八重山吹
「時房さん!」
強く、肩を引かれた。
体が宙に浮いたように、ふわりと、見知った香りに包まれた。
「何してるんですか!」
「えっ……? 道端、さん?」
気がつくと、フェンスの外で、彼に背中から抱きしめられていた。
「びっくりした……。時房さんまで、自殺しちゃうのかと……」
胸に回された腕に力が入っている。
男性の、腕……。
「時房さんが、死んじゃったら、僕は……」
今にも泣き出しそうな顔をして。
「そんなこと、するはずないだろう?」
「でも……」
私の髪が、風に攫われている。
「すまない。今、りさこの気持ちになって、何故、ここから飛び降りたのか、考えていた」
「そんな」
「りさこの気持ちが、少しだけ、わかったような、気がする」
「え……?」
「時折……。人は外見と内面の二つの心を持っていることがある。外見とは、周りの人から見られたい姿。内面とは自分の心にいる姿。りさこは、その二つの相反するものに葛藤を憶えて、脱却しようとした」
「はい」
「でも、脱却するには……。こちらの、現実の世界を壊さないとだめだった。でも、彼女にはそれができない。現実の世界を壊してしまったら、全てが、壊れてしまう……」
「そう、ですね」
「本当に、山吹の花だ。八重山吹だ」
「八重山吹?」
「八重咲きの山吹は、花は咲いても実を実らすことがない。古歌にも詠まれているこの花……。花とは恋の花。咲かせても、実らすことが出来ない。そう詠ったもの。きっと、彼女には、そう思えたのだろう」
「そんな」
「ただ……」
下を見て、遠くの景色を見た。
「一重に咲く山吹の花は、実をつけるんだ。だから、花壇に植えた山吹は、一重の山吹なんだ。何かすれば、きっと実になるんだって。風聞とかいろいろなことに惑わされずに、しっかりと生きて欲しい。私は、そう願って……」
「時房さん……」
「私のしたことは、間違っていたのだろうか」
「いいえ。そんなことはありません。現にあの子は実を成らせました。でも、ただ、自分に素直になれなかった。自分に向き合うことが出来なかった。それは、彼女が、周りに――甘えることが出来なかったからなんですよ」
「甘える……、ことか」
「みんな、きっと、優しい彼女のためなら、優しくしてくれたはずです。それを信じられなかった。それが、彼女の、間違いだったのです」
周りを、信じられない。か。
だから、私も、こんな話し方になってしまった。
私も、彼女も、何も違わない。
「だから、時房さんも、周りを……僕を頼ってください」
「いいのか?」
「はい。もちろんです」
簡単に言うな……。
屈託のない笑顔で、私を見下ろしていた。
「ほら、いつまで抱きついているんだ」
「あっ! えっ? す、すみません!」
慌てて手をひっこめた。
「……道端さん」
「は、はい」
「あなたも心の中に、『道端一樹』という刑事と『オロチ丸』という青年としての二人がいるな」
「えっ? そう、でしょうか」
「意図して使い分けているのだろう。あなたの、本当の心は、どっちにあるんだ?」
「決まっています。常に時房さんが見ているときの僕が……私です」
「素直じゃないな」
「えっ……?」
微笑んだ私を見て、顔が赤くなっている。
もうしばらくは、彼に頼ろう。
「これから、生徒達に、りさこのこと、話しに行かないとな」
本当のりさこの心は、違うかもしれない。
でも、山吹のことを、話せる。
また……。あの黄色い花を。
『八重山吹』 ――終――
初めて書いた推理小説でしたが、いかがでしたでしょうか。最後まで読んで頂きまして、本当にありがとうございました。
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