神子姫さま()は、かえりたい
ぽっとでたネタを書いてみただけの手抜き作品
倫理観や道徳観がどっかいっちゃってるのでご注意を。
「いい加減に目を覚ましてください! あなたたちはこの国を担う未来の王と重臣なのですよ!? ――そして神子姫さま、神子姫さまもどうか、神子姫らしく身を慎み相応の振る舞いをなさってください。あなたの行為は讃えられるべきこと、しかしあなたのためになされたことは国庫を傾け、民の重石になっているのです」
どうか、お願い申し上げます。
最初、怒気をたぎらせていた彼――この国の宰相を勤める男は、最後には膝をつきゆっくりと深く頭を下げた。
かっこいい男の人たちに囲まれて、プレゼントや甘い言葉を贈られているのは、てっきり頑張ったわたしへのご褒美だと思ってたのに、違うのかな。突然、彼女たちがたむろっていた部屋に乱入してきた宰相に、美衣子は、その可愛らしい目をぱちりと瞬いて、そんなことを思った。
美衣子は、自分が頭の足りない人間だと言うことを知っている。
でも、代わりにとびっきり可愛い人間だと言うことも、知っている。
そんな美衣子は、気が付いたら異世界にいて、「神子姫さま、どうぞ我らをお助けください」と言われていた。
意味わかんない。
その時はただ、ぱちぱちと目を瞬いているだけだったと思う。
どうやら美衣子は、カミサマからこの世界に遣わされた神子姫と呼ばれる存在で、この世にはびこる穢れを祓うために存在しているんだそうな。
それを理解するのに、かなりの時間がかかった。その間には、もうすでに美衣子は王子様やら魔法使いやら騎士様やらに連れられてあちこちの穢れを浄化させられていた。美衣子は自分が流されやすい性質なことを新たに知った。
穢れがあらかた祓い終わったころには、美衣子はその可愛さと穢れを祓う力から、美しくて素晴らしい神子姫さまとして祭り上げられていた。
美衣子は、この時にも意味わかんないと思った。
そんな風に民に絶大の人気を寄せられた美衣子だったが、気が付けばお城の奥で大事に大事にしまわれるようになった。王子や騎士や魔法使いたちがいつも侍っていて、気がつけば豪華な贈り物や贅を尽くしたもてなしをしてくれる。可愛いことを自覚している美衣子にとって、男の人にちやほやされるのは割と当たり前だったから、美衣子は素直に喜んで受け取ったし、もてなしを楽しんでいた。
の、だが。
頭を下げたこの宰相のいうことには、美衣子は「つつしむべき」であるらしい。つまり、贈り物やもてなしを受け取っちゃいけないということなのだろうか。
美衣子は、わたし馬鹿だからよくわかんない、と思った。まあ、この頭のよさそうな人がいうならきっとそうするのがいいんだろう。
「無礼者! この世を救った神子姫様に、こうしてもてなしをすることは当然のことだろう!」
「その通り、です。それに、僕らの贈り物、受け取らないの、悲しい」
「そうそう、神子姫ちゃんはやさしいんだから、その分僕らが優しくしてあげなくちゃ。――それに、彼女に身を慎めっていうって、まるで彼女が身を慎んでないみたいじゃない?」
「神子姫様の侮辱をするのか、貴様!」
大丈夫、神子姫さまはわれらが守ってやる。
そんなことを言って美衣子を庇うように思い思いの声を荒げる男の人たち。美衣子は、それを聞いて目をぱちぱちさせた。そんなところも可愛いと、周りの男たちはうっとりと頬を上気させる。
「何故お分かりになられないのですか、殿下方! ――美衣子さまも、どうか!」
ぱちり。
もうひとつ、美衣子はまたたきした。
それから、思わずにっこりと大輪の花が綻んだような笑みを見せる。他の男たちは意味もなくうっとりした。宰相は思わぬ反応にぎょっとした。
「ねえ、宰相さん」
「な、なんでしょうか神子姫さま」
「わたし、あなたと二人で話をしたいわ」
宰相はもっとぎょっとした。男たちは、はっと息を呑んで、ぎんっと宰相をにらんだ。今にもそれぞれ思い思いの武器を振りかぶりそうだった。
「……私まで籠絡するおつもりですか」
「? ちがうわ。わたしね、ずっとあなたみたいな人を探していたの」
「な、何を――」
美衣子は、「ろうらく」の意味がいまいちわからなかったけれど、とりあえずニュアンス的に違いそうな気がしたので否定した。それから、鈴の転がるような可愛い声で告げる。……二人じゃないけど、まあいいや。
「ねえ、宰相さん。もとの世界への帰り方を教えて?」
「、は――?」
何を言ってるんだこの娘、という顔をする宰相。と、一拍遅れて王子や騎士や魔法使いたちが、口々に「帰りたいのか?」「そんな、僕らがいるのに?」「大丈夫だ、寂しいならおれたちが付いている」とか色々言っていたが、実のところ美衣子は何も聞いていなかった。ただ、じっと宰相の言葉を待つ。
宰相は、訳がわからん、と思いながら、重い口を開いた。
「あなたが降り立ちました時に、殿下たちからお聞きになったはず。あなたは神が遣わしたいとし子。我らが請うてお呼びしたものの、あなたを帰す術を我らは持ちません」
美衣子は、目を見開いた。それから、悲しそうな顔をする。肩を落として、今にも泣きだしそうな雰囲気に、その場の全員が焦った。
「で、殿下! まさかご説明なされなかったのですが!?」
「まさか! ちゃんと何度もしたとも!」
覚えているだろう、と聞いてきた王子に、美衣子は、うんと頷く。王子がほっと息を吐いたその時「でも」と言葉をつづけた。
「わたし、知ってるもの。あなたみたいな男の子は、嘘つきだわ」
美衣子は知っていた。自分は可愛い。だからこそ、男の子はたくさんの嘘をつく。特に、きらきらとした恋の瞳で見つめてくる人は、その傾向が強い。美衣子を手放さないために、どんなことでもやりかねない人達なのだ。元の世界でも、何度それで軟禁未遂にあったことか。
美衣子は、自分が飛び切り可愛いことを知っていた。――それこそ男の人が、目の色を変えてしまうぐらい。そして、それに気づかず放っておけば、男に捕らわれるか、女に嫉妬されるか、頭のいい悪い人に食い物にされるかして、馬鹿な自分は死んでしまうと言うこともしっていた。
それが、母の教えだったからだ。
「いいかい、美衣子。あたしらは馬鹿だ。この世の中、馬鹿が生きるのはものすごく大変だ。だけどね、美衣子。馬鹿は馬鹿なりに、自分の持っている武器を使って生き抜いていかなきゃいけない。あたしらは幸いに、美貌っていう武器を持っている。だからね、美衣子。あたしらみたいのは、美貌を武器にして、あたらしらなりに全力で生き抜いていくんだよ」
母も馬鹿で、けれど飛び切りの美貌を持っていた。だからそれを使ってお金を得て、食料を得て、棲家を得て、生きる術を得て、美衣子を得た。
「だから、あなたのいうことは、きっと嘘だと思ったの」
恋をする男は恐ろしい。ない頭なりにうまく立ち回らないと、何をしでかされるかわからない。正直、嘘をつくぐらいならいい方だと思っている。ナイフを持ち出して心中されそうになったり、鎖でつながれたり、嫉妬した女や男に襲われることもままあったので。
まあ、それは今は関係ない話。
それよりも、宰相の話のほうがきっと重要だ。
「お金がないなら、私の持ってるものを全部あげるわ。それを売れば、お金になるでしょう? きっと、私が使ったものだと言えば、とっても高く売れるわ」
「そ、そんな。君がそんなことをする必要なんてないんだよ!」
「そうだ、それに君が使ったものを売るだなんて、そんなの君が汚されるにきまってる!」
意気消沈したまま、美衣子は宰相が怒っていた理由を解決しようとそんなことを口にする。この人はいい人だ。だって美衣子の名前をきちんと呼んでくれた。一度だけだったけど。
美衣子が持っているものは、みんな王子たちからもらったものだけれど、十分に目で見たり着てみたり使ってみたりで楽しんだから、特に執着はない。それに、自分が使ったものが売れるだろうことも経験的に知っていた。ぶっちゃけ、美衣子に直接被害もなくお金もはいるので、売れた後に何に使われようと気持ち悪いとさえ思ったこともない。倫理観はどこかにふっとんでる美衣子である。これも馬鹿なりに生きる処世術だ、と美衣子の母は言っていた。
それにショックを受けたのは王子たちだった。宰相は目を見開いて、それからはっと思いついたようにつぶやく。
「聖遺物、として売れば、確かに財政は立て直せる――」
「そんな、神子姫さまを、利用するようなこと、許さない!」
「いいえ、――これは民を憂う神子姫さまが民を救うために自ら競売にかけ、民に寄付するのです。……そうでしょう?」
宰相のいっている意味が半分以上わからなかった美衣子だったが、まあ彼が言うんだからきっといいことなんだろうと思って「うん」と頷く。
美衣子は、自分の武器である「美しさ」が通用しない相手を尊敬している。この宰相のように。
そういう人間は、自分よりも強い武器を持っていて、それを使いこなせているからだ。そして、そんな相手に負けるのは自然の摂理だし、仕方ないコトだとも思っている。
でも、その武器に関しては全面的に信用しているのだ。宰相であるならば、その頭脳と国に対する忠義心と呼ばれるものなのだろう。
それに、美衣子に侍っているのは偉い人。生半可な人じゃあ、意見なんてしても突っぱねられるし、圧力に負けて美衣子に嘘をつく。その点、この宰相はこうして意見してくるちからがあるのだから、いろんな意味で信頼がおける。
――逆を言えば、自分の武器に負けるような人間を、美衣子は全く信用していない。王子や魔法使いたちのような男は、特に。
ねえ、と美衣子の袖を引っ張る魔法使い。なあに、と美衣子がそちらを見れば、目をうるうるさせて口を開いた。
「神子姫さま、は、僕らのこと、嫌いになったの?」
美衣子は、きょとんと首をかしげた。
「きらいじゃないわ」
男たちがほっとしたのも、束の間。
「だってわたし、あなたたちのこと、嫌いになるほど良く知らないもの」
あっけなく爆弾はおとされた。
実際、美衣子は彼らのことを良くしらない。自分の武器に負ける男たちは、自分の良さをアピールし、美衣子のことを知りたがる。しかし、都合の悪いことも本音も言わないし、美衣子の事ばかり聞いてくるか、美衣子にとってどうでもいいことをひたすら語り続けるだけだったからだ。だから正直どうでもいいと思っていた。
興味が、あんまりなかったのだ。
愕然とする男たち。それを視界に収め、宰相は眉を潜めた。
「ならば神子姫さま、どうして彼らの愛を受け入れていたのです? よく知りもしない相手の言葉を受け入れ、喜び、笑顔を作っていたではありませんか」
「好意をくれるのは、嬉しいものでしょう? 贈り物も、綺麗なものも、好きだもの。好きなものを見れば嬉しいでしょう? それに、何より」
嫌われたら、家に帰してもらえなくなるかもしれないもの。
美衣子は、初めて本音を言った。
美衣子は美衣子なりに、考えていた。嫌われたら、意地悪されて帰れなくなるかもしれない。好かれていたら、それはそれで帰してもらえないかもしれないけど。
でも、宰相によって帰り道がないと言われた今、なけなしの気づかいは意味がなくなってしまった。だから彼らの機嫌を損ねないようにするのをやめたのだ。
……やさぐれていたともいう。
「ねえ、それより、宰相さん」
「、は、はい」
「かみさまが、私をこの世界に連れてきたのよね?」
「そうです、神子姫さま」
あれだけ仲睦まじそうにしてたのに、実際のところ思いっきり片思い、しかも神子姫様に全然信用されていなかったのか彼らは! といっそ不憫に思い始めていた宰相は、急に呼びかけられてびくりとした。美衣子は、それにちょっと首をかしげながらも、まあいいやと流す。
「じゃあ、わたしはかみさまに帰してもらえるよう祈るわ。だって、かみさまはみんなの願いをきいて、わたしをここまで連れてきたんでしょう? ならきっと、わたしのお願いも、祈りつづけていればきいてくれると思うの」
え、と男たちは固まる。
「確か、聖域に巫女院があるって、きいたわ。そこでお祈りをしてみることにする」
美衣子は、言いながら自分の思い付きに満足していた。頭が悪い自分にしては、いい思い付きだと思う。
美衣子は自分の可愛さを武器に生きてきたが、別に男好きというわけではない。勘違いされそうになるが、男を利用するのは手段であって目的ではないのだ。……あちこちから、盛大なブーイングを喰らいそうなことではあるが。
ともかく、巫女院――元の世界でいうならば、修道院か尼寺に相当するところだが、美衣子にとってきっと窮屈でも悪い場所でもないだろう。馬鹿だから考える労働はできないが、別に普通に雑事をすることも、女だけの空間にいることも、厳しい戒律があったとしても、さほど気にしない――馬鹿だから気にできないのである。むしろ、武器を使わずとも生きていける保証があって、しかも「神様に祈る」という目的まで果たせてしまうのだから、悪くない。
うん、わたし、ちょっとは賢くなれたのかも。
巫女院にいったらいったで、色々学んだりしなくちゃいけないこともあるだろうということはまるっと忘れて微笑む。
口々にヤンデレな台詞も交えて引き止めにかかる男たちなんて無視したまま、狐に化かされたような顔をしている宰相の協力を経て、美衣子はあっさりと巫女院へと赴いてしまったのだった。
◇◆◇◇◆◇◇◆◇
――――世界の穢れを祓った神子姫は、民の幸せのため、また、再び穢れが発生することのないように、と巫女院にはいり祈りをささげ続けたのであった。
その彼女に感銘を受けた当時の王子やその側近たちは、彼女にならい、城の一角に籠り短い生涯をそれぞれ祈りに費やしたと言われている。
神の加護ゆえに、やがて老いることもなく祈り続け、神子姫は五十年後にこの世界から消える。朝の祈りの最中であった。
彼女の周囲の者たちは、口をそろえてこう言った。
「神子姫さまは、元の世界にお戻りになられたのでしょう」、と。
――――『世界の穢れを祓った神子姫に関する研究・下』より
◇◆◇◇◆◇◇◆◇
後の世に思いっきり都合よく語られてしまうことを知らぬまま、いつの間にか老いることもわすれて馬鹿正直に祈りをささげていた美衣子は移る景色を見てほうと息を吐いた。
「聖女さま、どうか、どうか我らをお救いください!」
ただしそれは歓喜でも感嘆でもない。
ひれ伏す貴族っぽい人たち。懇願する王様っぽい人と神官っぽい人。
口々に助けを求める彼らを見て、意味わかんない、と昔と同じことを思う。
「どうか……!」
「――わかりました」
魔を祓え、と昔と同じようなことを言われて美衣子がそう口をひらけば、周りがわあっと歓声を上げる。これ、前も見た、と美衣子はなんだかものすごく懐かしいような悲しい気持ちになった。
そのまま話を進めていこうとする偉い人っぽい人に、「でも!」と美衣子は前の失敗を繰り返さないために口を開いた。
「代わりに、その役目を果たしたら絶対に、わたしをわたしが生まれた世界に帰してくれるって、約束してね?」
美衣子は自分がばかだと知っている。そう、馬鹿なのだ。一度失敗したぐらいで、あきらめるってことができないぐらいに、馬鹿なのだ。
はい、と頷いた偉そうな人に満足して、美衣子は決意を新たにする。
そう、わたしは馬鹿だけど、前よりはちょっと賢くなったから。
今度こそ、わたしは、家に帰るのだ。
お粗末さまでしたorz