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君に出会ったあの日を忘れない  作者:さかき原 枝都は
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瞳のわすれもの Ⅰ



コンコン。
ドアをノックする音で目が覚めた。目を開けると日差しが雪に反射してまぶしかった。

「ねぇ、磨緒くん起きてる?」瞳の声がした。

「あ、起きた。今起きた」

「おはよう磨緒くん」とにこやかに瞳はドアを開けた。
「おはよう」まずは返事は出来た。

ベットから出ようとした俺を見て瞳が「あっ」と声に出し、顔を赤く染めた。

「磨緒くん、磨緒くん」そう言いながら俺の下の方を指さした。

ふと見ると、なんとブリーフ一枚きり、しかも見事にテントを張っていた。

瞳は下をうつむきながら

「磨緒くん、早くズボンはいて顔洗ってきて、朝食出来てるから」
恥ずかしそうに瞳はドアを閉めた。

顔を洗いホールに行くとテーブルに朝食が用意されていた。

瞳の方に目をやるとちらっと見て目をそらした。

「さ、さっきはご、ごめん。変なの見せちゃって」
瞳が怒っているのかと思って謝った。

「ううん、こっちこそ、いきなりだったし」
声を小さくして

「それに・・・おっきかったし・・・」またまた顔を真っ赤にしてしまった。

「おや、どうしたんだい二人とも黙り込んじゃって」

叔父さんが温室から戻ってきた。

この温室で叔父さんは、夜のサラダに使ったクレソンやサラダほうれん草を栽培している。

クレソンはきれいな水辺に生息するから、沢から水を引いて栽培をしている。気温が低い時はヒーターをかけているから、真冬の間でも季節外れのトマトやピーマンなんかも出来ちゃっている。

この野菜たちはペンションに来たお客さんに振る舞われている。

今日の朝食にも温室の野菜たちが使われていた。

「な、なんでもないわよ、叔父さま」

瞳は慌てて返した

「ふうん、若いっていいねぇ」
ちょっとからかうように叔父さんは言った。

テーブルの上には、スクランブルエッグとカリカリに焼いたベーコン。コンソメスープに温室からとれた野菜の

サラダ、そして軽くトーストしたバケットが並べられていた。

「瞳、これ全部一人で作ったの?まだ7時じゃん。何時に来たの」

「えーとねぇ6時ころかなぁ」

「6時?どうしてそんなに早くから」

「だっだって、じゅ、準備とかあるから・・・」

瞳がちょっと困った顔をしていると

「仕事熱心なのはいいことじゃないか」

叔父さんが瞳の方を見ながら意味ありげに言った。

「ん、もう。叔父さまったら」
ちょっと恥ずかしそうに言いながらバケットを口にほお張った。

朝食を食べながら

「叔父さん、何時ごろに出発するの」

「そうだなぁ、昼前には出たいなぁ。なんせ大阪まで行かなきゃいかんからな」

「そうか、昼前かぁ」

ちょっと心配そうにしている俺に

「なぁに心配することないぞ、今は暇な時期だから瞳ちゃん一人でも十分に回せるさ。それにホテルの事務の子たち瞳の料理が食べられるって喜んでいたぞ」

「本当に」

「本当さ」
叔父さんはそう言い残して、昼前にペンションを出た。

叔父さんお言う通り、初日はランチタイムも事務の子3人とフリーのお客さんが数人くらいのもんで、喫茶もぽつりぽつりとコーヒーや紅茶を飲みに来る客だけだった。

二日目は、朝から猛吹雪でスキー場も開店休業状態。むろんランチに来る客はホテルの宿泊客や関係者が主な利用者だけで、こっちもスキー場同様開店休業の状態だった。

そして最終日は、昨日の猛吹雪が嘘のように晴れ渡り、平日にも関わらずゲレンデはスキヤーでにぎわっていた。

スキー場の賑わいが流れ込んだように、この日の昼はたくさんのお客さんでホールは埋め尽くされた。

事務の女の子たちが伝えてくれたんだろう。常連客は、瞳の作るランチが頂けると聞いてわざわざ町から来てくれた。

午後3時くらいになるとお客の姿はほとんど見られなくなり。片づけを終わらせて、5時に喫茶を閉めた。

「ふう、やっと終わったぁ」

と言いながら、肩に手をやり

「今日は忙しかったなぁ、やっぱ大変ねお店をやるって」
にこっと笑いながら「んっ」と背伸びをした。

「お疲れ様でした。瞳、さっここに座って」
俺は瞳を椅子に座らせ後ろから瞳の肩を軽く揉んでやった。俺の手に瞳のきゃしゃでこじんまりとした肩の感触が流れる。

「あら、意外。磨緒くん上手ねぇ」

「おふくろの肩よく揉んでやってたからなぁ」

「やさしいのねぇ」

「そんなんじゃないぜ、お袋お小遣いあげるから肩揉んでってくるんだ。挙句の果てに真面目にやってなかったから今日は無しなんて詐欺もいいところだぜ」

「あはは、叔母様らしいわ」

なんて言っているけど、磨緒くんはいつもお母さんの肩を揉んであげていたみたいだった。
東京で母と子2人きりの生活を乗り切ってきた親子。磨緒くんのひねくれは、彼のやさしさの表現でもあると思えた。

「ねぇ磨緒くん、夕食何がいい?」

彼は優しく私の肩をさすりながら

「なんでもいいよ」少し声を小さくして返した。

少し恥ずかしそうな彼に

「そっかぁ、どうしよっかな」

「困った?」

磨緒くんが手を止めた。

「ちょっとね」

「ごめん、瞳が作ってくれるんだったらなんでもいいよって」

後ろ肩からゆっくりと腕が伸びてきた。

その腕は私を優しく包み込む
背中に磨緒くんの体温を感じる。
耳元で磨緒くんの息づかいを感じる。
次第に、背中から磨緒くんの鼓動を感じる。暖かく優しい鼓動を

彼、向田もこうして自分の鼓動を私に感じさせた。
あの優しい彼の想いで、そして自分が選んだ悲しみ。
自分で開けた心の大きな穴

私は、自分で開けた穴を自分でふさごうとしていた。

それは私が選んだんだから・・・

でも、でも、私は何かを求めていた。
自分では気づかない様にしていた。でも求めていた。

ふっと、彼の唇が私の唇と重なった。

あの時と同じ・・・

私の肩に彼の頬が乗る。

磨緒くんが静かに語りかけてくる。

「瞳、俺、あの時瞳に助けられて、久しぶりに会った瞳がものすごく綺麗になってて、瞳とはいとこで、小さいころから知ってて俺、簡単に<俺と付き合わない>なんていったけど、今ものすごく反省している。俺、瞳の事何も知らなかった。この6年間瞳がどんな思いをして暮らしていたなんて何も考えていなかった。ごめん 瞳」

「磨緒くん・・・」

彼の抱きしめる力が強くなる

「俺って、瞳から見たらまだ子供で、高校生で、何にも出来なくて、ひねくれてて。でも、俺、俺、瞳が好きだ。いとこだから、年上だから・・・全部違う。俺は、今の瞳が好きなんだから」

好きなんだから

好き

今の言葉で私は、はっきりと分かった。自分が求めていたものを
私が求めていたもの。いいえ人は

磨緒くん

私は知らない間、いいえ、分かっていたはず。でも自分で気づかないふりをしていた。

私が自分で開けた心の穴、向田の事、それを磨緒くんでごまかしたくなかった。

あのお守りが出てきた時、私は心から泣いた。
手に取ると自然と涙があふれてきた。

この6年間どんな思いをして暮らしてきていたか

磨緒くんが言った言葉。それは私から磨緒くんにも言えること

私は、秋田に来ていた磨緒くんしか知らなかった。

大学に入学した年、私は磨緒くんの所へ一度きりだったけど訪ねた事がある。


その姿を見た私は声をかけられなかった。


同じ小学校から帰る子たちの中で、その子だけは

型の崩れたランドセルを背負い、伸びきった色あせたTシャツを着て、ボロボロのズックを履いて、
同じクラスの子に馬鹿にされて、それでもうつむきながら手を握りしめ、必死に耐えていた姿。
それは間違いなく磨緒くんだった。

秋田に来ていた時とは違う磨緒くん。でもそれが彼の現実の姿。母親と二人、都会で必死に暮らしている姿。
磨緒くんは涙を拭きながら古い都営住宅の棟の中に消えていった。


それから、私は磨緒くんの居るところへ訪れることはなかった。6年間彼とも会うことはなかった。


お互いに違う時間を過ごしていた。お互いに変わりながら・・・


手に一粒一粒と涙が落ちていく

私は磨緒くんに抱き着いた。

「磨緒くん。私、私あなたが思っているような人間じゃない。私、私・・・」

強く体を抱きしめる。磨緒くんの鼓動が私の胸から伝わる。

「俺、言ったろ。今の瞳が好きなんだって。だから、前に何があったかなんて関係ない・・・今の瞳がすきだ」
彼の唇が私の唇に重なる。長い時間。

心がとても暖かく感じる。

「磨緒・・く・ん・・・」


体すべてが彼の中に入り込んでいく。


暖炉の火が次第に明るさを失っていった。

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