挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
隠匿するホテル 作者:kud
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

4/6

始まりの手記を書いた女──永遠に鳴り続けるかと──

 なにげなく思考が戻り、自分がずっと歩いていることを思い出す。
 あたりは暗く視界は極端に悪い。わずかに足もとだけがぼんやり浮かんで見える。

 右手はなにかを握りしめている。
 暖かいような冷たいような、覚束ない感触だった。それでもしっかり握りしめている。これを離してしまえば、自分は終わりだというとてつもない恐怖があった。
 わたしが握りしめているものは、心底の終わりを避ける、ただひとつのよすがだ。

 自分の靴しか見えないので、どこを歩いているのか見当もつかない。
 振り返る勇気はなく、視線を出来るだけ後ろに向けるのが精一杯だった。それで見えるわけもなく、周囲がただ暗いということしかわからない。

 掴む右手のなにかに縋る気持ちで、ぎゅうと力を込めた。
「用紙になんと書きましたか」
唐突に聞こえた言葉を、わたしは不思議に思わなかった。
「Aと」
 サインを求められたが、書くべき名前がなかったので咄嗟にAと書いたのだ。
「ああ、そうでした。黒いベールの男がわたしにサインを求めたのですが、名前はすでに消えていたのです」
 そうだった、確かにそうだった。そしてその男はほかに大事なことも言ったはずだ。けれど思い出せない──

 トントントン! どこからともなくノックの音がした。
 三回鳴っては、しばらく間を置いてまた三回。それが何度も響く。
 わたしは戸惑い、首を左右に巡らしつつ耳を傾ける。どこから聞こえてくるのか知りたかった。意識が音に集中して足が止りそうになる。
「止ってはいけません。手を放してもいけません。このまま歩くんです」
──どこを。
 聞こえてくる声に問いかけたかったが、喉が詰まり口から出せなかった。
 まるでヘドロが詰まった排水溝のように、わたしの喉は分銅を飲み込んだかのようだ。
 声の主はなにもかも知っているはずだった。聞きたいことがたくさんあって、聞けば自分の過去も未来も、現時点のことも全て霧が晴れるように知れるだろう。なのに、わたしの喉は重たく深い海に沈み込む。

 その間もノックの音は鳴り止まない。
 トントントン、間を置いてまたトントントン。
 このまま永遠に鳴り続けるかと思うほど──
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ