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誰も知らないカルマの罠
作:後藤詩門


まるで訳が分からない。
さっきまで、僕は確かに車を運転していたはずだ。
市役所の近くの十字路を左折しようとウインカーを出して、ハンドルをきった。
その時、ちょっと目を離して携帯電話を見た・・・
すると、どうだ?
気がつけば僕は見知らぬ土地を歩いている。
おい、車はどうしたんだ?
それに、ここはどこだ?
いったいどういうことなんだ?
訳が分からん。

しかも、暗い!
さっきまで昼間だったはず。
なのに、なんでだ?
夜でもないのにこの暗さは!
街灯一つない道。
まるで深海のよう。
10m先だって見えやしない。
といっても、ここが本当に深海というわけじゃあない。
だって僕は、シュノーケルもなしに、自由に息ができてるのだからね。
同じ理由で宇宙空間でもないと言える。

では・・・いったいここは何処なんだ?
まったく、分からない。
もしかすると・・・夢か?
それなら説明がつく。
いわゆる白昼夢というやつだ。
だけど・・・
僕の踏みしめているこの道の、圧倒的な現実感はなんだ?
やっぱり、説明がつかないや。
どうしたのだ、僕は?
分からない・・・まるで分からない。

だが、その時!

「いてっ!」

パニック状態の僕に、ドスンと何かがぶつかってきた。

「な、なんだ?」

初めは何か分からない僕。
周りは真っ暗闇。
だが・・・
その気配ですぐに気がついた。
人だ。
そう、人間の集団だよ。
僕と同じように、この暗闇の中を歩いているんだ。
よく見えないが、かなりの数。
いつの間にか、僕はこの集団に取り囲まれて歩いていた。
彼らは何者?
それにどこに行くの?
僕は、手近な人間に聞いてみることにした。

「あ、あのすいません?」

「はぁ?」

「みなさん、どちらへ行かれるんですか?」

「知らねぇよ、バカ」

どうやら、僕が話しかけたのは若いあんちゃんらしい。
失礼な態度だ。
だが、何も知らないのは本当のよう。
その声に、僕と同じく脅えが感じられたから。
暗闇の中、目をこらして周りを見回すと、僕らだけじゃないのが分かる。
色んな人間が、自分の置かれた状況を理解していないようだ。
喚き散らす人。
泣き出す人。
神に祈る人。
黙りこんでしまう人。
色んな人間がいて、賑やかにこの行進は続いていた。

だが・・・
しばらくすると、この奇妙な行進も終りに近づいてきたなと直感する。
というのも・・・
見えてきたからだ。
何がって?
光がだよ!
この真っ暗な世界に慣れた僕の瞳に、燦然と輝く光が飛び込んできたんだ。
それは、ギリシャのパルテノン神殿を彷彿とさせるような荘厳でまばゆい建物。
輝く宮殿。
そして、我々はその建物の中へと吸い込まれていった。

さて、光輝く建物の中に入った我々が目にしたのは、やっぱり光であった。
この建物は、内側まで光り輝いているのだ。
まぶしくて、どこに何があるのかまるで分からない。
夜の街灯にへばりついている蛾は、多分こんな感じに周りが見えてるのかもしれない。
少しの間、目がくらんで立ちすくむ僕たち。
だが、だんだん目が慣れてくると・・・

やっと、見えてきた。
まず、立っている所はバカでかい大広間だ。
床は大理石でツルツル。
そして雰囲気は、日本の役場に似ているようだ。
案内標識が幾つも天井からつるされ、至るところにカウンターがある。
そのカウンターの向こうには、背広姿の男性やら落ち着いた洋服を着た女性やらがのんびりと働いているのだ。
広間にたむろってる僕たちなど、まるで眼中にない。
それぞれのデスクでパソコンを打ったり、コピーとったり、ハンコをついたり。
時には談笑したり。
まるで、普通のオフィス。

「でも、ここは何だ?」

誰も教えてくれない。
僕らは呆然と立っているだけ。

すると・・・

ジリリリリ!

突然のベル。
その音を聞くや否や急にカウンターの向こうが騒がしくなってきた。
先ほどまでとはうってかわり、職員達が忙しそうに動き回る。
上役みたいなオッサンが新米っぽい若い連中にガミガミ言いはじめた。
ここの主みたいな古株OLが、かなきり声をあげている。

「どうしたんだろ?」

すると・・・
突然、役場の最奥の扉が開き、メガネをかけた一人の男性が靴音を響かせ我々に歩み寄ってきたのだ。
ビシッと紺のスーツに身を包み、髪は真ん中からキチッと分けてポマードで固めているちょっと変な奴。
往年の橋本元総理みたい。

だが、彼が姿を現した途端、役場の連中が直立不動の姿勢をとった。
どうやら、お偉いさんらしい。
僕が観察すると、その男の手には名簿らしき物が握られている。

「何だろ、あれ?」

もっとよく見ようと僕が身を乗り出したその瞬間、男が大声でこう言い始めたのだ。

「今から名前を呼ばれた方は、私の右手にあるあのヘブンゲートにお進み下さい!」

何?
ヘブンゲート?
僕たちは、男が指差した方向を一斉に見た。
そこは、まるでハワイの歓迎式典のように華やかな場所。
この役場みたいなお堅い所にも、あんな素敵な場所があったのかと関心してしまう。
綺麗な水着姿の女性がにこやかに立ち、ウクレレやギター、サックスをかきならすバンドのメンバーが、楽しい音楽と共に待ち構えている。

「ひょっとしてハワイ旅行にでも当たったか?」

すると、先ほどの男が付け加えるようにこう言った。

「名前を呼ばれた皆さん、おめでとうございます! あなた方は天国へのフリーパスを獲得したのです!」

「・・・て、天国だって?」

僕は思わずすっとんきょうな奇声をあげていた。
ってことは・・・

「ここは死後の世界? つまり、僕は死んだのか?」

衝撃の事実。
でも、不思議と取り乱したりはしなかった。
どうりでおかしいと思ったよ。
後で聞いた話では、僕は交通事故で死んだらしい。
よそ見運転が原因。
やっぱり良くないね、運転中に携帯電話いじるのは。
だけど今はそれどころじゃない。
そう、ヘブンゲートだ!
あの門をくぐらなけりゃ、天国へは行けないのだから必死にもなる。
すると、例のあのキザな男が名簿に目を落とし、名前を読み上げ始めた。
僕は、祈るような気持ちで耳を傾ける。

呼ばれた連中は感極まって泣いていた。

「うらやましいな」

残念ながら僕の名前はまだ呼ばれない。
だけど・・・
自分の名前を呼ばれるのを待ちながら、僕はふと不安に駆られた。
天国って、そんなに簡単に行けるものなの?
僕は果たして、天国に行けるほど僕は良い事をしたのだろうか?
すると、案の定というべきか・・・

「はい、ヘブンゲートへ行けるのはここまでで〜す」

あっという間に発表が終わってしまった。
まだ20人も呼ばれてねぇじゃん。
やはり天国はそんなに甘くないのか。
まてよ、すると残るは・・・地獄行き?
僕が恐ろしい予想をしてると、例の橋本総理モドキの男がこう言った。

「次は、私の左手にあるヘルゲートに行く皆さんを発表しま〜す」

やっぱりだ!
天国の次は地獄に決まってる。
見れば男の示した場所には、上半身裸の屈強な男達が待ち構えているではないか。
それも・・・
赤やら、青やら、黄色やら、派手な色彩の肌をしてる。
頭には、雄牛のような立派な角。
間違いない、鬼だ!
僕は恐れのあまり震えだした。
いや、僕だけじゃない。
他の連中もブルブル震えている。
鬼に対する恐怖心って各国共通なんだなと、変な所で感心する僕。

さて、そんな動揺する僕らをよそに、男はしゅくしゅくと名前を読み上げていく。
真っ先に、最初に僕が話しかけたあのあんちゃんが呼ばれた。

「なんだよ、うぜーよお前ら!」

彼は発狂したように暴れた。
後で聞いた話しだが、彼は地下鉄の駅構内で無差別に数人の人を殺傷してから自殺した青年らしい。
まぁ、自業自得だ。
鬼達によってあっさりと取り押さえられると、地獄へ連れて行かれた。
鬼は、近くで見るとマジで恐ろしい。
あんな奴らに毎日しごかれるなんて、まさに地獄。
想像すると、どんどん怖くなってきた。

「嫌だ、絶対に嫌だ。確かに天国に行けるほど良い事はしていないさ。だけど、地獄に行くほど悪いこともしてないだろ? 勘弁してくれ〜」

気がつけば僕は、他の連中と一緒に泣き叫んでいた。
だが次の一言が、僕らの叫びをピタリと止める。
それは・・・

「はい、ヘルゲート行きの方は以上で〜す」

「えっ、以上?」

僕らは、キツネにつままれたようにキョトンとしていた。
だって、天国にも地獄にも行かない人間が僕を含め、この大広間にはまだ沢山いる。
じゃあ、僕らは何処へ行くの?
そう思った瞬間。
あのメガネをかけた男が、そんな僕らの考えを見すかすかのようにこう言った。

「残りの皆さんはあちらのサンサーラゲートへどうぞ〜」

男が指差すのは、僕らの背後。
振り向くと、そこには12にわかれた門があった。
一体、この門は何?
すると・・・

「さて、ご説明をいたします。サンサーラゲートは12の門に別れており、一番左からネズミ門、ウシ門、トラ門、ウサギ門、ドラゴン門、ヘビ門、ウマ門、ヒツジ門、サル門、トリ門、イヌ門、そして最後にイノシシ門となっております」

「それって、十二支だよな」

何故かは知らない。
だが、門には日本の十二支の彫刻が施されている。
周りの外国人達は何のことか分かってない。

「ワッツ、ザット?」

なんて言ってる。
だが、偉そうな男は疑問に答える事なく、さらに説明を続けた。

「これから皆さんには指定する門へと入っていただきます。そして皆さんは・・・もう一度生まれ変わるのです!」

「生まれ変われるだって?」

その言葉に僕たちはどよめいた。
これは、喜びのどよめき。
まあ天国に行けなかったのは残念だが、生まれ変われるのなら恩の字。
そう思い、皆一緒になって皆と喜んでいると、更にあいつが言うのだ。

「皆さんはそれぞれの門が示す動物へと生まれ変わり、12年間生き続けるのです!」

「はぁ、動物? そして12年?」

意味が分からない。
だが、混乱する我々に雷のような怒号が飛ぶ。

「静かに! 皆さんは天国にも地獄にも行けない中途半端な人間なのです! もし不満があるのなら地獄行きですよ!」

その厳しい言葉に、広間にいた人間すべてが息を飲んだ。
自分達の置かれた立場がこれほど悪いものだったとは・・・
改めて、思う。
もっと良い事しとくんだったな、と。
タバコのポイ捨て止めとくんだったな。
お母さんにカーネーションの一つも送っとくんだった。

「ああ、後悔先にたたず・・・」

思わずつぶやく。
心なしか皆も後悔の表情。
それを見て、男が少し優しく言う。

「12の動物のうちどれに転生するかはこちらで決めます。皆さんは与えられた新しい命を大切に使い、12年間生き延びるだけでいいのです。首尾よく生き延びた方は・・・」

そして、男は僕らを見つめニヤッと笑う。

「今度は人間に生まれ変わる事ができるのです!」

「おお! なんだ、そうなのか?」

僕らは一様に安堵のため息をついた。
しかし・・・
この時点で、誰もその困難さに気がついていない。
皆、人間の基準で考えていたから・・・

その困難さとは何か?

それは・・・

「皆さん、どうぞ頑張って下さい。生まれ変わる動物によっては12年も生き延びるのが、非常に難しいものもいますからね」

僕は、ハッとした。
ちょうど、例の男と目が合う。
その瞳は、僕をからかうように笑っている。

「そうだよ! 犬や猫だって、10年くらいしか生きられないじゃないか! ましてや・・・ネズミなんかに生まれ変わったらどうなるんだ?」

恐ろしい考えが頭をよぎる。
すると、男が言った。

「それでは、さっそく組分けをしま〜す! では、まずはネズミ門からですが、ハイそこのあなた!」

「えっ、僕?」

「そっ、君。どうか頑張ってね」

「・・・」

こうして僕は、新しい命に生まれ変わった。
可愛らしい、ハツカネズミとして。
さぁ、残り12年。
先は長いな・・・














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