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第九章
「普通の人達が多いわね」
「左様ですか」
「ええ。少し無理をすれば家族で来ることもできる」
 沙耶香は微笑んで言う。自分の席に案内されるその中でだ。
「そういう船なのね」
「誰でも決められた費用を払って頂ければ御停泊して頂けます」
 ボーイはこう沙耶香に話した。
「お客様の差別はしません」
「いいことね」
 沙耶香はそれをいいとしたのだった。
「家族でこうした場所に来るのも悪いことではないわ」
「はい、確かに」
「格差社会という言葉があるけれど」
 いささか共産主義めいた言葉ではある。
「その言葉は嘘だからね」
「嘘ですか」
「マスコミは嘘を吐くのが仕事よ」
 沙耶香は彼等に対して実に素っ気無く言うのだった。そこには冷淡さすらある。
「自分達の目的に誘導する為にね」
「そうなのですか」
「彼等はまだ共産主義を夢見ているのよ」
 これが真実だから恐ろしいのだ。学生運動の亡霊はまだ生き残っているのだ。言い換えればそこから何一つとして頭の中が進歩も発展もしていない人間が存在するのである。
「だから格差社会という言葉が出て来るのよ」
「実際は違うというのですか」
「今この場が何よりの証拠よ」
 この船の中こそがだというのである。
「こうして多くの普通の人達が遊べる場所があることこそがね」
「成程」
「けれど見たところ」
 ここで沙耶香はある席を見た。見ればその席には品のない顔をした老人がいる。白髪のその老人は下品で粗野な仕草で料理を食べている。ネクタイこそしているがその格好も顔立ちも実に卑しい。
 沙耶香は彼を見てだ。その名を言った。
「鶏声舜太郎だったかしら」
「はい、鶏声先生です」
「ああいう人間もいるけれど」
 目に微かに嫌悪を浮かべさせての言葉だった。
「どうやらとりわけいい席みたいね」
「スイートルームに泊まっておられます」
「格差社会を糾弾し庶民の為という人間が」
 言葉には嫌悪だけでなく侮蔑も浮かんでいた。
「ああして贅を極めているというのは喜劇ね」
「喜劇ですか」
「滑稽だけれど醜悪な喜劇ね」
 鶏声への嫌悪感はさらに強いものになっていた。
「全くもってね」
「それでなのですが」
 ここでボーイは沙耶香に告げてきた。
「宜しいでしょうか」
「私の席に着いたのね」
「はい、そうです」
 丁度であった。絹のテーブルがけの見事な丸いテーブルに案内された。そこに着くとすぐにメニューが出されるのであった。
「どれにされますか?」
「そうね」
 そのメニューは日本語だけでなく様々な言語で書かれていた。沙耶香はそのメニューを見ながら述べるのであった。
「ここは。そうね」
「はい、何を」
「これにするわ」
 一つのメニューを指し示しての言葉であった。
「これにね」
「それにですか」
「ええ、これにさせてもらうわ」
「それでは」
 こうして豪奢なメニューが出されてきた。フォアグラがメインだがオードブルにはキャビアもありそしてトリュフもある。その他にも上等のサーモンやラム、それにスープにサラダだった。それとパンである。そうしたものをトカイと一緒に食べていく。忽ちのうちに食べデザートとなった。
 デザートになるとだ。レストランの者が来て言ってきた。
「デザートでございますが」
「それね」
「はい、これは特別に選べるようになっていますが」
「難しいわね。ただ」
「ただ?」
「面白いものが欲しいわね」
 微笑んでこう述べたのである。
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