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ラ・リュヌ・フロワード - 凍れる月の唄 - 作者:浅海

二章 剣を求めて

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第三節 滞留、あるいは路地裏にて

「リュヌ、起きなさいよ――リュヌ!」
 翌朝。
 コレットの声に急き立てられて起床した時には、太陽はもうそれなりに高く昇っていた。麻布を敷いただけのキャンプの寝床はお世辞にも上等とは言い難いが、三日三晩の逃避行の疲れに加え、ミュスカデルの堅固な城壁の中にいるという安心感が眠りを深くしたらしい。一日早く到着していたコレットは既にその段階にはないらしく、寝床の固さに不服そうな顔をしている。
「あんた、こんな所でよくそこまで熟睡できるわね……もうお昼よ。さっさと起きて!」
「起きて……?」
 なんで? と、呆けた声で少年は言った。否、このまま惰眠を貪って然るべきだというのではない。起きて、何をするべきなのか、リュヌには全く考えがつかなかった。
 溜息ひとつ額に手を当てて、コレットは呆れたように応える。
「仕事よ! 仕事探しに決まってるでしょ! いつまでこの街にいなきゃいけないのかも分からないのに、無一文でここに居座り続けるつもり?」
 何も今とは思わなくもないが、コレットの言はもっともである。戦争、もといこの難民キャンプでの生活がいつまで続くのかは定かでないが、少なくとも当分、エーレルに戻ることはできないだろう。となるとしばらくの間は、このミュスカデルにおいて何らかの生計を立てる必要がある。
 何もしなくてもキャンプを追い出されることはないだろうが、それはつまり、麻布の寝床で妥協するということに等しい。そして少なくとも、コレットの中にその選択肢はないらしかった。
「仕事って言ってもなぁ……」
 ミュスカデルは大きく豊かな街だが、昨日今日やってきたばかりの余所者がそう易々と職にありつけるほど甘い世界でもないだろう。
 思ったことを口にしてみたが、やってみなきゃ解らないでしょ! と一蹴された。何をするという宛てがあるわけでもないのだから、職探しをすること自体に特段の異論はないのだが、こういう時、女性は強いと密かに思う。
 配給されたパンと水で質素な朝食兼昼食を済ませ、二人は街へ繰り出すことにした。
 医者にはできるだけ安静にと言われているが、薬が効いたのだろうか、一晩眠って起きてみたら足は昨日よりずっと楽になっていたし、何よりじっとしていると思考が深みに嵌まって行きそうで嫌だった。初めて目にする皇都の景色を眺めていれば、或いはその間だけは、あの日の悪夢を忘れることができるかもしれない。

 ◇

 キャンプを出たその先には、整然とした街並が広がっていた。
 ミュスカデルに暮らす人々にとっては、今日もまた、昨日までの延長に過ぎないらしい。東の農村であんなことがあった後だというのに、城壁の中は驚くほどに平和だ。
「……なんだかこうしてると、悪い夢でも見てたみたい」
 ぽつりと零したコレットの言葉からは、彼女が同じ感想を抱いていることが伺えた。活気溢れる街角で店を開く商人や、談笑に興じる婦人達。曇りのない笑顔は、迫り来る戦争の足音などまるで聞こえていないかのようだ。
 漏れ聞こえてくる会話からは、軍団長セレスタンを始めとした皇国軍第一師団に対する皇都住民達の厚い信頼が伺えた。またスプリングが建国以来イヴェール内陸部への本格的な侵攻に踏み切った例がないことから、今回も本気ではないだろうという楽観的な見方もあった。
 『我々に危害が及ぶことはないだろう』――街全体に漂う根拠のない安心感が、命からがら逃げ延びてきた二人の心を重くする。
「本当にここにいて大丈夫なのかなぁ……」
「そんなこと、僕に訊かれてもわかんないよ」
 恨めし気に返せば、そっかと元気のない声でコレットは応じた。状況はまさに五里霧中だ。生き延びるためにどう動くべきなのかも、スプリングが突然攻め込んできた理由も、見通せるものは何もない。
 それから二人は酒場から道具屋まで何軒かの店を渡り歩き、仕事がないかと尋ねて回ったが、答えはいずれも芳しくなかった。こんなものだろうと想定はしていたものの、実際に断られ続けてみるとこれがなかなか堪える。
 今日はこのまま日が暮れるのではないか――そんな考えが頭を過ったその時、事件が起きた。
「やめてください!」
 何気なく行き過ぎようとした路地の奥から、その声は聞こえてきた。反射的に足を止め、リュヌは細い路地の先に目を配る。まず初めに見えたのは、赤みがかった茶色のポニーテール。後ろ姿は同年代の少女のように見えたが、顔までは解らない。対してその道を塞ぐように立っているのは、二人組の男だった。
「いいじゃねえかリディー! ちょっとくらい付き合えよ、お前だって朝から晩まで仕事じゃ息が詰まんだろ?」
 ナンパ、というには少々柄が悪すぎるだろうか。といっても狭い村の中でそのようなことが起きることはまずなかったので、リュヌにはそこの所の判断はつかない。だが一見した感触の通り、男達の強硬な誘いをポニーテールの少女は快く思ってはいないようだった。
「間に合ってますから結構です。そこ、空けて頂かないと、仕事ができないんですけど!」
 どいて下さいと、思いの外に毅然とした口調で少女は言い返す。しかしどけと言われて素直に引き下がりそうな相手にも見えなかった。
「荷運びなんて男連中に任しときゃいいだろ? そんなことより、俺達に付き合えって言ってんだよ!」
 男の腕が強引に少女の肩を抱こうとする。やめて、と叫ぶ声に一分の恐怖が混じるのを聞き取ると、黙って見てはいられなかった。
「コレット、衛兵さん呼んできて」
「え? あっ……リュヌ!?」
 後先を考える余裕はなかった。反射的に動いてしまったのは、多分、助けなければと本能的に思ったからだ。助けられるはずのものを助けずに悔やむのは、気持ちのいいものではない――それがたとえ、赤の他人であったとしてもである。
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