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新選組哀華
作:凛仙



伍−悪夢−




あの日から、俺は沖田と目を合わせないようにしていた。
話してしまったら、悲しくなるから。


‐悪夢‐


「松本先生がいらっしゃる!?」
松本良順が来る、という報せを聞いた近藤は、目を輝かせた。
名医と呼ばれている松本良順は近藤の昔からの馴染みであり、しかもその彼が新選組隊士を診てくれるという。
「島田君、先生は何時来られると?」
「明朝と伺っております」
「あい分かった。皆無礼の無きようにな!」
幹部にそう告げ平隊士にもそう伝えろと言った近藤は、喜んだように口元を綻ばせた。



「…松本良順、というと名医だったな…沖田。お前も診てもらっておけ」
「え〜〜ッ!?医者嫌いなのに〜〜…」
「嫌いなのに〜…ではないだろうが」
「…ハジメさん、それ僕の真似ですか?」
微妙に声色を変えた斎藤は顔を真っ赤にし、沖田の顔面に力一杯瓶子を投げ付けた。
それをヒョイと避けると、当たる所を無くした瓶子は勢いのまま壁にぶつかり割れる。
「ハジメさんこそ、そんなにお酒ばっか飲んでると体壊しますよ〜??」
「咳ばっかしてるやつに言われたくねぇよ」


――まただ。



(また目を逸らした…)
気付かれていないと思ってるのかもしれないけど。
(そこまで…鈍感じゃない)
あの日から変わった本当に小さな何か。彼の目の色が変わった。
「…ねぇ、ハジメさん」
「…?」
ゆっくりとコチラを見た斎藤の目は、沖田の目を見てはいなかった。
いや、沖田を見ていても目は合わせてこない。
「あのさ…」


言いたいことがあるなら言えよ。


「…何だ?」


そんな風に目を逸らしたりなんかしないでさ。


「ごめん、何でもない!」


――最低だ。


言えないのは、僕の方じゃないか。
「…変なヤツだな…」
「ハジメさんに言われたくないよっ」
作った笑顔は偽物。
作った言葉は偽物。
――何で?



「よく来てきださいました松本先生!」
翌日、隊士たちは我が目を疑った。
(医者!?)
(これが!?)
ずっしりとした体格に生やした顎髭。かけてる眼鏡は伊達なのかと疑うほどの小ささ。
「はっはっは!久しぶりだな近藤君!相変わらずデカイ口じゃのぅ!」
「松本先生こそ、相変わらず立派な顎髭で!」



「…あれが松本良順…?ちょっとちょっとちょっとぉ〜…熊じゃないのぉ〜??」
「平助、それは心の中に閉まっとけ」
ポンと慰めるかのように平助の肩を叩いた永倉は呆れたように溜息を吐き、両者負けないくらいの大口を開けて豪快に笑っている近藤と松本を見る。
「…医者…ねぇ…」
永倉の呟きは、未だ眩しい朝日に吸い込まれていった。






「不潔すぎる!!」
近藤の案内で屯所内を見おわった松本の第一声はそれだった。その大きな口から出た声はやはり大きく、近藤も思わず耳を塞いでしまうほどのモノ。
「ふ…不潔、とは…?」
「病人の看護用の部屋は無いわ掃除もキチンとされて無いわ風呂、廁も汚いまま…これでは治るものも治るはずなかろうが!!」
バチンと近藤の頭を叩き、松本は頭を抱えた。
「…とりあえず部屋などは綺麗にして病人用の部屋を作ることだ。あとは…ここの病人や怪我人の手当ては誰が?」
顎髭を撫でた松本は隊士用の部屋を見回す。未だ痛いらしい頭を撫でている近藤に返答を求めるように喉奥で小さな声を出した。
「か、監察方の山崎君ですが…」
「…ほぅ。その者と是非面会したい」
松本のその言葉に戸惑ったような表情を浮かべた近藤だったが、傍の者に「山崎君を此処へ」と告げた。




「治療しているのは君か?」
「はい。手が空いた時などに…それが何か?」
呼び出された山崎と松本のやり取りを内心焦りながら見ていた近藤は、眉根を潜めた。
「筋がいい」
「……は?」
「筋がいいと言ったんだ。怪我人の治療の仕方、包帯のまき方…なかなかのモノだ」
完全に誉め讃えている松本の言葉に近藤は安堵を、山崎は戸惑いの表情を浮かべた。
「どうだ。ワシの元で修業してみないか?」
突然の申し出に、近藤も山崎も驚きの表情を浮かべる。
「…修業、ですか」
「隊士を助けられるこの仕事…やってみる気はないか?」
山崎は一瞬考えるように眉根を寄せ、手をついた。
「よろしくお願いします」




「次のヤツ、入れ」
屯所内の見回りが済んだ後、松本は診察を始めた。一人ずつ部屋に入り診察を受ける。
「はい」
ガラと障子を開け入ってきたのは沖田だった。にっこりと微笑んでお願いしますと言う。
「じゃ、上を脱いで」
言われた通りに上を脱ぐと浅黒い肌が見える。松本は戸惑ったように目を細めると聴診器を沖田の胸に当てた。
「……山崎君、暫らく出ててくれないか?」
「え?…分かりました」
ふぅと溜息を一つ吐き、山崎は沖田の横を通り過ぎた。障子が閉まったのを確認すると松本は沖田を睨み付ける。
「…何時から体調が悪かった?」
「一月前…かな。咳とかが出てきて…」
「血を…吐いたか?」
一瞬驚いたような表情を浮かべると困ったように頷いた。



「…あれ、山崎君?」
順番待ちをしていた斎藤は、山崎が部屋から出てきた事に驚きを隠せなかった。
「どうしたんだ?」
「それが…松本先生が出てろと言ったので…」


―――どくんっ…


また、あの日と同じように心臓が。
脈打っていて。
「…そうか」
嫌な予感して。
斎藤は目を閉じ神経を耳に集中させた。



「…先生。正直に言ってください。僕はあとどの位刀を振るうことが出来ますか
…?」


どくんっ


「今のまま…刀を振るっていたら沖田、お前の命は…」


どくんっ…



「一年が限界だ」



斎藤は、目を見開く。思いもしていなかった言葉が、閉じていた眼から耳に滑り落ちていって。
障子越しの声は、やけにはっきりと耳に付いて。
「一年…ですか」
「ちゃんと養生すれば二年か三年は生きれる。…この病に薬はない」
「養生すれば…か。でもそんな事してられないんです。僕は…僕はこの刀で近藤さんや土方さんの役に立ちたい」




『なぁ、ハジメ』
『どうした?そんな深刻な顔をして…』
『俺は自分の為に、自分の守りたいものの役に立ちたいんだ』




生暖かい何かが、頬を伝った。



 

 














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