Retrieving the Dragon of the youth
Retrieving the Dragon of the youth pt.18
……赤だ。
太陽の赤。錆の銅。――血の紅。
エルフ。儀式。人身御供。
神をあがめるエルフ。豊穣を願うエルフ。血を捧ぐエルフ。
巫女を捧げ。子供を捧げ。神に捧げろ血を注げ。
赤が飛び散る。炎のように。
赤が落ちる。星のように。
赤が迫る。血のように。
赤。
太陽の色。錆の色。血の色。
エレン・ヴァンダーウッドセンのドレスの色。
シェリーに迫る、血のような赤。
彼女は人か。それ以外か……。
「…………?」
はっとシェリーは顔を上げる。しばらくぼうっとしていたらしい。
頭がぼんやりとしている。現実と夢の狭間にいるような気分だった。ちょうど、病み上がりの風邪から目を覚ましたときのような――まさに今の状態だ。
ゆっくりと――本当にゆっくりと、シェリーは自分の状況と立場を拾い上げていった。
自分は何をしている? 捜査中だ。
なぜ捜査する? 刑事だからだ。
刑事なのか? 正確には検死官だ。または検死解剖医。
ここはどこだ? トイレだ。男子用の個室。
男なのか? 生まれたときから。
ドレスを着ているのに?
「…………」
思い出すんじゃなかったとシェリーは激しく後悔した。
中途半端に脱がされたドレスと、緩められたコルセットが忌々しくシェリーの体にまとわりついている。
いつもなら絶対身につけないだろう、肘まで届いたシルクの手袋が、いやな現実を呼び起こしていた。
「気がついたらしいな」
「え、ぁ……陽奈?」
突然の声に、シェリーは顔を上げる。
個室の端に背を預けて立っている、井上陽奈の姿がそこにあった。
「いつからいたの?」
「ずっとだ」
「……ごめん。気がつかなかった」
「意識が火星に飛んでいたからな。星に戻ってきた感想はどうだ?」
「……ごめん」
「気にしてはいない。――気にはなるがな」
「…………」
「何を感じた?」
シェリー・ダランベールはエルフだ。
エルフは古来、信じることを人生としていた種族だった。
森を焼いてトウモロコシの種を蒔き、太陽の神に祈りを捧げて豊穣を祈ってきた。
人々を幸せは、神の掌の上にあると本気で信じていたのだ。
だから、幸せのためなら何でもした。
選ばれた供物を麻薬漬けにして水底へと沈め、コロシアムで棍棒を持った囚人同士を競わせ、敗者――解釈によっては勝者とも言える――の首を切り取って鮮血を地に捧げる。
翡翠と鳥の羽で飾られた、絢爛豪華な装飾品を見につけた神官たちは、そうした人身御供こそ至高の美徳と信じた。そう思いこんでいた。
そうしたエルフたちにとって、肉は最高の品だった。
芳醇なタンパク質を溜めこんだモンスターは、神がもたらしたエルフへの贈り物であり、それを狩ることこそ最高の【もてなし】だといわれていた。それが彼らの聖書。
だから従った。大人たちを槍を手にモンスターへと果敢に立ち向かう。
そして、成人の儀式としてモンスターにたった一人で立ち向かうものもいた。戦い、肉を勝ち取り、大人としての権利を手にした子供が――いや、もう子供でなくなった男が、はれて一族の仲間入りをするのだ。
しかし帰ってこないものもいた。しかし泣くことは許されない。彼には大人になる資格がなかった。それだけだ。
宗教を規則とし常識とし世界としてきたエルフたちが、異国からやってきた人々の宗教を突っぱね、その【腹いせ】に前近代兵器の賜物である拳銃や大砲によって滅ぼされたというのは、皮肉としか言いようがない。
宗教を刈り取ったのは結局のところ、宗教だったのである。
さて、それも昔の話。
生き残ったエルフの一部はパリカンツァへと身をおいた。
今では近代文明の洗礼を受けて、ほとんどの若者が太陽神のことなど忘れて、夜の街を歩き回っている。
獣の生皮よりもジーンズ。裸足よりもスニーカー。生水よりもオレンジジュースの方がよっぽどいいに決まっている。
そうして彼らは【ご先祖様の血なまぐさい文化】など、完全に忘れ去ったかのように見えた。
しかし、決して消えないものもあった。
先ほどから言っているように、エルフは古来からさまざまな危険に身をおいてきた。
生贄になる可能性。モンスターに食い殺される恐怖。
そうした恐怖は今なお遺伝子の中にすりこまれ、鳴り止まぬ警告を発し続けている。
まるで船からねずみが真っ先に逃げるように、見えぬ【恐怖】を嗅ぎ取る力。
それがシェリーには備わっているのだ。
エレン・ヴァンダーウッドセンに見られたときに感じた恐怖。
それは一体、何を意味する?
――人間なんかじゃない……。
シェリーの言った言葉を、陽奈は頭の中で思い出していた。
「お前のレーダーは、彼女が人間ではないと判断した。だとしたら、【あれ】は何だ?」
「……何とも言えない。ただの勘だよ」
「感覚はときに理性を超える。馬鹿に出来たものじゃない」
「第六勘で陪審員を説得させられると思う?」
「証拠はないが確信している。犯人は彼女だ」
「……動機は? モンスターなんか作る理由がわからないよ」
「軍に売り出す生物兵器のデモンストレーションか、臓器パーツを【まるごと】作ったのか――今のままだと机上の空論だ。調べる必要がある」
「…………」
いまいちシェリーの意識がはっきりとしない。まだ夢から覚めていないといった感じだ。
「…………」
陽奈は話題を変えてみる。
「モンスターが彼女に擬態しているという可能性はあるか?」
「……たぶん無いと思う」
確信があるようにシェリーは言った。そして続ける。
「モンスターが、ペットショップでダイナマイトの中身を食べていたときのこと覚えてる?」
「クエイリー・ホワンに擬態していたときか」
シェリーがビッグ・マックに突っかかっていたあのとき、店員であったクエイリー・ホワンはダイナマイトの中身――ニトログリセリンを飲んでいるところだった。
シェリーは告げた。
「ニトログリセリンは医療薬にも使われてる」
「硝酸薬だな。血管を広げる効果があって、狭心症や心筋梗塞に用いられる」
「病気持ちのモンスターっていうのもおかしいけどね」
シェリーは笑った。
「恐竜もガンにかかる。モンスターが病気の一つや二つを抱えていても、何らおかしくはない」
陽奈は口端をゆがめる。余裕の出てきたシェリーに安心したのかもしれない。
「ここに来る前に、エレン・ヴァンダーウッドセンの医療データを調べておいたんだ。……そんな疾患を持ってる記録は無かったよ」
シェリーの言葉に、ふむ、と陽奈は考える。
「今代わっているという可能性は?」
「あのモンスターが人間語をしゃべれるとは思えない」
「……そうだな」
陽奈はここで、外をうかがってみる。そう言えば、シェリーが気を失ってからどれくらいたっているのだろう。
「……まだここにいるか?」
「ううん。大丈夫。もう立てるから」
そうか、と陽奈はつぶやく。
「頼むぞ。当てにしている」
シェリーかすかに微笑んだ。頼りにされているというのは、やっぱり嬉しい。
手袋を外して、着替える準備に入る。
しかし次の言葉が、シェリーの神経を逆撫でた。
「【女】の勘をな」
シェリーは思いっきり、手袋を陽奈の顔に投げつけてやった。
――余裕でキャッチされたのが、少し悔しかった。
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