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恋愛短編

東風吹かば

作者: 鵜狩三善

 この墓に(つま)がゐるとは思はねど

            何処にもゐないのでここに来る


                           ──藤岡成子





 小坂椎菜(こさかしいな)は霊感少女だ。

 クラスにひとりはいないかもだが、でも学年にひとりはいるかもしれない。そんな「見える」とか「聞こえる」とか言っちゃうタイプの中学三年生である。


 ところで実に困った事に、俺は椎菜が嘘つきでないと知っている。あいつの見たり聞いたりは本物だ。

 その証拠に半年前、俺は椎菜にとんでもなく世話になった。

 もし椎菜が居てくれなかったら、うちの家族はバラバラになっていたかもしれない。俺は今でも、同じ場所でうずくまったままだったかもしれない。

 だから以来、俺は椎菜を疑わない。

 それが理由ではないだろうけれど、それから椎菜は何かあるたび俺のところまで相談来る。というか今日もやって来ている。


 しかし誤解してはいけない。

 確かに俺と椎菜は家こそ近所で、小さい頃から知った仲だ。でも幼馴染みと言うほどには馴染んでいなかった。小中と同じ学校だったのは地域的な理由だし、一緒だったのは登校班くらいで、同じクラスには一度もなった事がない。だからこいつが俺に気があるだとか、俺がこいつを意識しているだとか、そんな甘酸っぱい事実はない。まるでない。全くない。


 とまれ話は戻って、その椎菜である。

 先程俺のところにやって来て、そのまま物も言わずにいる。切り出しにくい話がある時のこいつの悪癖だ。俺から訊いてやらない限り、決して自分で語り出さない。


「で? 今日はどうしたんだよ?」

「猫」

「猫なんてわりと見かけるだろ」

「でも村井さんの」


 誰だよ村井さん。


「同じクラスのヤツ?」

「うん、そう。いなくなった猫、探してて。多分その子」


 俺は頭を抱えた。

 椎菜がわざわざ俺のところへ来たという事は、失踪したその猫を見かけたのではなく、その猫の霊を見かけたとかそういう話だ。つまりその猫はもう死んでいる。

 ここでちょっと考えてみて欲しい。 

 行方不明の愛猫を一生懸命探してるクラスメイトに「そいつもう死んでるから。もう幽霊になってるから」なんて言ったらどうなるか。


 実は俺がさんざん説いて聞かせるまで、椎菜は類似の仕業をやらかしまくっていた。結果そこら中から「幽霊が見えるなんて言う気味の悪い子、嘘つきな子」という扱いを受けていた。

 だがそんな目に遭いながら、椎菜は自分の見た事聞いた事を周囲に訴えるのを止めない。その理由を尋ねたら、答えは「幽霊になってる方の心残りを何とかしてやりたいから」だった。


 見えようが聞こえようが、自分には関わりの無い事だと見て見ぬふりを決め込めばいい。それが要領のいい生き方だ。でも椎菜はそれができない。

 その上馬鹿がつくくらいの正直者だから、上手く取り繕えなくて見聞をそのままに言う。勿論このご時世だ、誰も幽霊なんて信じない。結果嘘つき呼ばわりされて気味悪がられて、全く世話がない。

 しかし動かせない事実として、俺は椎菜のその姿勢に救われた。だから俺は椎菜の信念を否定できない。やめろだなんて絶対に言えない。

 なら、どうするか。


「見たの、どこだよ」


 俺が口を開くと、ぱっと椎菜の顔が明るくなった。


「雑木林」

「長浜幼稚園裏の?」

「うん、そう」


 あそこを通っている道は幹線道路同士を繋ぐ裏道で、細道の割に交通量が多い。村井の猫は横断中に撥ねられでもしたのだろう。


「ん、じゃあその近辺で探してるっぽい猫を見かけたって事にしとけ。そうすりゃあの辺りを探すだろ。それでも死体が出なかったら、その時こそお前が見つけてやりゃいいさ」


 先の「どうするか」の答えは至極簡単だ。

 俺がこうして適当なカバーストーリーをでっち上げてやればいい。

 椎菜の霊感は嘘じゃない。だが常識の物差しで測れば、測り切れない分は嘘として切り捨てられてしまう。それならば初めから、物差しの尺に合わせて話を作ってやればいい。

 椎菜の本当を俺の嘘で剪定(せんてい)して、常識の範囲に落とし込むのだ。


「ほら、方針も決まったんだしもう帰れ」

「うん」

「それからもうあんまり来るなよ」

「どうして?」

「どうしてってお前、変な噂になったら困るだろ」

「私、困らないよ」


 困れよ。

 俺の表情を読んで、椎菜は悲しげに眉を寄せた。


「そう、だね。頼らないで、自立する」

「ああ。俺の心残りはそれだからな」

「──うん」


 小さく顎を引いて頷いて、椎菜はそれじゃあねと背を向けた。

 その背丈は、半年前より少し伸びたようだった。

 俺と椎菜は家が近所で、小さい頃から知った仲だ。でも幼馴染みと言うほどには馴染んでない。小中と同じ学校だったのは地域的な理由だし、一緒だったのは登校班くらいで、同じクラスには一度もなった事がない。だからこいつが俺に気があるだとか俺がこいつを意識してるだとかの甘酸っぱい話なんてない。まるでない。少しもない。


 ──そういう事に、しとかなきゃいけない。


 だって俺は半年前にもう死んでいて、俺はあいつに置いて行かれるばかりで、この気持ちが成就する可能性なんてゼロなのだ。

 だから俺は嘘をつく。適当な心残りを並べてみせて誤魔化して、自分の気持ちに蓋をする。

 お前が俺の未練だなんて、椎菜にだけは絶対言えない。

 あとどれくらい、ここに居座れるかは分からない。


 ただ、いつか俺が消え失せた後。

 例えば梅の花が春を忘れないように。

 たまにでいいから(しの)んでくれたら、嬉しいと思う。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 起承転結が明確で、切ない余韻を残すラストが良いですね。 語り手の知らない椎菜のクラスメイトの名前やいつの間にか背が伸びたらしい彼女の後姿など、生きている椎名と幽霊の彼の隔絶がそれとなく描…
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