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君に出会ったあの日を忘れない  作者:さかき原 枝都は
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7/10

想いと現実と Ⅰ

その日の朝は、夜の放射冷却によって冷え切った朝を迎えた。
「ぼっ」と部屋の暖房が着き、凍った窓ガラスが少しづつ溶け始めてきた。

目を覚ますと、俺の横に小さくうずくまってすぅすぅと寝息を立てながら、気持ちよさそうに寝ている瞳の寝顔が目に入った。

今思えば瞳という存在がずうっと俺の中で生き続けていた。そしてそれを自分では幼いころの思い出としてしまっていた。

その頃の俺には瞳の存在は、姉でもなく母親でもなく、そして突如いなくなった父親でもない。
まして友達でもなく兄弟でもなかった。

秋田にいるとき、いつも一緒にいてくれる優しい存在。

だからあの頃の俺は瞳が好きだった。

でも、今は違う。

あの頃の好きというのとは違う想いを持った。

でも言葉にすれば、それは好きとしか言えない言葉。

まだ自分では、何がどうしたのかよくわからない。
そもそも、人を愛するとはどんな事かも未だはっきりつかめていないのだから。

「う、ん・・うん」ゆっくりと瞳が目を覚ました。
いま、自分のいる状況を確認し、その状況に気が付き少し高揚させながら

「お、おはよう」

「おはよう」
そして自分の顔を毛布にうずめて
「磨緒くん、今何時?」
と、聞いてきた。

自分の近くにあるスマホの電源をつけた
「ん、6時38分」
「ん、そう」

「暖房さっき入ったばかりだからまだ寒いよ。それに今日は定休日だろ、叔父さんも帰ってくるの夕方ごろだしゆっくりできるよ」
「う、うん」毛布の中でもそもそしながら返事をする。
「瞳、どうしたの」
「う、うん、ちょっとね」
「うんちょっとねじゃわかんないよ」
瞳はすこし間を置いてから

「磨緒くん、わ、私とこうなってこ、後悔していない」

頭をすっぽり毛布にうずめながら言う
俺はそれを聞いて、毛布の上から瞳の頭にそっと手を添えて

「俺は後悔なんかしてないよ。それより瞳の方こそどうなんだよ、俺なんかと・・・」
言葉に詰まった。

瞳は毛布からちょんと顔を出して

「わ、私も後悔なんかしてないよ。だって、私が望んだことなんだもの・・・」
そう言って毛布でまた顔を隠した。

なんだかそのしぐさがとっても可愛い。

瞳の体を俺に引き寄せながら
「ありがとう。俺瞳の事ほんとうに好きだし、いい加減な気持ちじゃない。俺、瞳の事あ、あ・い・・・」
おかしい
あれほど言えると思ってた言葉「愛してる」が言えない。
言おうと思えば思うほど言葉にならない。
ものすごくもどかしい。どうして言えない。

瞳はそんな俺を見て

そっと俺の唇に自分の指を添えて
「摩緒くんとっても嬉しいよ。摩緒くんの気持ち良くわかるもの。でもね、今摩緒くんが言おうとしている言葉、今はまだ言わないで」

「どうして」

瞳はちょっと俯き(うつむ)
「だって、恥ずかしいもん」いつものことながら、顔をまっかに染めていた。


今日は通院日、朝食を食べ瞳の運転する車で病院へと向かった。

平日の病院、空いているかと思いきや、その予想に反して多くの人が順番を待っていた。
かぜを引いた子供に、定期に訪れるお年寄り。病んでいるから来るんだろうが・・・

受け付けを済ませ、成型外科の外来に行くと待合の座席はほとんど埋まっていた。

「摩緒くん、こっち空いてるよ」
隣の席の列が比較的空いていた。

「ようやく座れたぁ」
「平日なのにすごい人ね」
「俺と同じで病んでる人が多いんだよ」
「あら、摩緒くん足の他にも何か病んでいたの」

きょとんと覗き込むようにして瞳は言う。

「うん、俺は瞳に病んでる」

瞳は真っ赤になりながらも

「それじゃ私、磨緒くんの病原菌みたいじゃない」

少しむっとしながらも、その意味を感じ取っていた。その証拠に瞳の顔は未だに赤いままなのだから。

「ひとみぃ」
瞳を呼ぶ声がして俺と瞳はその方に目をやった。

そこには、背が高く型幅の広いがっちりとした体の女性看護師が瞳に向け手を振っていた。

「どうしたの、具合でも悪くした」

「あ、一美かずみ

彼女は瞳の高校の同級生、同じクラスになったこともあり仲の良い友達。そして彼女はバレーボール部で全国にまで行った選手だった。

瞳から紹介され、バレーボールの選手だと聞いたとき納得した。その体つきはバレーには優位な体であることを。
彼女は顔をにやにやとしながら

「そっかぁ、瞳もついにかぁ」

「な、なによ、ついにかって」

彼女はちらっと俺の方を見て会釈をしてから

「何も恥ずかしがることないでしょ、彼と一緒に検診に来たんでしょ。でもあの瞳がねぇ、やるもんだわ。私はてっきり昭人あきとと一緒になるもんだと思ってたのに」

「え、そんな、だって彼とは・・・」

ちょっと困った表情をする瞳に

「ま、いいかぁ。それよりちゃんと受診して元気な赤ちゃん生んでね」

「え、赤ちゃんってなあに?」

「またまたぁ、ここ産婦人科の待合席、ここにいるっていうことはそうなんでしょ」

「え」

ふと見るとそこはまさしく産婦人科の待合席だった。
正面に大きく「産婦人科」と書かれているから間違いはないだろう。

なにせこの病院の外来は縦に長く各外来が並んでいる。内科1番2番・・・と外科、整形外科、産婦人科・・・まーよく並んでいると感心する。

しかもその待合席も整形外科と産婦人科の区分があいまいだった。
地元?いやよくこの病院を利用する人にとっては分かることだろうが、俺のように来ることがないもんが解れというのも無理なように感じる。

でも一緒にいる瞳は地元にすんでいるんだが・・・

瞳は彼女に事情を説明し、何とか誤解が解けたようだった。

「なぁんだ、そうなんだ。藤崎さん瞳のいとこなんだ。ごめんね変なこと言って」

「いいえ、こっちこそ紛らわしくて」

一応、彼女も納得した様だったが、俺にとってはあのままでもよかったような、ちょっと損したような複雑な気持ちがあった。
「それじゃさぁ、昭人とは会っているんだぁ」
「ううんん、昭人とは高校終わってから会っていないわ」
「ええ、そうなのぉ、あんなにお似合いだったのにどうして」
「いろいろあってね。それに私、東京の大学だったし彼は仙台の大学だったから、連絡も出来なかったから」
「そっかぁ、仕方ないかぁ。でもね、昭人今こっちにいるよ」
「え、そうなの」
「うん、大曲の結婚式場にいるよ。よかったら行ってみたら。昭人喜ぶと思うよ」

そして彼女は、俺に「藤崎さん、お大事に」と言いながら足早に歩いて行った。

また一つ瞳にかかわる男の名が出てきた。

彼女、瞳の友達は昭人と言っていた。

聞きたくて訊いたわけじゃないけど、勝手に耳に入ってきた言葉
それは友達としてではなく、高校の時付き合っていたと思われる内容だった。
また、気になる存在が現れた。

まったく、俺が秋田にいられるのは、いいとこあと数日だというのに俺の知らない瞳が次から次へと出てくる。
ふいに頭の中でいろんな想いが生まれてくる。そして

<本当に俺なんかで良かったんだろうか?>

そんなことが頭の中をよぎる。

「38番の方、受付番号38番の方・・・」

「磨緒くん、磨緒くん、呼ばれてるよ。38番って」
「あ、うん」

呼ばれていたのに気が付かなかった。

診察室に入り「痛いか」と聞かれたから「痛くない」と答えた。するとその先生はすぐさま処置室に行くように言った。

診察台に乗ると看護師が小型のグラインダーのようなカッターのスイッチを入れ「動くと足切断しちゃうよ」なんてほのめかしながらギブスをカットしていく。

正直あんまりいいもんじゃなかったけど、足からギブスが外れた時の解放感は、よくぞやってくれたと言いたかった。

暖かいタオルで拭いてくれた時は、あんなことを言っていた看護師が白衣の天使に見えた。
レントゲンを撮り、診察室で診察結果を聞いた。

「ほほう、さすが若いだけあって直りがはやいな。この分じゃシーネでもいけるんだがどうする?シーネだとちょと制約が付くけどな」

「先生、シーネって何ですか?」
初めて聞く言葉に質問をしてみた。

「あはは、シーネっていうのはアクリルで出来た添え木の事だよ。ギブスより軽いし動けるから楽なんだけど、今の君の場合絶対に体重をかけちゃだめだという事かな。まーこれが制約なんだけどな」

おおこれはいいじゃん、と思ったが次の瞬間、体重をかけちゃいけない、つまり今まで以上に片足が使えないということだと思った。

そうなれば、今まで以上に瞳の負担が増える。いや、それより今までよりはるかに動けなくなるということだ。

「先生、ギブスだと少しは体重掛けても大丈夫なんですか」
「ああ、大丈夫だよ重いけどな。もしギブスにするんだったら、この状態だと次の通院は無しだな、今度は東京の病院で診てもらっても大丈夫だよ。もっとも熊なんかと喧嘩しなけばだけどな」

「熊出るんですか」

「たまにな」真顔で先生は返した。

俺はすぐさま
「先生、ギブスにしてください」
「そうかギブスね、分かった」

そして処置室でギブスを巻かれながら、あることに気が付いた。
ギブスをしたら、あと通院はなくなって、東京の病院でも大丈夫ということは、俺帰らなきゃいけないと言いうことに。

「あ、すいません、やっぱシ・・・・」
「あら、おしっこ」
なんて笑いながら言う看護師は、すでにギブスを完成させていた。

松葉杖を突きながら診察室を出ると

「磨緒くんどうだった」

心配そうに聞いてきた

「うん、若いからだいぶ直りが早いんだって、だからシーネっていうのでもいいんだけど、ギブスにしてもらった」
「そう、それでこの次でギブス取れるのね」
「多分、でもギブスをしたらあと通院はいらないって、診断書書くから東京の病院であとは見てもらってて」
「え、それじゃ帰っちゃうの・・・」
瞳は下をうつむいた。
「うん、そうなっちゃう」
「な、なんで、いいことなのに、どうして・・・まだ、私のピアノ聞いてくれてないのに、帰っちゃうなんて・・・」

突如の事で自分を抑えきれず、瞳はぽろぽろと涙を流しだした。

「で、でもさ、何も今日帰るわけじゃないしさ、だ、大丈夫だよまだ時間はあるよ」

と、言いつつも一番あせっているのは当の本人・・・俺だ。
俺自身がまだ時間はあると思っていたのだから

そう、まだ瞳が奏でるピアノの音をまだ俺は聞いていない。

診断書を受け取りペンションへの道のりを、瞳が運転する車で走った。
道のり二人とも口を開くことはなかった。

口を開けば必ず、俺が東京に帰る話になるからだ。

車はペンションの駐車場に着いた。

ペンションは休業日だからお客は来ないはず、でもそこには1台の車、ジープのような乗用車が俺らを待ちわびているかのように停車していた。

「あれ、お父さんの車」

瞳がその車を目にして言った。

瞳が車を止めドアを開けると、向こうのドアも開いた。

出てきたのは身長180は夕に超える大男で、がっちりとした肩にあごひげをはやしている、見るからにやばい業種の人のように見えた。

瞳のお父さん。俺も昔何度か会ったことがある。その時も大きな体は印象的で、少しこわいい男の人と言った面影がある。

でも、今見る瞳のお父さんは、前よりも威圧感を感じる、いや殺気立っていると見た方がいいのかもしれない。

「お父さんどうしたの」

瞳はその男(父親)に向かいながら問た。

「瞳、お前何やってるんだ」

重みのある声が駐車場に響いた。

「何やってるって、言ったでしょ叔父さんのとこ手伝うって」
瞳もその重みのある声に反論するように言った。

「俺はそんなことを言ってるんじゃない、そんなことはお前から聞いていたことだから解っている」

「じゃ、何よ。何の用事があってここで待ち伏せするようなことしているの、私に何かあるの」
「何かあるのだと」

瞳の父親は車からA4くらいの郵便封筒を出した。

「昨日俺が帰ったらこれが届いていた。差出は「都立中ノ原高校」とある。お前俺には東京の教員試験全部だめだったて言ってたな。なのになぜ、教員登校案内と言うものがくるんだ。言ってみろ瞳」

その声は次第にトーンを下げ瞳に投げかけられた。

正直、あのがたいにあの声で話されるとものすごく威圧感がある。関係ないものは出てくるなと言わんばかりに聞こえていた。

「そ、それは・・・」

「お前、俺に嘘ついていたのか」

下をうつむき何も話さない瞳、次第に上空から白い雪が少しづつ落ち始めていた。

「なんでそんな嘘を言った」

それを聞いた時瞳は両方の手を握りしめ

「だって、お父さん私が東京に行くの反対していたじゃない。受かったて言ったら絶対反対されていた。だ、だから私、誰にも言わなかった。お父さんにも、お母さんにも、大にも、私一人で行くつもりだった。東京に」

それは、今まで見たことのない瞳の姿だった。
優しく俺をいつも見守ってくれている瞳。
いつも俺の前ではそう振る舞ってくれていた。
俺が見ていたのは瞳のある一面だけだったかもしれない。そして瞳は東京に行くことを自分一人で決断して、誰にも言わず自分だけで全てを背負い東京に行こうとしている。

それは、東京に忘れてきた瞳の想いを取り戻す為、大学時代受けた辛い思いを、あえて受けた東京に行こうとしている。

瞳は、最後の自分の帰る所を失っても、その忘れてきた想いを取り戻そうとしている。

瞳の忘れてきた想い。それは俺だった。

俺がここにきて、6年ぶりに瞳と再会再会した。
6年前とはあまりにも変わった瞳に俺は一目ぼれをした。

いや、多分この想いとは違う想いを俺は幼いころから抱いていた。

秋田に来れば会える、年上のいとこでもなく、親でもなく、今振り返ってもその存在の位置は俺の中では確定されたものではなかった。でも、瞳と会うととても安らいだ気持ちになった。

東京で毎日いじめられていた日々を、瞳と出会うことで忘れようとしていたのかもしれない。

一番長く瞳と時間を過ごしたのは、あの小学生の頃半年間秋田にいた時、あの時、瞳がいてくれたから俺は寂しさから耐えられた、そして東京で同じクラスの奴からいじめられても耐えることが出来た。

そう、頑張ればまた瞳と会えると。そう信じて生きてきた。

6年前、瞳からもらったお守りを俺はいつも大事に持ち歩いている。

「磨緒くん・・・また会えるよ。きっと・・・」

あの言葉を今でも覚えている。

パシッ

瞳はよろけ雪の降り積もる地面へ手をついた。

俺は思わずドアを開け外に飛び出した。

「瞳になにすんだ」

俺は叔父さんに向かって叫んだ
叔父さんは叫んだ俺を見て

「誰だ、お前は」

凄みのある声が帰ってきた。

「磨緒くんいいの、全部私が悪いから、いいの」
瞳が俺をかばう

「磨緒だと、そうか来ていたと聞いていたな。だが、なぜ娘の車に乗っている」
瞳が震える声で
「磨緒くん足怪我して、今日通院日だったからわ、私病院に・・・」
瞳の声は最後まで続かなかった。

叔父さんは、俺の足のギブスを見て

「ふん、そうか、それは分かった。だが、これはうちの家族の事だ、部外者は黙っていてくれ」
その声は重くそして俺に突き刺すように聞こえた。

俺は勇気を出して

「ど、どうして瞳、いや瞳さんが東京に行くのを反対するんですか。瞳さんはもう大人です、それに瞳さんのやろうとしていることを、そんなに反対することはないんじゃないんですか」

自分でも今何を言っているのか理解していなかった。

いわば、頭が真っ白の状態で言葉だけを叫んだというのが正しかった。

その言葉が叔父さんの何かを刺したかのように形相を変え俺に近づき、目が合ったと思った瞬間、ジャケットの襟口を持ち上げた。

俺の片足のかかとが地面から離れた。

「お前に何が解る。お前のようなチャラチャラした奴がいる東京に、なんでもう一度娘をやらなければいけないんだ。あの子が、娘が東京から帰ってきた時、どんなんだったかお前にわかるか。俺はあんな娘はもう見たくないんだ。わかるか、磨緒」

まるで、いきなり熊に胸ぐらを捕まれて吠えられているようだった。

正直怖かった。理性を失った熊が俺をかみ切るような勢いであったから。

それでも引き下がることしたくない、たとえそれが瞳の親であっても今おれは戦わないといけないことを悟った。
頭を上げその鋭いまなざしを、自分の目に映して俺は言った。

「解るよ、解っているよ叔父さん。瞳が東京でどんな思いをしてきたか、そんなの全部解って言っているんだ。でもそれを今乗り越えて瞳は、瞳はまた東京に行こうとしてるんだよ、本当の瞳の気持ちを解っていないのはあんただよ、叔父さん」

「なんだと」

その一言を聞いた瞬間、俺の体は雪の固まった地面に激しく叩き付けられた。

「磨緒くん」
瞳が叫ぶ

「な、なんだよ、自分の弱いところを突かれると、それを投げ捨てるのかよ。あんたに解るかよ、人から傷つけられた心の痛さを、それを自分の中にじっと閉まっていることの辛さを、あんたはちっとも解っていない。解らずやなのはあんたの方だよ」

ゆっくりと立ち上がり、叔父さんに向かい猛ダッシュで体当たりをした。

足にギブスをはめられているのも、その重さを感じるのも、すべてを無にして俺はおもっいきり体当たりをした。

でも1回目、2回目とその体当たりは軽くかわされ、そのたびに俺の体は固く固まった雪の上に体を叩き付けた。
もう、ギブスが割れていることも、体中があざになり痛さがひしめいていることも何も感じなかった。ただ目の前にいる解らず屋を倒すことしか頭になかった。

3度目、俺の体は叔父さんのふところに入った。

それを全身で受け止め、また俺を投げ飛ばそうと俺のジャケットの肩をつかんだ。もう投げ飛ばさまいと体をそのまま下に落とした。

すると叔父さんは引っ張られるように上半身が前に倒れた。
そのまま体をひねり、叔父さんの片腕をつかみ背中を向けなだれ込むようにつかんだ腕を外に投げ出した。

次の瞬間、自分でも何が起きたか理解できていなかった。


荒い息の下、その熊のような巨体は俺の目の前で倒れこんでいた。


「はあ、はあ」と肩を揺らし荒く呼吸をしながら、俺は目の前に横たわる巨体を眺めていた。

その巨体は意表を突かれたかのように、ただ茫然として雪の上に横たわっている。

でもその体から感じる恐ろしいほどの闘気を、俺は全身で受け止めていた。
どんなことがあっても俺は瞳を守ると、そう決めたから

「ま、磨緒くん・・・」

かそぼい声で瞳が俺の名を呼んだ

その声で二人の時間は動き始めた。

叔父さんは、ゆっくりとその巨体を起こし立ち上がると体に着いた雪を払い

俺をぐっと睨んだ。ボロボロになった俺を

そして瞳の方へ体を向けようとした

「瞳に近づくな、たとえ親であろうとも今のあなたを瞳に近づかせることは、俺が許さない」
もう限界だった、それでも瞳に向かう叔父さんのあの目を彼女には向けさせたくなかった。

瞳を悲しませたくない、瞳の悲しい姿は見たくない
俺にとって一番大切な人。それは瞳だから

「ふんっ」と鼻を鳴らし、叔父さんは瞳を目に入れながら

「磨緒、なぜお前はそんなにしてまで瞳をかばおうとする。そんなにボロボロになっても」

「そ、それは・・・お、俺は・・・」その先はどうしても言葉として出すことが出来なかった。

体の中では怒涛どとうもなく「好きだから」と叫んでいるのに、それを叔父さんの前で声にすることが出来なかった。

叔父さんはまた鼻を「ふんっ」と鳴らし

「いつまでもこんなことをしていても時間の無駄だ。瞳、今晩家で話そう」

そう言って車に乗り込みこの場を後にした。

実際叔父さんもギリギリだったんだろう。これ以上ここに居れば、自分の理性を抑え込むいことが出来なくなると・・・。
俺にはそれが手に取りように感じていた。

今まで俺を締め付けていた威圧感が一気になくなり、俺はその場に倒れこんだ。

瞳は泣きながら俺のところに来て
「磨緒くん、大丈夫、しっかりして・・・ま、磨緒くん」

瞳の泣きじゃくる顔を見ながら

「瞳、大丈夫だけど、一つお願いいいかな」

きょとんとした顔をしている瞳に
「もう一回、病院に連れってもらえないかな」

「ばかぁ、当たり前でしょ」

そう言って、頭をポンと叩いた。
すぐさま瞳は俺を自分の車に乗せ病院へと向かった。

病院で、さっき診察てもらった医者は

「どうしたんですか?ついさっき診たのにこの変わりようは」

驚いたような、あきれたような言葉に

「く、熊と喧嘩しました」

「馬鹿ですか君は・・・」とあきれられた。

すぐさまレントゲン室へ運ばれ、左腕と先に骨折していた右足のレントゲン写真が医者のもとに来た。幸い先に骨折していた右足は大丈夫そうだった、でも左腕は1本の骨にひびが入っていた。

「左腕はシーネでいいでしょう。足の方はやっぱギブスした方がいいでしょうね。くれぐれも今度は熊と喧嘩しないでくださいね」

医者のため息と共に診察は終わった。

しょんぼりしながら瞳は診察室から出てくる俺を待っていた。

「瞳」

「磨緒くん」

俺の姿を見てふっと安心したような、それでいて自分が原因で俺に怪我をさせてしまったと自分を責めるような、いろんな瞳の想いが顔に出ていた。

「心配するほどの怪我じゃないよ」
「でも」
「そんな顔すんなよ」
「でも」
「ほら、顔あげて」

真っ赤な目を恥ずかしそうにしながら、尚もあふれ出る涙を手でぬぐい

「ごめんなさい。磨緒くん」
「でも」のほかに出た言葉だった。

病院からの帰り、車の中はオーディオから流れる静かなピアノの音だけが二人を包んでいた。

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