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第百八話
 アリアは夜の街を走る。魔獣どもによってつくられた廃墟を視界に入れながら、ヴァンを探し続ける。
 この街にたどり着いたときも、たどり着いたあとも、ずっと走り続けていたせいで足が自分のもではないかのように重い。
 立ち止まれば持ち主をあざ笑うかのように震え、酸素を求める呼吸も荒く再度走ることを嫌がっている。
 だが、アリアはそれに構うことなく走り続けた。愛しい少女を見つけるために。
 きっと、あの少女はこの闇の中、一人自分を責め続けているのだろう。あの時はリシャが言っていることの意味が分からなかった。
 魔獣が街を襲い、リシャの家族を奪ったこと。何故それがヴァンのせいになるのか。
 思い出されるのは、ラルウァたちの会話、リシャの叫び。今はもう分かっている。それらが示す答えを。
 恐らく、魔獣除けを破壊したのはテリオスの手下である人狼ライカニクス。魔獣の数が増えたというのも、奴の仕業だろう。
 理由は――考えたくないが――ヴァンを探すため。フォカーテの香水を無効化しているので、奴らがヴァンを見つけるには地道に探すしかないはずだ。

 そこでアリアは頭の中で引っかかりを覚えて立ち止まった。
「・・・・・・あれ・・・・・・?」
 浮上する疑問は、ただ一つ。ヴァンを探しているのに、何故魔獣除けを破壊する必要があったのか? 何故街を襲い、あの村を滅ぼす必要があったのか?
 波打つ金髪が額や首の汗に吸い付き、わずらわしい。袖で額の汗をぬぐいながら考える。
 そもそも、テリオスやあのオートマータたちに人を攻撃する理由があるのか? 激情の少女は人を殺すのを楽しもうとしている節はあったが、魔獣どもを使役するようには見えない。
 魔獣。あの中で魔獣はライカニクスだけ。二つの町村の襲撃に関与しているのは、ライカニクスだけ・・・・・・?

「え・・・・・・ちょっと、待って・・・・・・」
 たどり着きそうな答えを前に混乱を起こしそうになる自分に、思わず声を漏らすアリア。
 あのライカニクスは初めて会ったとき、人のことを生物として見ていないように感じた。いや、ライカニクスだけじゃない。それは今まで襲い掛かってきた魔獣全てに言えることだ。
 ただ食べるだけでなく、明確な殺意を持って。
「・・・・・・それ、って・・・・・・」
 魔獣は、人間を憎んでいる?
「じゃあ・・・・・・あいつは・・・・・・」
 ライカニクスはヴァンを探すために、人の数を減らそうとした?
 だから、ヴァンの、せい、なの?
「・・・・・・・・・・・・」
 あの村での地獄が? あの子供の死が? 私の生まれ故郷が襲われたのが? リシャの家族が殺されたのが?
 ヴァンの、せい?
「・・・・・・けないで・・・・・・」
 ぽつりと呟いて、アリアはまた走り出す。その瞳は爛々と輝いていた。



 壊された家屋の中の一つ、その瓦礫の上でヴァンは両足を抱くように座り、小さく俯いていた。
「・・・・・・」
 月の明かりで淡く輝く長い髪は周囲に散らばり、瓦礫の隙間へと落ちている。
 砕けた木片や石床を見つめて思うのは、これは全て自分が原因なのだということ。
 あの村が滅びたのも、この街が襲われたのも、リシャの家族が殺されたのも。
「――憎しみ」
 昔師匠が話してくれた。魔獣は人を憎んでいると。
 今日師匠たちが話していた。魔獣除けを壊す魔獣を束ねる存在の可能性を。
 合流した師匠たち三人の怪我――恐らく、王都へ向かう際にライカニクスたちと戦ったのだろう。あれほどの連中でなければ、師匠たちに怪我を負わせることは出来ないはずだ。
 あの時は何故それを話さないのかと思ったが。
「・・・・・・そういう、ことか・・・・・・」
 自分を気遣って。自分を探すライカニクスの手によって、魔獣除けが破壊され、村が滅び、この街が襲われたのだということを、気づかせないために。
 目頭が熱くなり、それを誤魔化すために両膝を強く抱きしめる。

「俺の、せいで」
「違うわ」
 自身を責める言葉を弱弱しく吐いたヴァンに、否定の言葉が投げかけられた。
 体を震わせて反射的に立ち上がり、声のほうを向くヴァン。
 視界に入ってきたのは、全身を汗で濡らして荒い呼吸を繰り返すアリアの姿だった。
「ア、リア」
 ヴァンが呆然と呟く。
 アリアは目を見開くヴァンを見て苦笑しつつ首や額の汗をぬぐった。
「ふぅ、やっと見つけたわよ」
 一歩一歩瓦礫を踏みしめてゆっくりヴァンに近づくアリア。
「・・・・・・にしても、ひどいわね、これ」
 溜息をつき、何と無しに言うアリアだったが、ヴァンはその言葉に肩をびくっと動かして震える声を落とした。
「・・・・・・ゆ、ゆるして・・・・・・くれ」
 今にも泣きそうな声で言われた謝罪に、アリアは眉をひそめて首をかしげる。
「どうして、謝ってるの?」
「・・・・・・これは、俺のせいだから。アリアの故郷が襲われたのは、俺のせいだから・・・・・・っ」
 俯き小刻みに体を震わせるヴァンと、瓦礫の道を登りながらヴァンを見上げるアリア。
「違うわよ」
 即座に返された否定の言葉を、ヴァンは頭を左右に振り乱して拒否した。
「違わない! アリアは知らないからだ! 俺を狙うテリオスが、ライカニクスが! ここと、あの村の! 魔獣除けを壊したんだ! 俺を探すために!! だから・・・・・・!!」
 叫ぶように自分の真実を伝えるヴァンを、アリアは一瞬悲しげに眉の形を崩した後、すぐに瞳を鋭くさせて睨んだ。
「知ってるわよ、そんなこと」
「・・・・・・え?」
 あっさりと返すアリアをヴァンは呆然と見つめる。
「だから、それはヴァンのせいじゃないって言ってるの。大体ね、どうしてヴァンのせいになるわけ?」
 逆に聞き返され、ヴァンは戸惑いながらもそれに答えた。
「そ、れは、俺があいつらから逃げたから、あいつらが俺を探そうと・・・・・・他の人間を」
「じゃあなに? ヴァンはあのテリオスっていう超キショイ変態クズ勘違いペド野郎のところに行けばよかったとか思ってるの?」
 すぐ目の前まで来たアリアが、ヴァンの顔を上から覗き込んでまた問う。
 ヴァンはその言い方に目を丸くしながらも、表情をゆがめて目をそらす。
「・・・・・・それで、他の人に迷惑がかからない、なら」
 その言葉は、アリアの血を一気に沸きあがらせた。
 右手を大きく振りかぶり、ヴァンへ振り下ろす。リシャにされたように、また叩かれると、ヴァンは目を固く瞑って体を強張らせる。
 しかし、頬に熱い痛みが襲い掛かることは無く、代わりに全身を柔らかい感触に包まれた。
「え?」
 驚きに目を開くと、見えるのはアリアの白い服と波打つ金髪。
 顔に当たるとてもふくよかな物で、今自分がアリアに抱きしめられているのが分かった。
「あ、アリア?」
「・・・・・・そんなこと言わないで。もっと自分を大切にしてよ」
 ヴァンが体をよじってアリアを見上げようとするが、アリアはヴァンを抱きしめる力を強めてそれを阻止し言葉を続ける。
「ねぇ、ヴァン。私ね、ヴァンのことが大好きなの。愛してるといってもいいわ。それなのにヴァンは、そのことを真剣に受け止めてくれてないし、自分から触ってくれないし、キスしようとしても嫌がるしっ、自分を犠牲にしてあの変態のところにいってもいいなんていうしっ! あげく何から何まで全部全部全部自分のせいなんていうしー!!」
 初めは静かな口調だったが、段々と声は荒いものへとなり最後には怒声とかわっていった。
 それにともなって抱きしめる力も二段飛ばしで強くなっていき、ヴァンにうめき声を漏らさせるほどとなっている。
「う、ぐぅ、アリ、ア、くるしい」
 しかし、アリアはその声を無視し、ヴァンの両肩を掴むと体から離して正面から見据えた。
 二つの碧眼と紅い瞳がぶつかり合い、紅いほうが揺らぐ。
「いい、ヴァン、良く聞きなさい。あの村が滅んだのも、この街が襲われたのも、リシャの家族が・・・・・・いなくなっちゃったのも、全部絶対これっぽっちもヴァンのせいじゃないの! 悪いのは、変態ペド野郎とライカニクス!! 一切合切いっさいがっさいヴァンに責任は無いわ!! 分かったわね!?」
 一気にまくし立てるアリアに、ヴァンは呆けた表情と丸くした目を向けることしか出来なかった。
 そんなヴァンを見て、金髪の少女はこめかみに青筋を立てて妖精のような少女の肩を思い切り握り締めながら怒鳴る。
「分かったら返事をしなさい!!」
「は、はい!!」
 あまりの剣幕と痛みに、ヴァンは思わず反射的にそう返してしまい、また呆然となった。
 アリアは握る力を弱めてまたヴァンを抱きしめ、頭を撫でつつ溜息をつく。

「・・・・・・あまり自分を責めないで。自分をいらないものみたいにいわないで。ヴァンがいなくなったら、一番困るの私なんだから」
「・・・・・・一番困るのか?」
「えぇ、当たり前よ。だってヴァンのことが大好きなんですもの」
「・・・・・・本当に?」
「本当に」
「・・・・・・どうして」
「だから、大好きだからよ」
「・・・・・・なんで」
「さぁ。忘れちゃったわ」
「・・・・・・なんでそんなに優しいんだ」
「ヴァンを愛してるから」
「・・・・・・・・・・・・」
「照れてる?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・うるさい」

 自分から胸に顔を埋めてくるヴァンを見下ろしてアリアが微笑んだ。
 豊満な胸からくぐもった声が漏れ出し、見下ろす少女に投げられる。
「――ありがとう、アリア」
「どういたしまして」
 抱き合う少女二人は月の光に照らされて、金と銀の光を淡くその身に纏っていた。


 そして――。
「うぅ、ぐすっ、アリス、良かったです・・・・・・」
「・・・・・・セレーネ、感動したのは分かるが、私の袖で涙を拭くのはやめてくれないか?」
「アリアに任せて正解じゃったのぅ」
「ずずっ、あぁ、良かった。本当に・・・・・・」
「・・・・・・ヘリオスヘリオス、鼻水垂れてる」
 壊れていない家屋の影から仲間たちが見守っていたことを、抱き合い続ける二人は最後まで気づくことは無かった。

読んでいただきありがとうございます。
最後のあたりシリアスに徹しきれませんでした。コヅツミはやっぱり難しいのは苦手です。なんだか説得(?)シーンも変ですしね・・・いえ、別に良いんですよ・・・あはは・・・。
あ、あと全員こっちきちゃってますが、ちゃんと次回はリシャちゃんのフォローちっくなのから入りますのでご安心をば。いい子ですからね!幸せにさせたいです!
では、また自戒ー。


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