第3話 哲多クンの衝撃
ある人たちにとっては幸福なことが、他の人たちにとっては不幸なのだ。 ラディゲ
その日 朝の講義が急に休講になってしまった。
「ったく 学校ついてから 先生来られないから休講なんて マジで簡便。」
多野はそう言って 机に顔を打ち付けた。
どうやら昨日もコンパだったらしい。顔の異常な青さでそう察した。
だけど 多野の言う通り 休講なら前日に言って欲しい。
おかげで次の講義までの90分 何をすればいいのか…
僕はとりあえず カバンに入っていた雑誌を取り出した。
昨日 美容院でバイトしたとき克美さんがくれた雑誌だ。
「久しぶりに表紙になれたから 嬉しくてね。哲多ちゃんにあげるね。」
そう言って照れた克美さん。その男ながらに可愛い面影は この表紙からはうかがえない。
満月のように自信に満ちた瞳が 僕を睨みつける。
顔アップの表紙は迫力があり あらためて克美さんが美形だと思い知る。
この人が 同性愛者だなんてなぁ。
数か月前までは 一緒に暮らしていた克美さん。
しかし 今は僕が家を離れたせいか それともこの日常に慣れたせいか
なんだか遠い存在に見える。というか 他人事に思えてくる。
同性愛者と聞きあきた単語が 今では新鮮に思えてしまう自分に驚く。
やはり 家を出て正解だな。
そう思いながら ページをめくった時だった。
ブルルルル。
隣で寝ていた 多野のポケットからバイブ音が鳴った。
「なんだよ。人が寝てる時に。」
多野は姿勢を変えず 手だけを動かしポケットから携帯電話を取り出し 耳にあてた。
「もしもし〜?なんだよぉ。朝妻かよ。」
声のトーンの低さから言って 多野の男友達からの電話だとわかった。
「何?おまえのほうも休講なの?オレのほうも休講。今から暇つぶしに来ればいいじゃん。」
どうやら 同じ大学の生徒みたいだ。
「そう次の講義と同じ場所だから。じゃぁな。」
多野はそう言うと ゆっくりと頭を持ち上げた。
「今からさ オレの友達来るわ。中学時代からの友達。」
多野は口を大きく空け欠伸をしながら言う。
「へぇ 幼馴染が来るんだ?」
女好きな多野の友達。
類は友を呼ぶと考えれば 友達も女好き。
これでまた 僕の理想通りの友達が増える。
「そうなんだよね。なぜか腐れ縁でさぁ。朝妻っていう奴なんだけどさ。」
多野が友だちについて説明していると
ドアが開く音が大きく響いた。
休講中の教室から響く音に 先生が来たのでは?と思い 何人かの生徒は入口に注目する。
現れたのは多野の友達である朝妻だった。
入口から一番離れた席で座っていた僕たち。
朝妻は 何の迷いもなく教卓の前に立ち 顔を動かし多野を見つけようとする。
とにかく身長が高いと思った。180センチ以上は絶対あると 遠くから見てもわかる。
それなのに体が細いため 小柄に見えてしまう。
自分の体にフィットした 皺1つないストライプの半袖シャツを着て
自分の足にぴったりと合った黒のズボンをはいている。
いつも適当に選んで 適当に着こなしている多野とは少しタイプが違う。
服装は格好よく着こなしているくせに 髪型は放置。
ミディアムまでに伸びた黒い髪は 好き勝手に跳ねているのに
パーマをしているみたいにお洒落に見えるのは 彼の体系の良さなのだろうか。
前髪も横髪と同じくらいに伸びていて 右目は全く見えず
左目だけで 多野を見つけようと僕らの教室を隅から隅までにらむ朝妻。
顎のラインには鬚が転々と生えていて 肌にうるさい僕にとって朝妻は不潔に思えた。
「おい 朝妻ここだよ!」
視力が弱いのか まったく僕らを見つけられない朝妻に 多野は手を上げる。
すると朝妻は 睨むのをやめる。
たださえ一重で小さな瞳が ついには消え一の字になる。
けれど その表情はとても柔らかく 朝妻に温和なイメージをもたらす。
「おぃ そんな後ろにいるなよなぁ。」
朝妻の声はびっくりするほど低かった。
そして タバコの吸いすぎか 酒の飲みすぎか かすれ声。
僕は見た目だけなのだが 今まで見たことがないタイプの朝妻に驚き 彼の動きをずっと見てしまっていた。
朝妻は教卓から離れ 僕らのほうに向かう途中 席の端に置いていた教科書を落とした。
会話に盛り上がっていた持ち主を含む女子たちは 朝妻の顔を見るなり 全員が頬を桃色に染めた。
「ごめん。」
朝妻はそれだけ言うと 教科書を元の場所に置き 僕らの場所に向かう。
その間 女の子たちはずっと朝妻を見つめていた。
どうやら朝妻は 僕には理解しづらいが 女の子から見れば モテル類になるらしい。
こんな不潔っぽい奴がモテルのか?
僕は 女の趣味のポイントが分からず眉間に皺を寄せて 朝妻を見つめた。
朝妻にとって僕の視線はどう感じたのだろうか?
ずっと多野を見ていたのに 突然僕に視線を変えた。
と 同時に朝妻の体が止まった。ゼンマイが止まった人形のように ピタっと止まったのだ。
僕が多野の隣にいるのが嫌なのか?
あからさまな態度に 僕はさらに眉間に皺を作り 睨みつける。
すると朝妻は 視線をゆっくりと外し多野に移した。
「どうした朝妻?」
多野は僕と朝妻の視線に全く気付かず 自分の空いている椅子を軽く叩き
「早くここに来いよ。」
と言った。
「あぁ行くよ。」
朝妻はそう言うと 多野が指定した場所に行き座った。
近づかなければ気付かなかったが 朝妻が多野の席に座った瞬間
アロマのようなミントのような すっきりした匂いが充満した。
香水をつけているのか?てことは そんなに不潔ではない?
つかみどころのない朝妻を 多野を通して見る。
すると朝妻は チラチラっと僕を除き見をしていた。
そして僕と視線を合わせると慌てて 瞳を机に移した。
なんだろう こいつの違和感。
僕は 気分を害し 朝妻を見るのを止めた。
「お互いはじめましてだよな。」
僕の気持ちを全く察しない多野は 相変わらず明るい声で僕と朝妻を交互に見る。
そして 最初に朝妻の肩を思いっきりたたき
「こいつ朝妻。さっきも言ったけどオレの中学からの友達。学科違うから会えると思わないけど。」
と説明をした。
僕は 朝妻にいちおう視線を合わせ
「どうも。」
と言った。
すると朝妻は 視線は机に向けたまま 口元だけを緩め
「どうも。」
とオウム返しをした。
この行動に多野もさすがに気づいたのか 朝妻を見つめ
「おい なんだぁ?お前いつもとテンション違うじゃん?」
と言った。
僕の考えは確信した。
朝妻は 明らかに僕がいることでテンションが下がっているのだ。
初めて男の人に抵抗されてしまった。しかも多野の友達だ。
「ごめんなぁ。こいつ なんか照れているのかも。」
多野はそう言って軽く笑った。僕もその場の逃げ道として軽く笑った。
そして 言葉を失った。重たい空気だ。
こういう場合。やはり 僕が出るべきなのだろうか。
数分間の沈黙の後 僕は椅子から立ち上がった。
「ごめん ちょっとこの教室でるわ。次まで時間あるし図書室行ってくる。」
僕がそう言うと 多野は少しだけ眉を緩ませ
「そっか。また勉強頑張れな。」
と言った。
朝妻は相変わらず 机に視線を向けたまま。
せっかく新しい友達が出来たと思ったのになぁ。
僕は鼻で息を出し 一歩だけ多野から離れた。
「ちょっと待て!!」
ドアが開く音以上の大声が 教室に響いた。
教室内にいた 全員の生徒が僕らを見つめた。
ガラガラの低い声で大声が出せるなんて 知らなかった。
僕は驚いて体を止めた。
朝妻が立ち上がっていた。
なんだよ こいつ。
怒鳴りに似た大声で呼ばれたため 僕は朝妻に文句を言われると思っていた。
しかし朝妻の 机に向けていた視線が 僕に向けられた時 僕の考えは違っていると思った。
なぜなら 朝妻の顔が真っ赤だったからだ。
体中の血が顔に集中しているんじゃないかと思うほど 朝妻の顔は血圧上昇していた。
そして口元に力が入っていながらも 瞳は今にも泣きそうなほどに潤んでいた。
怒っていると言うより照れている気がする。
そう思ったとき 僕は朝妻がしている香水の匂いに覚えがあることを思い出す。
勉孝兄も同じ匂いを持っていた気がする。
そう思った瞬間 体中の体温が下がり 僕は悪寒を覚える。
「お前 名前は?」
朝妻がそう言った時 僕は体中に電気が走ったようにびくついてしまった。
そして震えた声で
「梅宮です。梅宮 哲多です。」
と返事をする。
朝妻は 僕の名前を聞くと 突然 大きく深呼吸をした。
そして 周りの生徒たちが注目するなか
僕の日常をブチ壊す台詞を大声で言った。
「哲多…一目惚れしました!!付き合って下さい!!」
一瞬 時が止まった。
ストップウォッチでカチッと止められたように
誰も動くところか 息さえもしていなかったと思う。
そして止まった時を動かしたのは多野だ。
多野は 朝妻の告白を聞いた者の中で 唯一 息をしていた。
そして 体中を青くした僕を見ながら軽く笑い
「悪い。朝妻 同性愛者なんだよね。なんか 梅宮に一目惚れしたみたい。」
と言った。
その瞬間 教室の時が動き
そして 僕はまた高校時代に戻ってしまったのだった。
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