ある日の午後、私は幼馴染みと共に屋上にいた。もうすぐ夏になるこの季節、外にいると爽やかな風が吹いてきて気持ちいい。尚且つこんな雲一つない晴天の日は屋上で昼寝、なんていうのはこの上ない幸福だ。
「人はどうして空を飛べないんだろう」
そんなときに聞こえた、隣にいる幼馴染みの突拍子もない言葉に、私は耳を疑った。
「だって人間には翼がないじゃんか」
「じゃあ何で人間は翼がないんだ?」
「何で、って…」
人が折角質問に答えたにも関わらず、隣の男はまた質問をしてきた。今度の質問に、あたしは答えない。多分どんな答を返しても、こいつはまた質問を投げ掛けてくるからだ。
大体こいつは男のくせに女の私より、色々な点で女々しすぎると思う!今みたいな現実逃避的なことも含めてだ。
「俺はさ、」
私が答えなかったからだろうか、奴は再び話し始めた。
「人間は元々翼を持ってたんだと思うんだ。けど、色んな大罪を犯してきたから、神様は俺達から空を取り上げて、大地を与えた。大地なら上から見下ろせるからさ、神様の目が空よりは行き届きやすいだろ?でもそうしたら、空が虚無感で一杯になったから、鳥を創って翼を与えて、飛ばせたんだと思う」
「…で、結局何が言いたいの」
私は奴が言っていることがいまいち掴めず、要点だけを聞くことにした。これは決して私の理解力が乏しいわけではない。こいつの話が回りくどいのだ。
この言葉に奴は一瞬、ハトが豆鉄砲食らったような顔をしたが、その次には満面の笑みを浮かべて言った。
「人間が元々翼を持っていたんなら、今の俺でも空が飛べるんじゃないかと思って」
「は…」
以前から馬鹿だとは思っていたが、ここまで馬鹿だったなんて。今の発言もそうだし、何より本当に実践しようと、屋上のフェンスを乗り越えていることがだ。
「あんた、死ぬよ?」
敢えて止めたりはしない。一度やると決めたら、絶対曲げない性格だって知ってるから。
「人間は、ううん、生き物はいつか死ぬものだよ。俺はやりたいことさえやれれば、いつ死んだってかまわないさ」
――そう言った奴の笑顔は、眩しい程の笑顔だった。
「それじゃあ、俺は飛んでくるよ」
そう言い残し、気付いたときにはあいつの姿はなくて、あいつの声の代わりには耳が痛くなるくらいの悲鳴が聞こえた。
あいつが空を飛ぶと言い、屋上から飛び降りた日から一週間が経った。この一週間は色々なことがあった。結局あいつは屋上からの飛び降り自殺ということになった。直前まで一緒にいた私は警察から事情聴取をされたが、自殺であることは明確だからとすぐに家に帰された。
そしてあいつの通夜と葬式だ。私はおばさんに無理を言って、あいつの死体を見せてもらった。顔はグチャグチャで、所々骨が飛び出してる箇所もあった。正直これはあいつではなく別の誰かだと言われれば、あっさり納得してしまいそうなくらい原型を止どめていなかった。
「空を飛ぶ、か」
今、私は学校の屋上にいる。あいつが飛び降りてからは立ち入り禁止になっていたが、こっそり職員室から鍵を持ち出してきた。
一歩一歩、あいつが最後に言葉を発した場所――屋上のフェンスに近付く。あいつは何を思ってここを乗り越えたのだろうか。
そんなことを考えたと同時に笑いが込み上げてきた。あいつが考えたことを考えようとしても無駄だ。私にはあいつの考えは理解出来ないんだから。
考えが理解出来ないんだったらあいつと同じ行動を取ってみようか。そうしたらあいつがやろうとしたことが、少しは分かるかもしれない。
「うわ…」
今、私はフェンスを乗り越えた。私の目の前には遮るものは何もない。まず下を見ると、地面が遠いようで近いような妙な錯覚を感じた。そして次に空を見上げる。雲一つない晴天。今頃あいつはその中の何処かで飛んでいるのだろうか、なんて考える。
私は自分を支えるものがない空中へと飛んだ。一瞬、エレベーターに乗ったときのような浮遊感が襲った後、ただ私は下へと落ちていった。
たった一瞬だったけどその浮遊感があったとき、私は空を飛べた気がした。
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