃を払う。
鍔ぜり合いのように爪同士がぶつかり合う。
「兄ちゃん、なかなかやるねぇ」
青年の爪を弾くと、後ろに跳び爪を振り払う。
危険を察知し身を屈めると、遠くの太い木を斬り倒した。
「惜しいねぇ」
軽口を叩く妖魔に一気に近付くと、右爪を下から振り上げる。
半身になり、かわす。
続けて振るう左爪を横に跳び、避ける。
更に右爪を顔面に突き出すが、上半身を後ろに反らしかわす。
「攻撃が荒いんだよ、もっとこう」
言い終わると、青年の左肩に三本の筋が走った。
「見えない!?」
音速の爪は、傷を受けてはじめて攻撃された事を知る。
「兄ちゃん、目で追いすぎなんだよ。ほらっ」
右頬、右腕、左脇腹、両足、次々に切り傷を刻んでいく。
そのどれもが浅く、かすり傷程度。
遊ばれている。
「くっ!」
左の爪を振るうが、簡単に払い落とされる。
「チカラを出しなよ。こんなもんじゃないハズだろ?」
妖魔の言葉に、青年は鼻で笑う。
青年は腰を低く落とし、右爪を左腰辺りに隠すようにする。
「抜刀かい?いいねぇ、見せてくれよ」
抜刀術
刀を鞘にしまい、引き抜きながら一気に斬る技。
鞘にしまうため、攻撃の軌道が読めず、構えないため前動作を見切られない。 更に、刀を鞘が支えるので余計な力を必要とせず、ただ斬る瞬間にだけ力をこめる。
斬撃技の中で最速の剣術と言われる。
もちろん爪に鞘はないが、膝を地面につけそうなほどの低い姿勢が、それを補う速さを生む。
地面を力強く踏むと、その瞬発力を利用し、爪は鞘から抜かれる刀のごとき速さで走る。
――爪は首を狙う。
首にたどり着く瞬間、爪を妖魔の左腕が防ぐ。
爪は左腕に深々と食いついていた。
「おぉ、たいしたもんだねぇ兄ちゃん。自分の血見るの久しぶりだ」
妖魔は右足を突き出し、青年を蹴り飛ばす。
「兄ちゃんなら、オイラを殺せるかもなぁ。もっと強くなったらまた遊ぼう!」
言い終わると、妖魔は木を飛び移りながら去って行った。
青年は左目を閉じると、その場に倒れた。
――――――
少女が目を覚ますと、そこは小屋だった。
川の流れる音だけが聞こえる静かな場所。
(…確か、妖魔から逃げていて………)
少女は目を閉じ考えるのを止め、ただ一つ、家族を喰い殺した狼のような妖魔を殺す事だけを誓った。
「…まだ、目を覚まさないのか……」
男の声が小屋に響いた。 その声に目を開き、体を起こした。
「なんだ、元気そうだな」
少女の横に座る着流しの青年が、優しく微笑みながら声をかけた。
「な、なんだヌシは!ワシに何をする気だ!もしや!?」
少女は胸辺りを両手で隠し、後ろに身を引く。
「なんと言うヤツだ!」
「何…?」
「ワシの体が…」
「違うっ!」
青年は少女の暴走思考を怒鳴って止めた。
急な大声に少女は目に涙を溜めた。
「あ!な、泣くなっ!」
「……うむ、取り乱してすまなかった」
少女の言葉に、青年はつい笑ってしまった。
「何がおかしい」
「変な話し方だから、つい」
少女は頬をふくらませて不機嫌な表情になる。
「お狐様ってのは皆そうなのか?」
「いや、違うが……ヌシ、なぜワシが狐だとわかったのだ?」
青年はうつむき、左目の傷に触れる。
「狼のような妖魔が、紅銀狐って言ってたからな」
「何っ!?」
少女の表情が険しくなり、青年の肩に掴みかかる。
「ヤツはどこへ行った!家族の仇を討たねば!」
青年は首を横に振る。
肩を掴む少女の手から力が抜けた。
「そうか…」
少女はよろけながら立ち上がると、小屋の扉へ歩き出した。
「…行くのか?」
「ヤツを殺す。それ以外ワシには何もない」
青年は立ち上がると、少女に近寄り頭を撫でた。
「何をする!」
「アイツは俺の家族を、町の人達を殺した。俺もアイツを殺す以外何もない」
少女は青年の悲しそうな顔を見ると、頬に手を当てた。
「辛い時は、泣いていいのだぞ…」
青年は少女を抱きしめると、子供のように泣いた。 少女はまるで子供をあやすように、青年の頭を撫でた。
――――――
青年が落ち着くと、小屋を後にした。
「そう言えば名前は?」
「名を言ってなかったのう。名前も知らん男に操を捧げてしまうとは…」
「変な事言うなよ。抱きついたのは確かだけど、それ以上は何もしてないだろ?」
少女は、弁明する青年を意地悪そうに、ニヤニヤさせながら見ていた。
「そうだ!名前は?」
「ワシは、ギン。髪の色と同じ名前だ。ヌシは?」
「俺は、し……いや……な、ナナシだ。
アイツに襲われ左目を斬られた時、俺は死んだ。
名前はあの町に捨ててきた」
ギンは、少し腑に落ちないと言う顔をしたが、すぐに明るく笑う。
「のう!腹が減った!」
ナナシはやれやれと首を振り、深くため息をつくと、歩き出した。
《続く》 |