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保健室。
 扉を開けたその先は眩しかった。
 白いカーテン、白いベッド。広い窓の光に照らされたこの子たちは、私に心配ないって言ってるようだった。
 少しだけ消毒薬のような匂いを感じて、病院を思い出してくる。でも、ここはどうしてなのか私を落ち着かせてくれる。
 学校の中なのに、学校じゃないような雰囲気を感じるからなのかな。
 辺りを見渡すと、奥の机に座ったあの子たちに負けないほどの白い服を着た人を見つけた。

「――先生」
「ん?」
「あの、昇降口横の花壇に咲いている黄色い花は、なんて名前なのですか?」
「黄色い花? ああ。あの花は『山吹』だよ。綺麗だろう」
「やまぶき?」
「お代官様。山吹色のお菓子でございます。ほう、越後屋。お主もワルよのう。と色にまで出てくる花だよ」
「あはは。先生面白いです」
「昔は良く咲いていた花だが、最近では見なくなってしまったからな。私が植えてみた。山吹は古歌にも好んで詠まれているな。『万葉集』にもいくつかあるし、『太田道灌』の歌等は特に有名だな」
 机に向かって背を向けたまま、私の問いに答えてくれたこの人は、保健室の先生。
 男の人みたいな名前で、話し方もこんなふうに男の人っぽいけど、優しくてとても綺麗な女の人。
 背がすごく高くて、体も細くて、スタイルも良い。ストレートの黒髪が背中までと長く、遠くからでもこの人だって、すぐわかる。眼鏡はかけているのに凛とした瞳がすごく印象的で、白衣がすごく似合っている。かっこいいとも思う。
 こんな人になりたいってみんなの憧れの人。それにこうしていつも気さくに話をしてくれるから、私もこの先生のことは好きだった。

「爽。今日はどうしたんだ? 何か悩み事とかあるのか? それとも、何処か怪我をしたとか、具合が悪いとか? 大丈夫か?」
 保健室の机から私に向いて。何か書いていたボールペンを右手に持って、私を優しい瞳で見つめてくる。ぶっきらぼうな言い方だけど、親身に話してくれてるっていうイントネーションが心地良い。
 やっぱりよく見てるんだ。心まで見透かされてるみたい。こんな風にされると、笑顔になってしまう。
「はい。大丈夫です」
「そうか、それはよかった」

 みんなとは違う。先生だからかな。
 みんなにも、こんなような優しい言い方をしているのかな。
 公平に見てくれてる。
 でも、先生は相手によって自分を代えるなんてこと、してない。いつもまっすぐで、自分に素直。そんな気がする。
 やっぱり、この先生に訊いてみよう。

「――先生」
「ん?」
「先生は、私みたいな学生の頃、どんなことをされていたのですか?」
「爽のような頃の私か? んー、そうだな。好きなことをしていたな」
「好きなこと、ですか?」
「意外かもしれないけれど、私は結構向こう見ずなところがあるからな。将来のこととか、先のこととか考えず、今やりたいと思ったこと、何でもすぐにやってみたかった。今にして思うと、何か夢中になれることを探していた、そんなところだろうか。本を読んだり、映画を見たり。山に登ったり、遠くまで出歩いたりもしていたな。結構ずくだしてたぞ。そうだ、その頃、この花を知ったんだったな。山吹」
「そうなんですか」
「爽も何か興味があること、持っているか?」
「私の、興味、ですか?」
「なんとなく、爽はあの頃の私に似ている感じがしてな。何でも少し知っただけで、全てを悟った気になってしまう。だから、いろんなことに興味がもてなくなる感じだ」
 先生の言葉に、どきっとする。
「――でも、何も興味が無いというのは、淋しいことでもある。好奇心をなくしたら、世界がつまらなくなるからな」
「ありがとうございます。でも、私、先生に似ているなんて、嬉しいです」
「そうか? こんな男っぽいやつなのだが」
「そんなことないです。すごく綺麗です。みんなも、私も、すごく憧れています」
「あはは、ありがとう。爽に言われると嬉しいな」

 ――先生が言うことは、確かに、私がいつも思っていることだった。

 いろんなことに興味は持っても、そのことを少しでも知ると、興味をなくしてしまう。あらゆる事象が、こうすれば、こうなる。みたいな予想がついてしまって。そうなんだ。やっぱり。という感想しか出てこなくて。
 勉強。小説。映画。話題のドラマ。他の女の子達が気にしてるおしゃれ――。
 なんだか、全てがうすっぺらいものに感じてきてしまって。いつしか何も興味がわいてこなくなってしまった。

 今ではただ漠然といつもの毎日を過ごしているだけ――。

 興味があることを、探すこと。

 そういえば、私は、何のために生きているのだろう。
 私のやりたいことって、なに?
 今まで、そんなこと、考えたことも無かった。

 それは、きっと、私自身のことにも、興味が無いからなのかも、知れない。

 ただただ――周りに流されて。自分という役割を作って。その演技をしている。
 それも、自分の将来がどうなるのかってなんとなくわかってしまっていて。

 私ってなに?

 まるで、自分という登場人物の映画を見ている気分。

 だから、周りからもそう見られてしまっているのかも。

 私に、何か興味があること出来れば、それが変わるのかな。 
 興味があることを、探す。
 私がまだ知らないこと。

 それは――。



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