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Retrieving the Dragon of the youth
Retrieving the Dragon of the youth  pt.29
 雨だ。
 雨。雨。雨。

 赤い雨。青い雨。金色の雨。
 色とりどりのステンドグラスが砕け散り、床に零れ落ちてゆく。
 教会が爆発に揺らいで崩れゆく音を奏でている。

 ところどころから、炎がつぼみを開いて花零す。
 それは終焉序曲クライマックスの始まりだ。

 そして、この部屋にも――



「――っ!?」 
 シェリーはスカートをひるがえしながら飛びのき、バックステップを刻む。
 それを追いかけるように、シェリーがいた場所を炎が舐めてきた。

 怪物が――容疑者エレンの子供が高らかにえる。
 そして口から、声ではない『何か』を吐き出した。
 
 地面がえぐれ、タイルを打ち砕き、そして『燃え広がる』
 相棒である井上いのうえ陽奈ひながペットショップで見た現象と、おそらくは同じだろう。シェリーは気絶していたから話しか聞いていないけれど。

(目に見えない分、ドラゴンが火を噴くよりもよっぽどタチが悪いよ!!)

 心中で悪態をつきつつ、シェリーはリボルバー拳銃の回転式弾倉シリンダーをぐるりと回す。
 濁銀色の歯車が絡み合い、赤銅色の弾丸をこめ、黄金の炎を撒き散らしながら、死の火線を吐き散らす!
 吐き出された弾丸は一直線に怪物めがけて飛んでいき、大気を引き裂きながら空を駆け、やがて怪物の皮膚へと食い込むや――その一切合財が弾かれた。
 
(嘘っ!? どうして!?)

 弾丸を弾くなんて話は陽奈から聞いていない。陽奈が見ていない能力か。
 怪物は何でもなかったかのようにえるや、獣よろしく疾駆してシェリーに『がっつく』ように牙をく。
「……っ!」
 シェリーは手近にある椅子を引っつかむや、盾代わりに怪物に突き立てた!
 怪物もまた、シェリーの代わりだと言わんばかりに椅子に喰らいつくと――3秒とたたないうちに噛み砕いて、歪んだ顔を近づけてきた。――シェリーの鼻先へと。
 このままでは力で押し負け、シェリーは床に押し倒される形になるだろう。テーブルマナーの成績はよろしくなさそうだ。

「こっ……のぉ!!!!」
 突き上げた足で、怪物のあごを真下から蹴り上げる。 
「痴漢はお断りっ!」
 仰向けに倒れた怪物目がけて、もう一度拳銃の中身を全て吐き出す。だけどやはり効果はない。まるで鉄にでも撃っているみたいだ。
(皮膚が硬い。……象やサイの表皮は硬いけど、これはそれ以上……。これっていったい――)

「柔軟性を保持した超角質化細胞よ」
 シェリーの考えを読んでいたかのように、エレンが応えた。
 炎に囲まれ陽炎かげろうに揺らぐ彼女の姿は、まるで幽鬼のようで気味が悪い。

「……爪ってこと?」
「全身を包む、弾丸も防げる強力な爪のヨロイよ。素材には炭素を使ってるわ」
 最悪、とシェリーはつぶやいた。外をヨロイで覆った生物はいる。海老やカニがその代表だ。
 つまり今シェリーが相手にしているのは、頑丈な鎧を着込んだ獰猛どうもう極まりないモンスターというわけだ。薄い刑事人生だが、間違いなく初めて出会うタイプだと言い切れる。 
 そしてこの怪物は、人体の40パーセントを構成する炭素を使っているのだ。分子密度を増せばダイヤにだってなる。

(ダイヤってことは――まさか!?)

 シェリーがある考えに達したのと、怪物が爪を振るったのはほぼ同時だった。
 どうにか横に跳んで、その一撃をかわす。その直後、怪物に触れた床がみるみる赤みを帯びて溶けだしたではないか。まるで溶岩みたいに。
 陽奈の銃をかしたのと全く同じ、理解不能なその現象。

 焦っているシェリーの醜態しゅうたいにほくそえみ、エレンはくすくすと笑う。
「ダイヤモンドの熱伝導率を知ってる? 2000――」
「2000ワット毎メートル毎ケルビン」
 エレンの言葉を横取りするかのように、シェリーが言った。
 ダイヤモンドの特徴は、原子同士の異常なまでの密着だ。この結びつきが頑丈さを生み出していると同時に、早い熱の伝播でんばを誘発している。
 穴が多ければ、水はより早く抜ける。それと同じ。

「やるじゃない」
「これでも、学校では成績良いほうだったんで」
 科学捜査専門の陽奈よりも、生物学に通じているシェリーの方が、怪物の分析力に長けていた。

「細胞は熱を発する。風邪を引いたときに引き起こす免疫反応よ。この細胞には常時リミッターがかかっているけど、わたしはこれを強制解除する遺伝子を発見した」
「ダイヤモンドの熱伝導率は世界で一番高い。怪物が発する熱を、そのダイヤの爪に伝えてるんですね」
「正解よ。エルフの科学者さん」

 シェリーは、銃口の闇をエレンに向ける。

 エレンは耳が裂けそうな勢いで、口で赤い三日月を刻む。
 そしてその月を隠すように、怪物が立ち上がる。

「バーベキューグリルは好き?」


「……っ!」
 シェリーは駆け出し、どうにか火の無いところまで逃げこむ。このままでは怪物に食われる前にステーキになってしまう。
 このままじゃまずい。エレンは子供を生かすためだけに動いている。おそらく彼女は、パリカンツァ中の全てを喰らい尽くすまで止まらない。
 だって止まる理由がない。彼女にとっては子供が生きてくれていれば、5人死のうが5兆人死のうがどうだっていいのだから。
 
(何とかしなくちゃ……)
 新しい弾を装填しようと拳銃の回転式弾倉シリンダーを横に押し開ける。
 それがいけなかった。サンダルが確認し損ねた瓦礫に引っかかって、シェリーのバランスが崩れる。
(しまった……っ!?)
 シェリーの体が空中に投げ出される。一緒にポーチに入れていた弾が全部空中にこぼれ、そのままシェリーは床に転がってしまう。転がる弾の金属音同士がこすれあい、非常に耳障りな音を奏でる。
 それはひどい時間の浪費で――怪物にとっては獲物を追いつめる素敵な一時。
 ――待って待って! ちょっと待って!
 あわててシェリーは腕で顔を隠すが、そんなのが何になるというのだろう。
 怪物が口を開く。撃ち出す気なんだ。全てを焼き尽くす見えない弾を。
 ――嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。まだ死にたくない!
 いくら願おうとも現実は残酷だ。怪物が口を開いて見えない死を放ち、射られたそれがシェリーの目の前の床を砕き、破片を撒き散らして――
 ――やめ――
 

 それだけだった。



(……?)

 息が荒い。歯の根が合わなくてしゃべりづらい。心臓がうるさくて、まだ緊張と恐怖でカラダが震えて泣いている。
 だけど――生きている。
 何も起こらない。爆発は起こらないし、火傷もなかった。シェリーにあるのは、飛び散った小さな破片で出来たり傷くらい。

 ――どうして爆発しない?
 
 原因はともかく、チャンスが生まれたのは確かだ。シェリーは震えるカラダに叱咤しったして駆け出し、怪物から距離をとる。

(……何で爆発しなかったの……。……っ!)
 思い至るところができたのか、シェリーは進路方向を変えてみた。今度は火元の近くに。

 怪物が撃ち出す。
 足場が砕け、燃え上がる。

 シェリーは炎から逃げながら、今度はなるべく火のないところを走ってみた。

 怪物が撃ち出す。
 足場が砕け――『やはり』何も起こらない。

 原因が分かった。
(間違いない。――圧縮酸素弾だ)
 圧縮した空気を撃ち出す技術はある。空気鉄砲がそのいい例だ。
 雪山で雪崩対策に圧縮空気を詰めて撃ちこむ実験があったのを聞いたことがある。ダイナマイトと違ってゴミを残さないからだ。

 そしてこの怪物は、肺から圧縮した酸素をしぼり出している。
 けして不可能ではない。例えば、イグアナの肺活量はとても強い。撃ち出す水鉄砲は1メートルを超えるし、潜水時間もかなり長い。
 それが人間サイズで、さらにモンスターとして強化されているのなら……?

 目では見えない酸素そのものを撃ち出し、火にあおられて発火した。
 陽奈が見たのは――いや、見えなかったのはこれだったのだ。


 シェリーは怪物を――いや、その先にいるエレンをにらみつける。
「何とも思わないの?」
「何を?」
「自分の子供が人を殺してる。――良心は痛まない?」
 シェリーの問いに、エレンは肩をすくめてみせる。
「企業家に良心なんてあると思う?」
 確かに。あと政治家と保険屋にも。

 シェリーは息を吐いて、銃を構える。さっき転んだときにばら撒いたせいで弾は空っぽだが、それでもハッタリとしてまだ使える。
「目的は? このままこの子を育てて、それでどうするの?」
「新しい子供を繁殖させるの」
「つがいを作るの? 相手なんてどこにも――」
 言って、シェリーはぞくりと背筋が凍るのを感じた。神経が背中を昇り、寒気が全身を這い回るあの感覚。
 エレンは、『母親の代わり』に父親と交わった。そして今度は――
「まさか……その子に『父親の代わり』をさせるつもり……?」
 いや、まさかそんなわけ――
「そうよ。当たり前じゃない」
 当然のようにエレンは答えた。

 アリエナイ。そう思わずにはいられなかった。
 どうかしている。たしかに人口の乏しい村では、近親者同士の交配はけして珍しいことじゃない。種の保存としては理に適っているだろう。
 だけどそれでも、それでも――狂っていることに変わりはない。

「悪いの?」
 まるでお前が間違ってるとでも言わんばかりにエレンは自らを抱きしめ、そして嘲り笑う。
「ここで家族を増やすの。この街にはわたし達以外にモンスターはいない。わたし達だけの餌場エサバよ! ――この子とわたしで、誰にも負けない家族を作るの! そしてその子たちと一緒にまた旅をするの! そうよ! あの頃みたいに!」
 彼女は高らかに笑う。魔女のように。悪魔のように。――人間のように。

 だけど彼女は気づいているのだろうか?
 ――わたし達以外にモンスターはいない。自らを『怪物』と言い切っていることに。
 嗚呼、もう彼女は完全に怪物に成り果ててしまったのだ。人間もエルフも関係ない。何もかもを喰らい尽くす怪物へと。

 心なしか、シェリーは動揺していたのかもしれない。
 怪物が接近してきていたのを見過ごすくらいに。
「……っ!?」
 銃を向けて反応するが、対応が遅すぎた。

「怪物に勝てる人間なんて、このパリカンツァにはいないわ」

 世界で最も硬い爪がシェリーに振るわれ――



「そうでもない」



 衝撃が怪物の爪を砕く!

 エレンが何者だと怒りを向け、シェリーは戸惑いとともに振り向く。
 目にしたのは――火を噴いたばかりの銃口と、落ち着いた足取り。そして――炎の赤に映える黒。


「怪物を倒すのは、いつだって人間の役目だ」


 飛びこんでくるその声は決して大きくなかったが、燃え盛る炎のざわめきにも崩れゆく瓦礫の悲鳴にも――怪物の咆哮にも負けない、はっきりとした意志が伝わってきた。
「誰!?」
 エレンが叫んだ先には――男がいた。


「俺だ」 

 井上陽奈その人が。
 
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