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Retrieving the Dragon of the youth
Retrieving the Dragon of the youth  pt.8
 ある男は叫ぶ。
「やめろ! やめてくれ!」

 月も出口もない夜を逃げ走りながら、なお叫ぶ。
「来ないでくれ!」

 恐怖と走る疲労のせいで嗚咽まじりの悲鳴は、ほとんど言葉の意味をなさなくなっていっていた。
 それでもなお、この言葉だけはかろうじて聞き取れた。
「殺さないでくれぇぇぇぇぇぇっっ!!」

 プラッチャヤー・ウォンカムラオ。
 彼はいったい何を見、何に殺されたのか。

 その答えが、二人の刑事の前に現れつつあった。
 脳味噌をついばむ【闇】を引き連れて……。



 

「――っ!」
 闇から現れた怪物に、陽奈ひなは驚愕で目を細める。
 ここで目を【見開く】のではなく分析のために【細める】あたり、陽奈の神経も半端ではない。
 
 そいつはまず、人の形をしていた。骨と皮だけのひどくせ細った体だが、確かに人の形をしていた。――人かどうかまでは分かりかねるが。
 そして全身の皮膚は――異様なまでに【白】い。
 比喩たとえではない。本当に白いのだ。まるで漂白剤にでも浸けたかのように。
 本当にこいつは何なのだ?
 もっと細かいところまで観察したいところだが、一瞬という短い時間では限界がある。しかも怪物は闇をまとっていた。
 ましてや怪物が赤い口をあけて、こちらに迫ってきているとなれば―― 

「――っ!?」
 声にならない悲鳴。
 それはシェリーのものだった。
 相棒の体は、まるでトラックにかれた子供みたいに手足をぶらつかせながら転がっていって――そのまま、ぴくりとも動かなくなかった。
「シェリー!?」 
 どういうことだ? やつは何を【撃った】?
 手には拳銃どころか、文明の利器と思えるものすら持っていなかったはずなのに……。

 陽奈は銃を怪物に向ける。だが怪物は闇にまぎれて姿を消していた。
 辺りを見回すが、どこにも見当たらない。
 見えるのは左右を囲む棚と、床に散乱する猫のトイレ用の砂と、倉庫からかすかに見える明かり――ゆらめく災だけだ。
 耳をすませても、倉庫からわりこんでくる火事の騒音がまぎれこんでくるせいで何もわからない。
 だけど、これだけは陽奈にもはっきりとわかる。

 あいつは【すぐそば】にいる……。

 ではどこから来る?
 両隣に棚があるためにルートは限られる。横からはまず来ない。
 前か? 後ろか? それとも上?

 がたん、ときしむ音がした。明らかにこれまでとは違う音。
 その音の正体を、陽奈はすぐに察知した。
 ――棚の音。
 こちらに向かって倒れてくる棚の音だ。

 ――横からだと!?

「思ったより賢いな!」
 傾いていく棚から商品がこぼれ落ちてくる。このままでは降ってくる棚に噛み潰されてしまうだろう。
 陽奈はどうする? 走るか? 伏せるか? 隠れるか? 彼は選んだ。

 ――飛ぶ。

 反対側の棚に着地し、三角飛びの要領でもう一回。そして倒れてくる棚を足場にして、さらに真上へと跳躍する。
 取ったぞ。怪物の頭上を。 
 怪物が空を踊る陽奈に気づく。
 闇の中を舞う黒い影。それは怪物の眼にどう映ったのだろう。
 真っ黒いコートをカラスの翼のようにはためかせ、陽奈は拳銃を【白】へと向けた。
「鉛は好きか?」
 複列弾倉ダブルカーラムに詰めこまれた9ミリパラベラム全18発。 
 それを一つ残さず全弾発射フルオートでお見舞いした。
 容赦なくふりそそぐ鉛のシャワーに、怪物は悲鳴を上げる。
 床を叩く鈴の鳴り声。それは空薬莢からやっきょうが跳ねる音。
 銃口が放熱とともに煙を吐き出すそのさまは、まるで火竜の吐息ドラゴン・ブレスのようであった。

 床に着地すると、怒りの咆哮おたけびとともにこちらに突進してくる怪物が見えた。
 だけどあえて陽奈は怪物の目を見ない。もしもバジリスクと同じ能力を持っているとしたら、今度はこちらが被害者二号になりかねないからだ。
 陽奈は次の弾を装填そうてんし、足で床を叩く。
 跳躍。
 側転の要領で空を舞い、怪物の突進をかわす。
 そのまま死角に入って引き金を引く。着地してもう一回。狙いを定めてさらにもう一回。
「おかわりだ!」
 もう一度弾を交換して、全ての弾丸を馳走ちそうする。
 闇を切り裂く銃光フラッシュ。まるで赤のようなオレンジのような炎のような。

 怪物は怒って陽奈の銃に手をかけ、まだ倒れていない棚に押しつける。
 するとどうだろう。黒一色だったその銃に赤みが増してゆき、みるみる溶け出したではないか。鉄のける嫌な匂いがする。
 それと同時に、怪物は左腕の――おそらく利き腕であろう――鉤爪かぎづめを陽奈に振るってきた。
 武器を失った今の陽奈に、攻撃をかわす手段などない。
 ――本当に?

「――芸の多いやつだな!」
 陽奈は右のくるぶしに隠しておいたホルスターから予備拳銃バックアップガンを取り出し、トリガーを引いた。
 撃ちこんだ鋼鉄の牙が、怪物のてのひらに、けんに、肘関節に、肩の骨に、容赦なく喰らいついていく。
 うめき声を上げながら倒れる怪物に、陽奈は銃を向けて牽制けんせいする。
「お前を逮捕するから権利を読み上げたいんだが――【黙秘権】の意味はわかるか?」
 充分銃の恐怖が染みこんでいるからか、怪物はその場から動かなかった。
 手錠がつかえるとは思えないが、おりは有効活用されるだろう。動物的な意味で。
 とにかくこいつを逮捕すれば事件は解決だ。
 しかし、いついかなるときも突発的な事態ハプニングは起こるものである。

 地面が揺れる。
 陽奈の姿勢が崩れる。
 怪物がわらう。


 ――そう、例えばこんな風に。 
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